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「新宿末広亭のネタ帳」
新宿末広亭 春夏秋冬「定点観測」
新宿末広亭 : 春夏秋冬「定点観測」
新宿末広亭 : 春夏秋冬「定点観測」 者は1999年のゴールデンウィークを目前にした雨の夜、忽然として「新宿末広亭に一年間通いつめ、全芝居(七十三番組)を記録する」ことを思い立つ。「だいたい寄席に一年間通うことに、どういう意味があるのか。それ以前に会社員をしながら一年休まず末広亭へ通うことが可能なのか」「どこからみても、無謀かつ無益でアナだらけのアイデアなのであった」と著者自身が言っているように、読むものはまず、こんなシジポス的無償の行為を自らに課した「会社員」に興味をかき立てられるのである。いまどきの日本のサラリーマンにそんな粋人がいたのか。どんな会社で何をしている人か。ヒラか、管理職か。文中から正体を見破ってやろうと、あえて著者略歴を見ずに読み進む。円楽・楽太郎の師弟を足し合わせたようなウンチク臭が鼻につかぬでもないが、ただの会社員とは思えないクロウトっぽい文章である。木造3階建の屋根を叩く雨の音、時折流れてくるトイレの臭い、正楽に難しい注文を出すだけのためにやってくる「紙切り追っかけオジサン」、円菊の「今日の客席はアメリカーン」がマクラの定番になるほど入りの薄い客席。文楽、円生、志ん生らが満席にした昭和30年代の活況がうそのような末広亭のいまを、雨の日も「風邪」の日も「定点観測」した粘りと根気には、とりあえず頭が下がる。 まばらな席に向かって懸命に茶碗を回す太神楽の親子、「わずか47人しか残っていない」講談師、テレビには出演しない噺家。「芸能人」ではない「芸人」たちの、これまた「無償の行為」とも思える営みを「おこわ弁当」抱えて見守る男がいる。まるでルネ・クレールだね、と思いはじめるあたりで「会社員」の正体が見えてきた。著者はやっぱり芸能記者だった。それも全国紙の文化部デスクだという。「なんでぇ、なんでぇ。会社員にはちげえねえが、そいつぁあナシだぜ、ダンナ」なのである。(伊藤延司)
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