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日本百科大辞典 全十巻揃 三省堂書店刊


  • 著者 齋藤精輔編
  • 刊行年 明41〜大7
  • 解説 ■商品詳細

    【書名】 日本百科大辭典 全十巻揃 三省堂書店刊
    【巻冊】 四六倍判十册(27×20㎝)
    【著者】 齋藤精輔編
    【成立】 明41〜大7

    ★ 編纂総裁/大隈重信
    ★ 背革装釘
    ★ 日本精版印刷合資會社印行
    ★ 当時の印刷技術の最高峰と云っても過言ではない石版彩色印刷が素晴らしい。
    ★ 一册の定価が金13円〜15円、当時の1円は現在の10,000円に相当するので一册あたり130,000円〜150,000円となる。
    ★ 全10册であるので、少なく見積もって140,000円×10册=1,400,000円となり百科辭典は非常に高価であった。
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日本百科大辞典 復刻版 全4冊揃

(名古屋)大学堂書店
 愛知県名古屋市中区千代田
50,000
齋藤精輔 編、名著普及会、昭63、合本4冊
(定18万・裸本・大体美本)
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クレジットカード使用可 銀行振込可 代引き可 公費可 海外発送可 適格請求

日本百科大辞典 復刻版 全4冊揃

50,000
齋藤精輔 編 、名著普及会 、昭63 、合本4冊
(定18万・裸本・大体美本)

日本百科大辞典1~4、6、10巻、不揃6冊分

金沢文圃閣
 石川県金沢市長土塀
22,000
斉藤精輔編、日本百科大辞典完成会、1889~1919、ttt
皮装/厚さ50センチ、装疲/背に番号書
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日本百科大辞典1~4、6、10巻、不揃6冊分

22,000
斉藤精輔編 、日本百科大辞典完成会 、1889~1919 、ttt
皮装/厚さ50センチ、装疲/背に番号書
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名雲書店の新着書籍

職原抄 上下巻 京都五山東福寺書寫 天正十七年寫

名雲書店
 群馬県高崎市八千代町
3,300,000
北畠親房著、上巻/天正十七己丑初秋上旬 下巻/天正十七年初秋中旬寫
■商品詳細

【書名】 職原抄 上下巻 京都五山東福寺書寫 天正十七年寫
【巻冊】 大合本一册
【著者】 北畠親房著
【成立】 上巻/天正十七己丑初秋上旬 下巻/天正十七年初秋中旬寫

★ 悟海上人舊藏
★ 日惠「花押」
★ 本ノ大キサ/27.5×19.5㎝
★ 紙數/上巻/26枚・下巻/25枚
★ 袋綴ノ料紙ニ墨罫ノ界線ガヒカレテ半葉十行ニ書ス
★ 古改装合綴

