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「青き心」と「時代の匂い」~『五十嵐日記』を読む

「青き心」と「時代の匂い」~『五十嵐日記』を読む

古書現世 向井透史

 日記というものは、本の中でも人気のあるジャンルのひとつである。文学者や政治家や俳優など著名人の日記が多数出版されている。この度、笠間書院より早稲田の古書店、五十嵐書店店主・五十嵐智氏の、神保町での修業時代の日記が公刊された。五十嵐氏は昭和9年、山形生まれ。『五十嵐日記 古書店員の昭和』は、五十嵐青年の昭和28年から37年に渡る、まさに戦後の高度成長第一期に重なる時代の労働者の生の声である。

 五十嵐書店は「専門店化されてないが故に値段が安い」という早稲田スタイルとは違う、国文学書専門の早稲田を代表する古書店の一軒である。平成14年の店舗建て替えに伴うリニューアル後は一階が跡継ぎである次男の修氏による、アートなどを中心に様々にセレクトされた本たちが並ぶギャラリー的な見やすいスペースに、地下を今まで通りの国文学中心の学術書にという店舗に変わって現在に至っている。
 
 五十嵐氏は昭和28年に上京。職業安定所での紹介を受けた水道橋の会社の面接を受けた帰り道を間違え偶然に神保町の古書店街へたどりつき、南海堂書店店頭の従業員募集の張り紙を見つける。現在は「古本屋になる」ということは能動的に捉えられ、職業と自己表現の重なるものとして選択する人が増えてきてはいるが、時代であろう、五十嵐氏はこのような本当の偶然から修業時代を始めたのだ。

以前、私は早稲田の古書店主たちの開店までのエピソードを聞き書きにした『早稲田古本屋街』(未來社)という本で各店舗を取材したのだが、ある世代の、縁を頼って、または何かの事情で上京し、そこがたまたま古本屋だった、これで生きていくしかないんだという生の声をとても興味深く聞いていた。そのような日々の生の記録がこの本の出版により誰もが目にすることができるようになったのである。日記の補遺、人名索引、関連資料などもまた便利である。

この日記は、時代が重なる「三丁目の夕日」のようにドラマチックではない。変わらない毎日に見えて、本当に少しずつ、青年が仕事に自信をつけ、考えを持ち、独立していく過程が描かれている。だからこそ貴重な資料となっている。後に結婚することになる地元の女性との淡い恋もスパイスとしてとてもいい。このころのリアルな「時代の匂い」を感じたい人に、そして「青き心」を忘れてしまった人の胸に、この本は静かに問いかけてくるだろう。
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    『五十嵐日記 古書店の原風景―古書店員の昭和へ』
  五十嵐智/河内聡子/中野綾子/和田敦彦/渡辺匡一編
  笠間書院刊 定価:2,400円(税別) 好評発売中!
 http://kasamashoin.jp/2014/10/post_3054.html

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軍歌こそ愛国ビジネスの元祖:『愛国とレコード』

軍歌こそ愛国ビジネスの元祖:『愛国とレコード』

辻田真佐憲

 「愛国ビジネス」という言葉がある。ナショナリズムを利用した営利活動のことだ。昨今では、自国を盲目的に礼賛する本や「嫌韓本」の氾濫を指して使われることが多い。あるいは、中国や韓国における多種多様な「反日ビジネス」もその類といってよい。さながらここ数年の北東アジアでは、「愛国ビジネス」がブームなのである。

 しかし、「愛国ビジネス」は戦前の日本にもあったのではないだろうか? 拙著『愛国とレコード』は、1930年代のレコード産業を舞台に、戦前の「愛国ビジネス」の歴史を探ろうとするものだ。  本書で特に焦点を当てたのは、名古屋にあったレコード会社・アサヒ蓄音器商会。戦時中に倒産してしまったため、今は存在していない。にもかかわらずこのレコード会社を取り上げたのは、先行研究が少ないため書籍にまとめる価値があったということもあるが、その一方で、同社が露骨なまでに「愛国ビジネス」を展開していたということが大きい。

 アサヒ蓄音器商会は小さなレコード会社だったので、時代にうまく乗らないとつぶれてしまう宿命にあった。だから、「時局便乗」といわれようが、「粗製濫造」といわれようがお構いなしに、満洲事変や日中戦争にあわせて軍歌や愛国歌を吹き込んで売り出していたのである。

