文字サイズ

  • 小
  • 中
  • 大

古書を探す

雪中佳日 相馬御風著 装丁 郷倉千靱 出版社 櫻井書店 刊行年 昭和18年初版函付き 昭和18年2月発行 カバー 206頁 A5判相馬御風(1883年(明治16年)7月10日 - 1950年(昭和25年)5月8日)は、明治期から昭和期にかけての日本の文学者、詩人、歌人、評論家。本名は昌治。新潟県西頸城郡糸魚川町(現糸魚川市)出身。早稲田大学大学部文学科英文学科卒業。詩歌や評論のほか、早稲田大学校歌「都の西北」をはじめとした多くの校歌や、「春よ来い」などの童謡の作詞者としても知られる。 1906年に早稲田大学英文科を卒業。島村抱月のもとで、当時復刊された雑誌「早稲田文学」の編集に参加。また野口雨情・三木露風らとともに「早稲田詩社」を設立し、口語自由詩運動を進めた。1911年には早稲田大学講師となる。25歳の時に母校校歌「都の西北」を作った。その後1916年に内面を告白した『還元録』を刊行し、故郷糸魚川に隠棲する。帰郷後は主として良寛の研究に携わったほか、童話・童謡も発表した。地元に伝わる奴奈川姫伝説を元に、糸魚川でヒスイ(翡翠)が産出するとの推測を示したことが、1935年(昭和10年)に同地でのヒスイの発見につながった。1950年5月7日に脳溢血で倒れ、翌8日に糸魚川市の自宅で死去。享年68(満66歳)。戒名は大空院文誉白雲御風居士。没後の1952年12月10日、居宅が新潟県の史跡となった。

暢気堂書房

¥1,500 (送料:¥180)

  • 状態 中古品
  • 解説 S棚52函

クレジットカード使用可 銀行振込可 代引き可 公費可 海外発送不可

かごに入れる
気になる本に追加
印刷

店舗情報

店舗外観

〒203-0033
東京都東久留米市滝山6-2-14-103 
TEL:042-427-9144
FAX:--

308900206484
書籍商 暢気堂書房

書籍の購入について

支払方法等:

商品と一緒に同封する郵便振替用紙で1週間以内にお支払いください。(公費購入の場合は後払いのご相談に応じます。)

商品引渡し方法:

郵便局 ゆうパケット・ゆうパック・クロネコ 宅急便コンパクト
基本運賃は300円ですが大きめの荷物はゆうパックになります。

返品について:

当方の不備による場合のみ承ります。

他特記事項:

-

書籍の買い取りについて

古本・骨董品の出張買取のお申込み・ご予約は、お電話・またはメールにて承っております。 お気軽にお問合わせください。
出張費は無料です。旧家、蔵のあるお宅、昭和40年以前の古いお宅の買取は、遠方でも大歓迎です。

送料について

  • ゆうメール・メール便
北海道 180円
青森県 180円
岩手県 180円
宮城県 180円
秋田県 180円
山形県 180円
福島県 180円
茨城県 180円
栃木県 180円
群馬県 180円
埼玉県 180円
千葉県 180円
東京都 180円
神奈川県 180円
新潟県 180円
富山県 180円
石川県 180円
福井県 180円
山梨県 180円
長野県 180円
岐阜県 180円
静岡県 180円
愛知県 180円
三重県 180円
滋賀県 180円
京都府 180円
大阪府 180円
兵庫県 180円
奈良県 180円
和歌山県 180円
鳥取県 180円
島根県 180円
岡山県 180円
広島県 180円
山口県 180円
徳島県 180円
香川県 180円
愛媛県 180円
高知県 180円
福岡県 180円
佐賀県 180円
長崎県 180円
熊本県 180円
大分県 180円
宮崎県 180円
鹿児島県 180円
沖縄県 180円