★ 各巻末に「東福寺」と記すが如く臨濟宗東福寺派の大本山の東福寺で書寫されたと考えられる古寫本である。
★ 各巻末に記される「日惠」は永禄元年織田信長の岩倉城攻撃で焼失した尾張一宮の蓮照寺を天正12年2月蓮宗に改め再興した正乘院日惠上人であろうか。またその墨色と筆蹟から欄外の書き込みも日惠の自筆と考えられる。
★ 各巻巻頭に「悟海」と讀める大朱印と下巻の巻末に小朱印の藏書印が押捺され、表紙には墨書で「悟海上人所珍藏冩本 職原抄 上下合本」と記されている。
★ 東福寺は京都五山の中に列せられる名寺院である。創建は嘉禎に(1236)年とされる。鎌倉時代後期から室町時代、戰國時代に相次ぐ火災により焼失するが度々再興され、天正年間に豐臣秀吉によって寺領1854石が安堵されて完全に再興されて京都最大の禪苑としての面目を傳で現在に至ると云う。
★ 本書は秀吉の再興直後に書寫されたものか。
★ 鎌倉・室町期の古建築物と開山以來の國寶・重要文化財の保有が夥しい數にのぼる。
★ 表示されている税込金額の横にカッコ内で示されている送料は必ずしも一致しませんのでご注意ください。 ★ 迅速丁寧な発送を心懸けております。 ★ 海外発送も迅速に対応いたします。 ★ ご注文はインターネットからではなくても、電話・ファックス・ハガキ等でも承ります。ご遠慮なくお申しつけください。 ★ クレジット決済のお客様は別途クレジット決済が行えるメールを送料込み金額確定後にお送りいたします。 ★ 代引きをご希望のお客様はご注文時にお知らせいただくと迅速に発送いたします。
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3,300,000
北畠親房著 、上巻/天正十七己丑初秋上旬 下巻/天正十七年初秋中旬寫
■商品詳細 【書名】 職原抄 上下巻 京都五山東福寺書寫 天正十七年寫 【巻冊】 大合本一册 【著者】 北畠親房著 【成立】 上巻/天正十七己丑初秋上旬 下巻/天正十七年初秋中旬寫 ★ 悟海上人舊藏 ★ 日惠「花押」 ★ 本ノ大キサ/27.5×19.5㎝ ★ 紙數/上巻/26枚・下巻/25枚 ★ 袋綴ノ料紙ニ墨罫ノ界線ガヒカレテ半葉十行ニ書ス ★ 古改装合綴 ★ 各巻末に「東福寺」と記すが如く臨濟宗東福寺派の大本山の東福寺で書寫されたと考えられる古寫本である。 ★ 各巻末に記される「日惠」は永禄元年織田信長の岩倉城攻撃で焼失した尾張一宮の蓮照寺を天正12年2月蓮宗に改め再興した正乘院日惠上人であろうか。またその墨色と筆蹟から欄外の書き込みも日惠の自筆と考えられる。 ★ 各巻巻頭に「悟海」と讀める大朱印と下巻の巻末に小朱印の藏書印が押捺され、表紙には墨書で「悟海上人所珍藏冩本 職原抄 上下合本」と記されている。 ★ 東福寺は京都五山の中に列せられる名寺院である。創建は嘉禎に(1236)年とされる。鎌倉時代後期から室町時代、戰國時代に相次ぐ火災により焼失するが度々再興され、天正年間に豐臣秀吉によって寺領1854石が安堵されて完全に再興されて京都最大の禪苑としての面目を傳で現在に至ると云う。 ★ 本書は秀吉の再興直後に書寫されたものか。 ★ 鎌倉・室町期の古建築物と開山以來の國寶・重要文化財の保有が夥しい數にのぼる。

大政紀要 上編總紀第 1〜7 册 下編總紀第 1〜3 册揃

名雲書店
 群馬県高崎市八千代町
198,000
總裁/岩倉具視、明治16年
■商品詳細

【書名】 大政紀要 上編總紀第 1〜7 册 下編總紀第 1〜3 册揃
【巻冊】 半紙判十册
【著者】 總裁/岩倉具視
【成立】 明16

★ 編修事務主幹/福羽美靜
★ 編修委員長/西周他 24 名
★ 極美本
★ 帙入
★ 表示されている税込金額の横にカッコ内で示されている送料は必ずしも一致しませんのでご注意ください。 ★ 迅速丁寧な発送を心懸けております。 ★ 海外発送も迅速に対応いたします。 ★ ご注文はインターネットからではなくても、電話・ファックス・ハガキ等でも承ります。ご遠慮なくお申しつけください。 ★ クレジット決済のお客様は別途クレジット決済が行えるメールを送料込み金額確定後にお送りいたします。 ★ 代引きをご希望のお客様はご注文時にお知らせいただくと迅速に発送いたします。
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クレジットカード使用可 銀行振込可 代引き可 公費可 海外発送可
198,000
總裁/岩倉具視 、明治16年
■商品詳細 【書名】 大政紀要 上編總紀第 1〜7 册 下編總紀第 1〜3 册揃 【巻冊】 半紙判十册 【著者】 總裁/岩倉具視 【成立】 明16 ★ 編修事務主幹/福羽美靜 ★ 編修委員長/西周他 24 名 ★ 極美本 ★ 帙入

三州長篠合戦ノ砌 今福市左衛門尉朱印状

名雲書店
 群馬県高崎市八千代町
550,000
天正三年乙亥/五月廿五日
■商品詳細

【書名】 三州長篠合戦ノ砌 今福市左衛門尉朱印状
【巻冊】 一枚
【著者】 今福市左衛門尉(今福昌和)
【成立】 天正三年乙亥/五月廿五日

★ 田中某殿
★ 35.6×45.6㎝
★ 冒頭欠損・未補修

★ 生誕不明 死没/天正10年3月2日(1582年3月25日)