 本書では、同社が売りだした様々なレコードを写真付きで紹介した。例えば、1935(昭和10)年の「躍進節」。日本が北(満洲)に南(南洋)にどんどん躍進しているという他愛もない歌なのだが、実はこれ、ビクターのヒット曲の完全パクリなのである。売れるためには、他社の剽窃も辞さない。同社の商法には、内務省の検閲官ですら「笑止千万」と呆れたほどだった。軍歌は、軍部が押し付けるものではなく、民間企業が営利のため自発的に生み出すものだったのだ。

 このように、アサヒ蓄音器商会の時局レコードは、「愛国ビジネス」のもっとも核心的な部分を表しているように思う。すなわち、彼らが愛しているのは「国」でも「イデオロギー」でもなく、「目先の金」であるということを。

 ゆえに、本書の目的は「愛国」批判でも、「ビジネス」批判でもない。むしろ両者が結びついた「愛国ビジネス」の検証なのだ。この言葉に障りがあるなら、「亡国ビジネス」と言い換えてもよい。というのも、実際に1930年代に戦争に突き進んだ日本は、破滅的な太平洋戦争を始めてしまうのだから。

 我々は来年で終戦70周年を迎える。そこで今、悲惨な戦争の入り口にあった「愛国ビジネス」の実態を思い返すことには意義があると思われる。それはまた、我々の眼前にある現役の「愛国ビジネス」を考えなおすきっかけにもなることだろう。
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 『愛国とレコード』辻田真佐憲 著
  えにし書房刊 本体1,600円(税別)好評発売中!
 http://www.enishishobo.co.jp/

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千代田図書館企画展示「古書販売目録のココが好き!」 2014年12月29日~2015年3月21日

千代田図書館蔵古書販売目録コレクションについて
 

千代田図書館企画展示「古書販売目録のココが好き!」 2014年12月29日~2015年3月21日

千代田区立千代田図書館 企画チーフ 河合郁子

 皆様ご存知のとおり、古書販売目録(古書目録)は、古書店が発行する商品紹介カタログです。販売のためのカタログですから、古書を買うつもりがない人が手に取ることはありません。また、商品が売れてしまえばその役目は終了し、長期間保存されることは滅多にありません。ところが過去の古書目録には、思いがけない魅力や活用方法がたくさんあるのです。

本展では、趣味の目録読書から学術研究まで様々に古書目録を活用する8人の達人が“とっておきの一冊”の魅力と活用事例についてご紹介します。 「酒」「女」「お役に立ちそうな錦絵ものの類」などワクワクするような見出しが並ぶ目録、実在しない本を「買取一覧」としてリストアップしたお茶目な目録、雲を掴むように困難な書物来歴調査に役立った目録、「日本聖人鮮血遺書」「妾の年期証文」などアヤシイ商品が掲載された目録、学生愛書家の将来を古書店主へと導いた運命の目録など。見ればきっと貴方も古書目録が好きになるはず。展示期間中には、トークイベント「目録読書の愉しみ」も開催されます。どうぞお楽しみに!

<展示概要>
① 趣味の目録読書から学術研究まで様々に古書目録を活用する8人の達人が“とっておきの一冊”を紹介し、その魅力や活用事例について、前期・後期に分けてパネルで紹介

② パネルで紹介された古書目録をガラスケースで展示
③ 古書目録や古書・古書店に関する書籍約130冊を展示・貸出
④ 展示で紹介される目録の一部を、展示会場とインターネットで公開

④については、木内書店(昭和7年、28年)、荒木伊兵衛書店(昭和7年)、白木屋即売展(昭和37年、文車の会)のものを、千代田Web図書館(電子書籍のライブラリー)に収録します。パネル図版や展示ケースでご覧いただけるのは目録のうち数ページですが、電子書籍にすることで全ページをインターネット経由で、どなたでも気軽に閲覧していただけるようになります。

また、展示パネルの内容をまとめたリーフレットも準備しています。展示後期から会場で配布し、図書館ホームページ等でも配信する予定です。千代田web図書館とリーフレットで、遠方の方にも是非とも古書目録の魅力に触れていただきたいと考えています。

企画展示「古書販売目録のココが好き!~8人の達人が選ぶ、とっておきの一冊~」ついて
 http://www.library.chiyoda.tokyo.jp/information/20141121-15010/