新着書籍

成瀬先生伝 仁科節編 桜楓会出版部 昭和13年重版 成瀬仁蔵 (日本女子大学校創設者) 函欠 552頁成瀬仁蔵(安政5年6月23日〈1858年8月2日〉- 大正8年〈1919年〉3月4日)、日本の牧師・教育者。日本における女子高等教育の開拓者の1人。族籍は山口県士族。 第5代梅花女学校校長を務め、女子高等教育機関の設立に着手。成瀬はこの梅花女学校校長時代に日本初となる「球籠遊戯」をカリキュラムに採用、後に自らが創立した日本女子大学校でも「球籠遊戯」をカリキュラムに採用していることから、成瀬はバスケットボール紹介者のひとりと言われている。大阪市東区清水谷東之町に校地を確保したが、その後、広岡浅子の働きかけで三井財閥から東京・目白の地を寄贈され、1901年(明治34年)、日本女子大学校を創設した(設立発起人、創立委員に西園寺公望)。1912年(明治45年)6月、渋沢栄一、森村市左衛門、姉崎正治らと共に帰一協会を設立する。これは、諸宗教・道徳などが、同一の目的に向かって相互理解と協力を推進することを期した会である。会員には、江原素六、島田三郎、新渡戸稲造、石橋智信、今岡信一良、高木八尺やM・C・ハリス、D・C・グリーン、C・マコウリー、W・アキスリングなどの宣教師たちも参加。 ¥1,500
子供茶碗5個セット ロボタン ウメ星デンカ 怪物くん ピュー太 トッポ・ジージョ 昭和レトロ 藤子不二雄『ウメ星デンカ』、藤子不二雄名義で発表されたギャグ漫画・SF漫画、また同作を原作としたアニメ作品。1968年から1970年まで雑誌連載、1969年にテレビアニメ化。アニメ化された当時の品です。 『怪物くん』は、藤子不二雄名義で発表された日本のギャグ漫画作品。1965年の初出時から安孫子素雄の単独執筆作品。 1968年にはモノクロテレビアニメ。ピュー太 原案:ムロタニ・ツネ象構成:斎藤賢、光延博愛、永沢詢作画監督:小華和。ためお頭にショックを受けると素晴らしい発明がひらめくというツルリ研究所のツルリ博士の孫・ピュー太が、博士と共にさまざまなメカを開発し、その発明を妨害したり悪用しようとする天才科学者・ワルサ―7世とその助手・ブレーキたちと繰り広げるドタバタギャグアニメーション。その息をもつかせぬめまぐるしい展開とストーリーは、今見ても飽きさせない時代を先取りした傑作。トッポ・ジージョ(Toppo Gigio)は、マリア・ペレーゴ原作のイタリア生まれのネズミの男の子のキャラクター。大きな耳とブロンドの髪が特徴で、1960年代に人形劇で世界的人気を博しました。 ¥8,000

おすすめの書籍

長崎丸山花月記 丸山遊廓(長崎)*山口雅生(山口家十七世) 著者 花月十七世 山口雅生 署名入り 出版社 清文堂出版 解説 昭和43年初版 函なし 稿正本だったようで所々赤鉛筆でチェック後あります。丸山は、寛永末 - 1956年(昭和31年)の間に栄えた長崎の花街(遊女・芸者などの集まる街)。鎖国令によりオランダ商館と同様に寛永18年(1641年)、平戸の丸山から名称と共に移設された。寛永末頃の集娼制度設立により、寛永19年(1642年)に市中の遊女屋が全て丸山の地に集められたのが始まりである。外国人を対象とした遊郭としては当時唯一のものであり、丸山遊女のみが唐人屋敷や出島に出入りすることを許されていた[1]。後にその区域も整備され町名も太夫町から丸山町・寄合町に変更された。1956年の売春防止法公布により遊廓としての丸山は終焉した。その始めは文禄2年(1593年)、筑前博多の花街、柳町の若干の遊女を古町、桶屋町、今博多町に移住させたことである。その数は次第に増え、博多町、大井手町、紙屋町、古町、八幡町、伊勢町などに散在していたが、寛永19年(1642年)に丸山町、寄合町にひきまとめた。延宝版「長崎土産」には「丸山町遊女屋五十九軒遊女三百三十五人内太夫六十九人、寄合町遊女屋四十四軒遊女四百三十一人内太夫五十八人」とある。元禄ころの状況を伝えるケンペルの紀行には「長崎の丸山は京の嶋原以外では、他に見られぬ艶麗を表現している」とあり、花月楼の鶴の枕は、唐の玄宗皇帝の楊貴妃の遺物であると伝わり、遊女の服装が華やかだったことは、小唄「京の女郎に長崎衣裳、江戸の意気地にはればれと、大坂の揚屋で遊びたい」とあるほどで、井原西鶴の「日本永代蔵」には「長崎に丸山と云ふ所なくば、上方の金銭無事に帰宅すべし」とさえ評された。
¥2,000