★ 今福市左衛門尉(今福昌和)は、戦国時代の武将。甲斐武田氏家臣。今福長閑斎の次男。

★ はじめ武田信玄、没後は勝頼に仕え長篠の合戦の敗戦以降多くの家臣団が逃走する中で最期まで主君勝頼を守った武将である。侍大将騎馬40騎持。

★ 天正3年(1575年)の長篠の戦いで諏訪高島城代の市川昌房が戦死すると、その後任となる。

★ 天正10年(1582年)2月、木曾義昌が織田信長の調略に応じると、2月16日、昌和は木曾氏を討つために武田信豊に従い木曽谷へ向けて出陣するが鳥居峠にて織田軍・木曽軍に敗れる。のち甲州征伐が始まると信長の嫡男・信忠率いる織田軍に高遠城を囲まれる。勝頼の弟、仁科盛信と共に織田軍に籠城・抵抗するが、敗れて盛信と共に討死した。

★ 本状は長篠の合戦で武田軍の敗戦が決した5月21日から僅か4日後の書状である。

★ 吉田信生・浅利信種の両名に宛てた今福市左衛門尉の起請文が生島足島神社に現存するらしい。
★ 表示されている税込金額の横にカッコ内で示されている送料は必ずしも一致しませんのでご注意ください。 ★ 迅速丁寧な発送を心懸けております。 ★ 海外発送も迅速に対応いたします。 ★ ご注文はインターネットからではなくても、電話・ファックス・ハガキ等でも承ります。ご遠慮なくお申しつけください。 ★ クレジット決済のお客様は別途クレジット決済が行えるメールを送料込み金額確定後にお送りいたします。 ★ 代引きをご希望のお客様はご注文時にお知らせいただくと迅速に発送いたします。
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クレジットカード使用可 銀行振込可 代引き可 公費可 海外発送可
550,000
、天正三年乙亥/五月廿五日
■商品詳細 【書名】 三州長篠合戦ノ砌 今福市左衛門尉朱印状 【巻冊】 一枚 【著者】 今福市左衛門尉(今福昌和) 【成立】 天正三年乙亥/五月廿五日 ★ 田中某殿 ★ 35.6×45.6㎝ ★ 冒頭欠損・未補修 ★ 生誕不明 死没/天正10年3月2日(1582年3月25日) ★ 今福市左衛門尉(今福昌和)は、戦国時代の武将。甲斐武田氏家臣。今福長閑斎の次男。 ★ はじめ武田信玄、没後は勝頼に仕え長篠の合戦の敗戦以降多くの家臣団が逃走する中で最期まで主君勝頼を守った武将である。侍大将騎馬40騎持。 ★ 天正3年(1575年)の長篠の戦いで諏訪高島城代の市川昌房が戦死すると、その後任となる。 ★ 天正10年(1582年)2月、木曾義昌が織田信長の調略に応じると、2月16日、昌和は木曾氏を討つために武田信豊に従い木曽谷へ向けて出陣するが鳥居峠にて織田軍・木曽軍に敗れる。のち甲州征伐が始まると信長の嫡男・信忠率いる織田軍に高遠城を囲まれる。勝頼の弟、仁科盛信と共に織田軍に籠城・抵抗するが、敗れて盛信と共に討死した。 ★ 本状は長篠の合戦で武田軍の敗戦が決した5月21日から僅か4日後の書状である。 ★ 吉田信生・浅利信種の両名に宛てた今福市左衛門尉の起請文が生島足島神社に現存するらしい。

『杉田玄白の生涯とその時代の洋学』未刊原稿★ 表紙 欠                   1(欠)目次                     2~9まへがき                  10~ 15主なる参考文献資料 (24点)       16~17杉田玄白著述目録               18~19杉田玄白の略伝               20~23杉田玄白の家系               24~63   (杉田家由緒書及び杉田家家譜)蘭学事始に所載の「杉田玄白先生略伝」    64~68玄白の号に就いて              69~73玄白と丈山                 74~83杉田玄白出生頃の我国医界の情勢       84~106杉田玄白年譜                107~565 (享保18年1歳~文化14年85歳)杉田玄白先生贈位祝賀会記事摘録       566~570参考記事 (1枚のみ、後欠)         571