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『本屋はおもしろい!!』を制作して

『本屋はおもしろい!!』を制作して

工藤隆宏(洋泉社 編集者)

 壇蜜さんが表紙の本屋ガイドムック『本屋はおもしろい!!』を今秋、小社より刊行いたしました。この表紙の写真は東京堂書店・神保町店で閉店後に撮影させていただいたのですが、本屋ファンのなかには「写真を見てすぐに東京堂書店だとわかった」という強者もいらっしゃいました。

さて、近年、本屋さんを特集する雑誌が増えていると思うのですが、どうしても“おしゃれな”“都市型”の書店が取り上げられがちな傾向にあります。今回、本書を制作するにあたり、自分にとっての「本屋の原風景」を思い起こしてみたのですが、私の場合は、小学生の頃に親に連れて行かれた駅前のデパートに入っていた本屋が原体験でした。母親が各階を周っている間、父親と私は本屋で待っているというのがいつものパターンで、当時はマンガ目当てだったのですが、毎週行くのを楽しみにしていました。

偶然にも、壇密さんも本書のインタビューで、小学生時代に家族で行ったデパートの本屋が原体験だったといい、とても共感したのですが、おそらく多くの人にとっても本屋の原体験は、都市部の個性派店よりも、近所の個人経営の本屋だったり、地元のチェーン店なのではと考えました(「本屋の原風景」に関しては、作家の碧野圭氏が本書の中で、個人的体験とともに素晴らしい文章でまとめてくださっていますので、ぜひご一読ください)。

 本書では、そうした他誌では取り上げられる機会の少ない“ふつうの本屋”をできるだけ紹介しています。どのお店も、「こんな本屋が原体験になったら幸せだな」という本屋ばかりです。もし本書を手にして頂いたら、紹介した本屋にぜひ足を運んでいただけるとうれしいです。
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『本屋はおもしろい!!』 
 洋泉社刊 定価1,200円+税 好評発売中! 
 http://www.yosensha.co.jp/book/b185070.html

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〈左翼出版社〉が生き生きと息づいた時代

〈左翼出版社〉が生き生きと息づいた時代

井家上 隆幸

 五味川純平『人間の条件』は、最初持ち込まれた理論社社長の小宮山量平さんから三一書房の竹村一にわたり、世に出たという“ベストセ ラー誕生秘話”にしたがうならば、小宮山さんなければわたしの〈現在〉はないのですが、その小宮山さんは、出版社の生産物には本来の「出版物」 と「出版産業製品X」の二つがある、といっています。

「出版」「編集者」についてはまったく無知なまま、とびこんだ「出版」という世界は、警職法改悪反対闘争(59年)―安保改定阻止闘争・三池闘争(60年)、そして高度成長期に入るという時代で、「出版物=岩波新書」と「出版産業製品X=カッパ・ブックス」を両極とし、その間に、多くの「X商品」や中公新書や現代新書、それにほどなく撤退しますが、筑摩書房や新潮社、文藝春秋、講談社などが参入した“新書ブーム”の時代でした。

手許にある「日本読書新聞」縮刷版(60年―68年)や、「若者の文化」(いまはサブカルチャーというけれど、当時はカウンター・カルチャーといった)が沸騰した60年代を回想する津野海太郎『おかしな時代/『ワンダーランド』と黒テントへの日々』(本の雑誌社)などをみれば一目瞭然のように、この時代は、日本共産党を「唯一の前衛党」とする無謬神話は崩れ、ベトナムに平和を市民連合(ベ平連)が生まれ、既成の新劇を攻める紅テントや黒テント、天井桟敷など無名の若者たちの〈叛乱〉のように、政治・文化・風俗――あらゆる場で、「秩序」を「紊乱」する行動が渦巻いていて、いまはほとんど揶揄の対象でしかない〈左翼〉が元気な時代でした。「平民労働者の成就せんとする革命は、政治組織や経済組織の革命ばかりではない。

人間生活そのものの革命である。人間の思想と感情、およびその表現の仕方の革命である」と大杉栄が喝破したその〈革命〉が、価値の転覆と新しい思想と事実との創造が〈時代精神〉となった時代でした。左翼出版社三一書房も三一新書も、その〈時代精神〉を呼吸していました。1958年―73年、15年在籍したわたしもそうでした。

