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「中国画報」38冊 1982年3月号5月号9月号、1983年2月号〜5月号、9月号〜12月号、1984年1月号〜4月号、6月号〜9月号、11月12月号、1985年1月号、3月号〜12月号、1986年1月号3月号、5月号〜9月号東方書店 中国国際図書貿易公司発売

暢気堂書房

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成瀬先生伝 仁科節編 桜楓会出版部 昭和13年重版 成瀬仁蔵 (日本女子大学校創設者) 函欠 552頁成瀬仁蔵(安政5年6月23日〈1858年8月2日〉- 大正8年〈1919年〉3月4日)、日本の牧師・教育者。日本における女子高等教育の開拓者の1人。族籍は山口県士族。 第5代梅花女学校校長を務め、女子高等教育機関の設立に着手。成瀬はこの梅花女学校校長時代に日本初となる「球籠遊戯」をカリキュラムに採用、後に自らが創立した日本女子大学校でも「球籠遊戯」をカリキュラムに採用していることから、成瀬はバスケットボール紹介者のひとりと言われている。大阪市東区清水谷東之町に校地を確保したが、その後、広岡浅子の働きかけで三井財閥から東京・目白の地を寄贈され、1901年(明治34年)、日本女子大学校を創設した(設立発起人、創立委員に西園寺公望)。1912年(明治45年)6月、渋沢栄一、森村市左衛門、姉崎正治らと共に帰一協会を設立する。これは、諸宗教・道徳などが、同一の目的に向かって相互理解と協力を推進することを期した会である。会員には、江原素六、島田三郎、新渡戸稲造、石橋智信、今岡信一良、高木八尺やM・C・ハリス、D・C・グリーン、C・マコウリー、W・アキスリングなどの宣教師たちも参加。 ¥1,500
子供茶碗5個セット ロボタン ウメ星デンカ 怪物くん ピュー太 トッポ・ジージョ 昭和レトロ 藤子不二雄『ウメ星デンカ』、藤子不二雄名義で発表されたギャグ漫画・SF漫画、また同作を原作としたアニメ作品。1968年から1970年まで雑誌連載、1969年にテレビアニメ化。アニメ化された当時の品です。 『怪物くん』は、藤子不二雄名義で発表された日本のギャグ漫画作品。1965年の初出時から安孫子素雄の単独執筆作品。 1968年にはモノクロテレビアニメ。ピュー太 原案:ムロタニ・ツネ象構成:斎藤賢、光延博愛、永沢詢作画監督:小華和。ためお頭にショックを受けると素晴らしい発明がひらめくというツルリ研究所のツルリ博士の孫・ピュー太が、博士と共にさまざまなメカを開発し、その発明を妨害したり悪用しようとする天才科学者・ワルサ―7世とその助手・ブレーキたちと繰り広げるドタバタギャグアニメーション。その息をもつかせぬめまぐるしい展開とストーリーは、今見ても飽きさせない時代を先取りした傑作。トッポ・ジージョ(Toppo Gigio)は、マリア・ペレーゴ原作のイタリア生まれのネズミの男の子のキャラクター。大きな耳とブロンドの髪が特徴で、1960年代に人形劇で世界的人気を博しました。 ¥8,000

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改訂増補 名曲集 全(錦心流宗家印)作曲者 永田 錦心 刊行年 昭和5年 全102頁 本吉屋発行永田 錦心(ながた きんしん、明治18年(1885年)12月1日 - 昭和2年(1927年)10月30日)は、明治時代から大正時代にかけての薩摩琵琶演奏家、日本画家。来歴東京府芝区虎ノ門の出身。本名は永田武雄といった。画号は武州、茶道の雅号は櫻水、俳名は牛骨。父は永田一右衛門。母はきよ子。まず16歳の時に田口米作に入門するが、1903年、19歳の時に田口が没したため、小林清親及び寺崎広業に師事して日本画を習得する。その後、明治36年(1903年)、19歳の時に薩摩琵琶に転じ、正派の肥後錦獅に師事、翌年、20歳で薩摩琵琶の吉水錦翁から錦心の号を受けた。明治39年(1906年)には帝国黄嘴会を組織した。明治41年(1908年)、一水会を結成して毎週、新橋倶楽部で演奏会を開き、多くの門弟を育てたほか、明治42年(1909年)4月5日に神田和強楽堂で第1回の演奏会を開催、以降、毎年演奏会を行っている。内国勧業博覧会に「那須与一」を出品、入賞を果たした。大正3年(1914年)の文展に出品した「野武士」が初入選をし、大正6年(1917年)の文展にも「仏敵」を出品、入選をしている。その間、大正4年(1915年)には錦心流を創始、琵琶の一般大衆化に貢献する。代表作として「石童丸」が挙げられる。著書に『愛吟琵琶歌之研究』全2巻がある。また、文学、能楽、弓道、馬術、易学などに造詣が深かった。享年43。墓所は多磨霊園。
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豆満江 6冊 李箕永著 全冊訳者献呈李殷直署名入 第2巻〜第7巻 李箕永著李殷直訳  1961年初版 朝鮮文化社 装幀金昌徳カバー帯ヤケ傷み少し破れあり、ページ内は概ね経年並 (帯付きは2〜5巻)李箕永(1896年5月 – 1984年8月9日)朝鮮の小説家。本貫は徳水。号は民村。筆名に民村生、聖居山人、聖居、陽心谷人、陽心学人、箕永生。日本統治時代はプロレタリア主義作家としてKAPFの中心メンバーとして活動、解放後は左翼陣営に加わり文壇の重鎮の座に座り続けた。貧困を極めて精巧に描き出す李の筆は南北を通じて高く評価。 李が文壇に登場するのは1924年、『開闢』に掲載された「오빠의 비밀 편지 」からである。1925年、趙明熙の勧めで『朝鮮之光』に編集記者として就職する。また、同じ年に朝鮮プロレタリア芸術家同盟(KAPF)に加わり、中央委員や出版部責任者を務めるなどして活動した。李光洙や金東仁といった文士と対立し、貧民の現実を見据えた階級意識の高い文学を目指した。その間、李は、「故郷」を『朝鮮日報』に連載し貧困をリアルに描き出している。1930年代、朝鮮文壇を席巻していたKAPFに対して、当時の朝鮮総督府は弾圧を持って対処した。第1次KAPF一斉検挙では、2か月間の拘束を受け(執行猶予で釈放)、第2次KAPE一斉検挙の際は1年6か月の間投獄される。李は第2次KAPF一斉検挙の後、自らの主題を見失い、転向作家として筆をとったり、朝鮮文人協会に参加して親日的活動に加担してもいる。それが李の意思ではなかったのか、1944年には筆を折り、江原道の鉄原に引きこもった。
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