名雲書店
 群馬県高崎市八千代町
550,000
原田謙太郎著、昭和18年〜昭和20年頃成稿か
【書名】 『杉田玄白の生涯とその時代の洋学』未刊原稿
【巻冊】 一綴
【成立】 昭和18年〜昭和20年頃成稿か

★ 325字詰め「原田用箋」570枚
★ 原稿には通し番号がついているが所々に原稿用紙が増補貼附されている。また出版を意識して活字の大きさが指定されている。
★ 本文巻頭に「医学博士/原田謙太郎 東京・目黒区清水町三三五」と記されている。
★ 年代は「主なる参考文献資料」として中野操著『皇國医事大年表』昭和十七年が記されている。
★ 原田謙太郎は富士川游と呉秀三らとほぼ同世代で親交があった医学史家と考えられるが現代では殆ど知られていない。しかし『東京醫事新誌』などに杉田玄白についての論文が数多く寄稿していて戦前の杉田玄白の研究者の第一人者と云っても過言ではない。
★ 本稿とほぼ同時期に『杉田玄白全集』第一巻(以下未刋)が刋行されているが内容は玄白の日記『鷧齋日録』を飜刻したもので玄白についての傳記と論考ではない。
★ 杉田玄白の傳記は昭和46年に片桐一男氏の處女出版として刋行された『杉田玄白』吉川弘文館人物叢書から出版された。その「はしがき」には「史家の手になる単独の伝記が世に送られたことはなかった。わずかに、少年向きの伝記が二〜三種あるにすぎない。」と記している。更に本書『杉田玄白』は故板澤武雄先生が執筆を予定していたものであったが病状が思わしくなく昭和37年に没してしまったため師の意思を継いで編輯刋行に至ったと記している。
★ 板澤武雄の『杉田玄白の蘭学事始』ラヂオ新書は昭和15年に刋行しているが、その後、板澤氏は本書の存在を知っていたのであろうか。少なくとも弟子の片桐氏は知り得なかったと考えられる。本書が出版されていれば片桐氏の『杉田玄白』の編輯は違っていたであろう。杉田玄白伝と日本の洋学史に大きな影響があったはずである。
★ 原田氏は原稿を完成させていたものの戦中戦後の動乱で出版を断念せざるを得ない憂き目にあったと考えられる杉田玄白伝の幻の原稿である。
★ 日本史学の伝統的な年譜形式に、広範な情報と、諸文献、古文献からの引用を纏め、蘭学諸文献の漢文序跋を丹念に読み下しており明治の古学者の実力を示している。
★ 原稿完成から約80年、片桐氏の出版から52年、この度に発見により広く現代に知られるべき史料である。
★ 表示されている税込金額の横にカッコ内で示されている送料は必ずしも一致しませんのでご注意ください。 ★ 迅速丁寧な発送を心懸けております。 ★ 海外発送も迅速に対応いたします。 ★ ご注文はインターネットからではなくても、電話・ファックス・ハガキ等でも承ります。ご遠慮なくお申しつけください。 ★ クレジット決済のお客様は別途クレジット決済が行えるメールを送料込み金額確定後にお送りいたします。 ★ 代引きをご希望のお客様はご注文時にお知らせいただくと迅速に発送いたします。
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原田謙太郎著 、昭和18年〜昭和20年頃成稿か
【書名】 『杉田玄白の生涯とその時代の洋学』未刊原稿 【巻冊】 一綴 【成立】 昭和18年〜昭和20年頃成稿か ★ 325字詰め「原田用箋」570枚 ★ 原稿には通し番号がついているが所々に原稿用紙が増補貼附されている。また出版を意識して活字の大きさが指定されている。 ★ 本文巻頭に「医学博士/原田謙太郎 東京・目黒区清水町三三五」と記されている。 ★ 年代は「主なる参考文献資料」として中野操著『皇國医事大年表』昭和十七年が記されている。 ★ 原田謙太郎は富士川游と呉秀三らとほぼ同世代で親交があった医学史家と考えられるが現代では殆ど知られていない。しかし『東京醫事新誌』などに杉田玄白についての論文が数多く寄稿していて戦前の杉田玄白の研究者の第一人者と云っても過言ではない。 ★ 本稿とほぼ同時期に『杉田玄白全集』第一巻(以下未刋)が刋行されているが内容は玄白の日記『鷧齋日録』を飜刻したもので玄白についての傳記と論考ではない。 ★ 杉田玄白の傳記は昭和46年に片桐一男氏の處女出版として刋行された『杉田玄白』吉川弘文館人物叢書から出版された。その「はしがき」には「史家の手になる単独の伝記が世に送られたことはなかった。わずかに、少年向きの伝記が二〜三種あるにすぎない。」と記している。更に本書『杉田玄白』は故板澤武雄先生が執筆を予定していたものであったが病状が思わしくなく昭和37年に没してしまったため師の意思を継いで編輯刋行に至ったと記している。 ★ 板澤武雄の『杉田玄白の蘭学事始』ラヂオ新書は昭和15年に刋行しているが、その後、板澤氏は本書の存在を知っていたのであろうか。少なくとも弟子の片桐氏は知り得なかったと考えられる。本書が出版されていれば片桐氏の『杉田玄白』の編輯は違っていたであろう。杉田玄白伝と日本の洋学史に大きな影響があったはずである。 ★ 原田氏は原稿を完成させていたものの戦中戦後の動乱で出版を断念せざるを得ない憂き目にあったと考えられる杉田玄白伝の幻の原稿である。 ★ 日本史学の伝統的な年譜形式に、広範な情報と、諸文献、古文献からの引用を纏め、蘭学諸文献の漢文序跋を丹念に読み下しており明治の古学者の実力を示している。 ★ 原稿完成から約80年、片桐氏の出版から52年、この度に発見により広く現代に知られるべき史料である。