しかし、70年代以後、「左翼」の政治論議も“井戸端会議”になりさがり、89年11月のベルリンの壁の崩壊、冷戦体制の終結、東欧社会主義国の崩壊、91年12月のソ連の崩壊と続くなかで〈左翼〉は軽侮の同義となり、かつての左翼史観は“自虐史観”と貶められていますが、あれからざっと45年、「歴史なんざ無用の長物」といった風潮が圧倒的で、「出版産業製品X」が猩蕨をきわめるなかで、〈左翼〉〈左翼出版社〉が生き生きと息づいた時代のあったことを記録しておくことは、けっしてムダではありますまい。こどものころから身にしみついた「自分に甘い性格を許す怠惰」はついに克服できず、先達正木重之が生きてあれば顰蹙したであろうことは重々承知、であります。

『三一新書の時代』 井家上 隆幸 著
論創社刊 定価:1600円+税
 http://www.ronso.co.jp/

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実録!「古本屋ツアー・イン・神保町」の出来るまで!

実録!「古本屋ツアー・イン・神保町」の出来るまで!

古本屋ツーリスト 小山力也

 まさか本当に神保町で一冊の本を作ることが出来るとは、ひとりでこの街に大量に分布する古本屋さんを調査し尽くせるとは、夢にも思っていなかった。  

 すべての始まりは、去年の夏に『本の雑誌2013年11月号』に書いた記事「古本屋ツアー・イン・神保町 二階以上の古本屋さんを畏れて巡る」にある。この時はタイトル通りに、ビル内の階上にある入り難い古本屋さん十店をルポするだけだったのだが、同時に「神保町のお店をすべて載せた本が作れますかね?作ってみませんか?いや作るんだ!」と提案され、半ば強制的に恐るべき歯車が動き出してしまったのである。

このときツアー済みの神保町のお店は七十店余りで、事務所店を除けばちょうど半分ほどであった。元々神保町に対する私のスタンスは、『いつでもツアー出来るお店が大量にある所』程度だったのである。その当時は、地方の情報の少ないお店や、知られざるお店の発見に生きがいを覚えて、血道を上げていた。だから、古本街としては魅力的だが、いつでもそこに堂々とある不動のお店たちを調査することに、それほどの喫緊さと熱心さを感じていたわけではなかったのである。

 しかし、本を作るとなったら、否が応でもスピードアップして調査し尽くさねばならない。与えられた半年ほどの時間で、残りの七十店余をすべて訪ねなければならないのである。これが案外簡単なようで難しかった。何故なら、この時点で残っていたお店は、あまり興味の持てない古典籍や外国書や学術系の専門店や、それこそ厳めしく入り難い敷居の高いお店ばかりだったのである。だが、恐ろしい締め切りというものが存在するのだ。躊躇することは命取り!とばかりに、畏れも引っ込み思案も封印して、神保町に通い詰め、未踏のお店に次々と無謀に飛び込んで行った。

 するとその内に、不思議な化学変化が起こって来た。今までは感じなかった神保町の新しい面が見え始めたのである。それは掘り出し物の多い均一ワゴンであったり、裏路地に隠れた名店であったり、興味のないはずのお店に紛れ込む楽しい一棚だったり、恐いはずの専門店の優しさだったり、意外な所で売られている古本だったり。それは次第に、神保町自体をひとつの古本屋さんとして捉え、隅から隅まで棚を見て行くような感覚となり、我が身に染み込んでいった。今では神保町入りすると、『靖国通り』『白山通り』と端から端まで縦横に駆け巡り、必ず気になる場所すべてを見なければ気が治まらない、古書店街ナシには生きてはゆけぬ、見事な古本街重症患者と成り果てたのである。

 かくして出来上がったのが「古本屋ツアー・イン・神保町」であり、ガイドとも、ひとりの客の戯言ともつかない、奇妙な一冊である。一店一店の調査踏破が、おぼろげながらも街の一時の一面を浮かび上がらせたのではないかと、密かに確信している。

 なおこの本で一番のオススメは、『神保町24時』という企画ページである。メインの古本屋ページが、空間としての神保町を捉えたものならば、『神保町24時』は時間という観点から街を捉えたページである。その調査方法は、文字通りシンプルに、神保町で24時間を過ごすこと。淡々と過ぎて行くと思っていたら、様々なことが起こり、楽しくもあるが地獄のような時間でもあった。その顛末は、どうかページを繙きご覧いただきたい。