夏目漱石自筆書簡 正岡子規宛 漱石が子規に宛てた第7通目の書簡 二人の最も有名な書簡でありながらこれまで行方不明だった幻の書簡。

名雲書店
 群馬県高崎市八千代町
22,000,000
明治22年9月27日夜「郎君より 妾へ」
■商品詳細

【書名】 夏目漱石自筆書翰 正岡子規宛 漱石が子規に宛てた第7通目の書簡
【巻冊】 一通
【著者】 
【成立】 明治22年9月27日夜「郎君より 妾へ」

★ 寒川鼠骨・廣瀬榮一舊藏
★ 「愛媛縣伊豫松山湊町四丁目十九番戸 正岡常規様平誌」
★ 「牛込喜久井町壱番地 夏目金之助 九月廿七日夜出」
★ 消印「東京牛込 廿二年九月 廿七日 ヲ便」
    到着印「伊豫 松山 廿二年十月 一日 ロ便」
    封筒の大きさ/縦/17.8㎝ 幅/6.4㎝
    書簡の大きさ/紙髙/16.5㎝ 長さ/121㎝
    毛筆57行
★ 文豪夏目漱石と近代文學の祖正岡子規の出會いはこの年、明治22年の1月頃より始まった。二人は同い年の22歳で、寄席通いという共通の趣味を通じて意氣投合したのだと推測されている。
★ この年二人はお互いの才能を認め合い人格的にも共鳴し合う記念すべき運命の年であったとされている。
★ この年の4月に子規は『無阿有洲 七草集』を脱稿して5月10日に初めて「子規」號してから松山へ歸郷してしまった。夏目金之助は5月25日に『七草集』の批評を書いてそこに初めて「漱石」の筆名を用いた。漱石は9月9日に脱稿した漢文紀行『木屑録』をいち早く子規に讀んでほしかったと考えられ、漱石が自分を「郎君」。子規を「妾」と見立てて子規の再試験を心配しながらも早く歸京するように促している内容で最も有名な書簡と云っても過言ではない。
★ しかし、これまで書簡の存在は全集などで知られていたが行方不明となっていた書簡である。『漱石全集』に翻刻されているが、封筒を含めて原本の情報は殆ど反映されていない。
★ 書簡の保存状態が頗る良くて開封方法も下を丁寧に糊を剥がしていて子規の晩年の漱石からの書簡と比べるといかに大切にしていたかがわかる。
★ 子規が亡くなるまで身の回りの世話をしていた弟子の寒川鼠骨にこの書簡を託したのであろう。空襲で焼失した子規庵の再建に盡力した霞ヶ浦の畔の實業家廣瀬榮一に託した記録が殘っている。戰時中鼠骨は廣瀬の邸宅に疎開していた。
★ 表示されている税込金額の横にカッコ内で示されている送料は必ずしも一致しませんのでご注意ください。 ★ 迅速丁寧な発送を心懸けております。 ★ 海外発送も迅速に対応いたします。 ★ ご注文はインターネットからではなくても、電話・ファックス・ハガキ等でも承ります。ご遠慮なくお申しつけください。 ★ クレジット決済のお客様は別途クレジット決済が行えるメールを送料込み金額確定後にお送りいたします。 ★ 代引きをご希望のお客様はご注文時にお知らせいただくと迅速に発送いたします。
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、明治22年9月27日夜「郎君より 妾へ」
■商品詳細 【書名】 夏目漱石自筆書翰 正岡子規宛 漱石が子規に宛てた第7通目の書簡 【巻冊】 一通 【著者】  【成立】 明治22年9月27日夜「郎君より 妾へ」 ★ 寒川鼠骨・廣瀬榮一舊藏 ★ 「愛媛縣伊豫松山湊町四丁目十九番戸 正岡常規様平誌」 ★ 「牛込喜久井町壱番地 夏目金之助 九月廿七日夜出」 ★ 消印「東京牛込 廿二年九月 廿七日 ヲ便」     到着印「伊豫 松山 廿二年十月 一日 ロ便」     封筒の大きさ/縦/17.8㎝ 幅/6.4㎝     書簡の大きさ/紙髙/16.5㎝ 長さ/121㎝     毛筆57行 ★ 文豪夏目漱石と近代文學の祖正岡子規の出會いはこの年、明治22年の1月頃より始まった。二人は同い年の22歳で、寄席通いという共通の趣味を通じて意氣投合したのだと推測されている。 ★ この年二人はお互いの才能を認め合い人格的にも共鳴し合う記念すべき運命の年であったとされている。 ★ この年の4月に子規は『無阿有洲 七草集』を脱稿して5月10日に初めて「子規」號してから松山へ歸郷してしまった。夏目金之助は5月25日に『七草集』の批評を書いてそこに初めて「漱石」の筆名を用いた。漱石は9月9日に脱稿した漢文紀行『木屑録』をいち早く子規に讀んでほしかったと考えられ、漱石が自分を「郎君」。子規を「妾」と見立てて子規の再試験を心配しながらも早く歸京するように促している内容で最も有名な書簡と云っても過言ではない。 ★ しかし、これまで書簡の存在は全集などで知られていたが行方不明となっていた書簡である。『漱石全集』に翻刻されているが、封筒を含めて原本の情報は殆ど反映されていない。 ★ 書簡の保存状態が頗る良くて開封方法も下を丁寧に糊を剥がしていて子規の晩年の漱石からの書簡と比べるといかに大切にしていたかがわかる。 ★ 子規が亡くなるまで身の回りの世話をしていた弟子の寒川鼠骨にこの書簡を託したのであろう。空襲で焼失した子規庵の再建に盡力した霞ヶ浦の畔の實業家廣瀬榮一に託した記録が殘っている。戰時中鼠骨は廣瀬の邸宅に疎開していた。

上州碓氷郡川浦山御用材切り出し繪巻

名雲書店
 群馬県高崎市八千代町
2,200,000
■商品詳細

【書名】 上州碓氷郡川浦山御用材切り出し繪巻
【巻冊】 一巻
【著者】 
【成立】 江戸後期寫

★ 紙髙39㎝・長さ1090㎝

★ 天保五年幕府は江戸城改築に伴う御用材として上州碓氷郡(後群馬郡、現高崎市)川浦山の欅(けやき)を大量に切り出すという事業を、地元吾妻郡大戸村の加部安左衛門と勢多郡水沼村の星野七郎右衛門を元締役に命じ敢行させた。