 この一冊が、みなさまの、神保町への新たな扉を開く鍵になればと、強く願っている。
huru
『古本屋ツアー・イン・神保町』 小山力也著
定価2160円(税込) 好評発売中
 http://www.webdoku.jp/kanko/page/4860112628.html

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自著を語る(112) 完全版『ザ・タイガース 世界はボクらを待っていた』

完全版『ザ・タイガース 世界はボクらを待っていた』

磯前順一

ザ・タイガースの評伝を書くことは、中学生の時からの夢だった。タイガースが解散して程ない1970年代半ばのことである。解散から数年後に彼らの音楽を聴きはじめた私は、その活動期間に間に合わなかった自分の幼さを悔やんだ。そして、いつかは彼らの音楽やその葛藤について本格的な評伝を書きたいと願うようになった。それから、本書『ザ・タイガース 世界はボクらを待っていた』が刊行されるまでに、約四十年という年月を待たなければならないのだが。

その後紆余曲折を経て、学問の世界で文章を私は書くようになる。しかし、近年は違和感を覚えることが多く、本書と同様に昨年に刊行された『閾の思考 他者・外部・故郷』を一区切りとして、学問の世界からは距離を置こうと思うようになった。しがらみだらけの既存の業界から離れる思いが強まるなかで、タイガースのメンバーであった瞳みのるさんや加橋かつみさんが感じていた芸能界に対する違和感というものが、私の心の中で鮮烈に蘇り、彼らとの距離がふたたび近くなり始めた。そんなとき、2011年春に瞳さんの自伝『ロング・グッバイのあとで』が刊行される。瞳さんは四十年ぶりにメンバーたちに再会し、ファンの前にも姿を現わす。そして、タイガースの再結成の動きが浮上してくるなかで、宿願であるタイガースの評伝を書くのならば、今しかないと私は強く感じるようになる。

それならば、瞳さんの自伝の担当者の方ならばどうだろうか、ダメもとで集英社に電話を入れた。なんとも幸運なことに、その担当者のKさんが直接電話に出たのである。東京でお目にかかることになり、これまでの私の著作をお見せしたり、タイガースの評伝に関する考えを話すなかで、トントン拍子に企画が決定した。やがてKさんは、この評伝のタイトルを『ザ・タイガース 世界はボクらを待っていた』と命名した。この書名が内容を決定づけた。あとは、私がKさんの与えてくれた書名にふさわしい内容を書けばよかった。

実のところ、わたしがKさんとのやりとりの中で完成したオリジナルのタイガース評伝は、現在刊行されている本の二倍の長さのものであった。タイガースの未発表曲の情報、ゴールデン・カップスやジャックスとの比較、高度経済成長と天皇制ナショナリズム、ベトナム戦争と学生運動、寺山修司とミュージカル・ヘアー、三島由紀夫の死とロラン・バルトなど、そこには様々な物語が組み込まれていた。そのままの形で刊行されていれば、タイガースと戦後日本社会の密接な繋がりももっと明確なものとなり、もうひとつの1968年論として結実すると私たちは考えていた。しかし、新書一冊の手ごろな値段と厚さでファンに届けたいという編集方針のもと、最終的にはKさんが現行版へと編集作業を行っていった。それでも、その内容を惜しんで彼は最後まで完全版の刊行を様々なかたちで模索していた。そして、今、Kさんの思いを胸に、タイガースのメンバー、瞳みのるさんが完全版を手にしている。遠くないうちに一般の読者にも届けられたならばと願っている。
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 『ザ・タイガース 世界はボクらを待っていた』
  磯前順一著 集英社刊
   定価 819円(税込) 好評発売中
http://books.shueisha.co.jp/CGI/search/syousai_put.cgi?isbn_cd=978-4-08-720714-9

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自著を語る番外編 『「奇譚クラグ」から「裏窓」へ』

『「奇譚クラグ」から「裏窓」へ』

小田光雄

日本の古本屋メールマガジン 本来であれば、この『「奇譚クラブ」から「裏窓」へ』の刊行紹介は、著者の飯田豊一さんが書かれていたはずですが、昨年九月半ばに急死されたために、インタビュアーの私が記すことになりました。