★ 川浦山は吾妻郡大戸村と群馬郡倉渕村の境に位置し、足かけ三年間にも及んだといわれるこの大事業は烏川の水流を巧に利用して木材を流し高崎を経て多野郡新町に送り、そこから筏に組んで利根川に合流して江戸まで運んだ。

★ この絵図は当時の一山切り出しから木材運搬までの様子が手に取るようにわかる江戸期の優れた産業図絵とも云える長巻絵図である。

★ 後に足尾に近い勢多郡水沼村の星野氏は、当時幕府が経営していた足尾銅山の吹所(精錬所)世話役として中心となってその経営にあたり、加部氏も吹所世話役六人衆に加わって足尾銅山と関わりを持つようになり、当時不況を極めていた足尾銅山救済の御用金に応じて御用商人として大きな権限や名誉が与えられたと云う。
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2,200,000
■商品詳細 【書名】 上州碓氷郡川浦山御用材切り出し繪巻 【巻冊】 一巻 【著者】  【成立】 江戸後期寫 ★ 紙髙39㎝・長さ1090㎝ ★ 天保五年幕府は江戸城改築に伴う御用材として上州碓氷郡(後群馬郡、現高崎市)川浦山の欅(けやき)を大量に切り出すという事業を、地元吾妻郡大戸村の加部安左衛門と勢多郡水沼村の星野七郎右衛門を元締役に命じ敢行させた。 ★ 川浦山は吾妻郡大戸村と群馬郡倉渕村の境に位置し、足かけ三年間にも及んだといわれるこの大事業は烏川の水流を巧に利用して木材を流し高崎を経て多野郡新町に送り、そこから筏に組んで利根川に合流して江戸まで運んだ。 ★ この絵図は当時の一山切り出しから木材運搬までの様子が手に取るようにわかる江戸期の優れた産業図絵とも云える長巻絵図である。 ★ 後に足尾に近い勢多郡水沼村の星野氏は、当時幕府が経営していた足尾銅山の吹所(精錬所)世話役として中心となってその経営にあたり、加部氏も吹所世話役六人衆に加わって足尾銅山と関わりを持つようになり、当時不況を極めていた足尾銅山救済の御用金に応じて御用商人として大きな権限や名誉が与えられたと云う。

宮武外骨自筆書簡と出版史料及肖像寫眞 プロレタリア作家細田源吉宛及舊藏品

名雲書店
 群馬県高崎市八千代町
1,100,000
桐箱入、大正10年4月15日・4月17日
【書名】 宮武外骨自筆書簡と出版史料及肖像寫眞 細田源吉宛及舊藏品
【巻冊】 一括
【成立】 大正10年4月15日・4月17日

★ 細田源吉宛二通 肖像寫眞一枚(10.6×6.3㎝)
★ 書簡/大正10(1921)年4月15日・4月17日 ペン書封筒墨書
★ 外骨が後にプロレタリア作家として活躍した細田源吉に宛てた『猥褻風俗史』と刋行直前の『一癖随筆』について記した書簡2通と外骨自筆で加筆された出版史料に細田源吉所藏の謎の肖像寫眞一枚の一括。
★ 慶應3年生まれの外骨はこの時54歳、明治24年生まれの細田源吉は30歳、親子ほどの年齢差があるが2人は出版原論の塲において強い接點を持ち細田は外骨の刋行書にも携わって、外骨に對して尊敬の念を抱いていたのではないだろうか。
★ 細田は早稻田大學英文科を卒業後、大正7年に『早稻田文學』に處女作『空骸』を發表したが細田は未だ無名時代で、この外骨の書簡の翌年、大正11年に自傳的長編小説『罪に立つ』で成功して文壇デビューを果たした。
★ 外骨はこの頃からプロレタリア文學者らと交流するようになり、特高警察からこれまで以上に執拗にマークされた。二人は國家權力から激しく原論を彈圧され、細田は昭和7年に治安維持法違反で逮捕檢舉され拷問により持病が惡化して半身不随となり思想の轉向を豫儀なくされた。小林多喜二の事件は翌年の昭和8年2月20日である。外骨は疎開先の八王子でも常に特高に見張られていたらしい。
★ 『一癖随筆』ノ「カリズリ」三頁表(和紙摺)が一葉同封されていて、外骨の自筆と考えられる朱筆が加えられている。「宮武外骨編著輯述新刊豫報」一枚も同封され『一癖随筆』の第一號の日附に朱の訂正がある。     
★ 書簡に添えられていた、冩眞師井谷豐三製の鶏卵寫眞は20代後半とぽぼしき青年である。そこに外骨の記名は無いが、細田が外骨の書簡と共に白い絹の風呂敷に包んで大切に所藏していたようである。
★ 井谷豐三は明治20年代は「上野仲町角」で營業していたが、明治30年9月に「神田表神保町」に移轉した記録があり年代的に合致する。
★ 寫眞は羽織の青年が頭蓋骨の頭頂部を左手に顔面下部を右手に持つ竒怪な寫眞で常に骸骨をモチーフとし骨のコレクターでもあった外骨らしいブラックユーモアーに溢れた寫眞である。
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桐箱入 、大正10年4月15日・4月17日
【書名】 宮武外骨自筆書簡と出版史料及肖像寫眞 細田源吉宛及舊藏品 【巻冊】 一括 【成立】 大正10年4月15日・4月17日 ★ 細田源吉宛二通 肖像寫眞一枚(10.6×6.3㎝) ★ 書簡/大正10(1921)年4月15日・4月17日 ペン書封筒墨書 ★ 外骨が後にプロレタリア作家として活躍した細田源吉に宛てた『猥褻風俗史』と刋行直前の『一癖随筆』について記した書簡2通と外骨自筆で加筆された出版史料に細田源吉所藏の謎の肖像寫眞一枚の一括。 ★ 慶應3年生まれの外骨はこの時54歳、明治24年生まれの細田源吉は30歳、親子ほどの年齢差があるが2人は出版原論の塲において強い接點を持ち細田は外骨の刋行書にも携わって、外骨に對して尊敬の念を抱いていたのではないだろうか。 ★ 細田は早稻田大學英文科を卒業後、大正7年に『早稻田文學』に處女作『空骸』を發表したが細田は未だ無名時代で、この外骨の書簡の翌年、大正11年に自傳的長編小説『罪に立つ』で成功して文壇デビューを果たした。 ★ 外骨はこの頃からプロレタリア文學者らと交流するようになり、特高警察からこれまで以上に執拗にマークされた。二人は國家權力から激しく原論を彈圧され、細田は昭和7年に治安維持法違反で逮捕檢舉され拷問により持病が惡化して半身不随となり思想の轉向を豫儀なくされた。小林多喜二の事件は翌年の昭和8年2月20日である。外骨は疎開先の八王子でも常に特高に見張られていたらしい。 ★ 『一癖随筆』ノ「カリズリ」三頁表(和紙摺)が一葉同封されていて、外骨の自筆と考えられる朱筆が加えられている。「宮武外骨編著輯述新刊豫報」一枚も同封され『一癖随筆』の第一號の日附に朱の訂正がある。      ★ 書簡に添えられていた、冩眞師井谷豐三製の鶏卵寫眞は20代後半とぽぼしき青年である。そこに外骨の記名は無いが、細田が外骨の書簡と共に白い絹の風呂敷に包んで大切に所藏していたようである。 ★ 井谷豐三は明治20年代は「上野仲町角」で營業していたが、明治30年9月に「神田表神保町」に移轉した記録があり年代的に合致する。 ★ 寫眞は羽織の青年が頭蓋骨の頭頂部を左手に顔面下部を右手に持つ竒怪な寫眞で常に骸骨をモチーフとし骨のコレクターでもあった外骨らしいブラックユーモアーに溢れた寫眞である。

耶蘇教略

名雲書店
 群馬県高崎市八千代町
5,500
■商品詳細

【書名】 耶蘇教略
【巻冊】 中本一册
【著者】 
【成立】 明治初期刋

★ 和紙袋綴・金属活字版
★ 17丁
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■商品詳細 【書名】 耶蘇教略 【巻冊】 中本一册 【著者】  【成立】 明治初期刋 ★ 和紙袋綴・金属活字版 ★ 17丁
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