インタビューが行われたのは五月で、飯田さんは八十歳を超えているとはいえ、まだ矍鑠とされ、とてもお元気でした。八月になって、編集の過程で年代と事実確認の必要から、田端のお住まいに電話を入れたところ、今年の夏は猛暑でたまらないし、もう死ぬのかもしれないと冗談めかして話しておられたのですが、本当に亡くなってしまうとは思ってもみませんでした。

このような経緯と事情ゆえに、本書は飯田さんの予期しなかった遺著と考えることもできます。『奇譚クラブ』も『裏窓』も凡百のエロ雑誌と異なり、戦後のアブノーマル雑誌として特殊な位置を占めていました。この両誌に飯田さんは作家や編集者として関わり、それらの編集や出版の内実に最も通じた人物であり、ここでそれらが初めて語られたことになります。 飯田さんのアブノーマル雑誌との直接の関係は、一九五三年、二十三歳の時に『奇譚クラブ』へ投稿した「悦虐の旅役者」から始まっています。これは彼の処女作ですが、本書巻末に収録したので、六十年ぶりにそのままのかたちで読むことができます。

 そして飯田さんは後に編集長となる『裏窓』にも投稿したことから、『奇譚クラブ』の元編集長須磨利之と知り合うことになります。須磨こそはアブノーマル雑誌の天才的編集者というべき人物で、多くのペンネームを駆使して小説やエッセイを書き、喜多玲子の名前で特異なエロスあふれる絵を描き、また美濃村晃として緊縛の各シーンの演出者でもあったのです。須磨は『奇譚クラブ』を辞め、大阪から上京し、性科学誌『あまとりあ』の刊行で知られた久保書店に入社し、五六年に『裏窓』の創刊に至っています。

 戦後のアブノーマル雑誌の歴史において、飯田さんと須磨の邂逅は運命の出会いのようであり、その二人のもとに多くの作家、執筆者、画家たちが集うことになります。しかし彼らの大半がペンネームを用いていたこともあり、現在に至ってもそれらの謎のすべては解けていません。

 さらに特筆すべきは両誌を支えた、これも多くのミステリアスな読者たちで、彼らの存在がアブノーマル専門誌としての『奇譚クラブ』や『裏窓』を成立させていたのですが、それらの全貌もまだ明かされていないといっていいでしょう。それらの謎めいた世界への誘いの一冊として、本書は刊行されたことになります。
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『奇譚クラブ』から『裏窓』へ 飯田豊一著
論創社刊 価格:1680円(税込) 好評発売中!
http://www.ronso.co.jp/

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編集長登場シリーズ(11) 『全国書店新聞』日本書店商業組合連合会

『全国書店新聞』日本書店商業組合連合会

編集長 白石 隆史

65年の歴史を持つ全国唯一の書店人の全国組織である日本書店商業組合連合会(通称、日書連)の広報紙です。日書連および46都道府県書店商業組合(山口県のみ未加盟)の活動と取り組み、出版業界のニュースを読者に提供しています。主要な読者層は全国の組合加入書店約4500店の経営者および従業員です。出版社、取次などの出版業界関係者にもご購読いただいています。

出版販売金額は1996年をピークに17年連続前年割れが続いています。書店組合加入書店数も1986年の1万2953店をピークに27年連続減少し、昨年4月現在で4458店まで減少しました。組織規模はピーク時の35%まで縮小してしまいました。コンビニエンスストア、新古書店、オンライン書店、電子書店など多様な販売チャンネルが次々と生まれ、大型書店、ナショナルチェーン、街の中小書店の種類を問わず、あらゆる「リアル書店」が危機に瀕している今、主要読者の書店経営者は再成長への戦略を構築するため必死の努力を続けています。

日書連は今、書店経営者を支援するため「書店再生」を合言葉に様々な取り組みを行っています。収益性を改善し、来店者数を増やして店頭を活性化する。「食と健康」をテーマにロングセラー・実用書増売企画を一昨年から2回実施しましたが、これは街の本屋が個々では仕入れることが難しい売行き良好書を日書連という組織の力で仕入れ、組合加入書店でたくさん売ろう、そして店頭を賑やかにして、出版不況から脱出しようという試みです。おかげさまで出版社からも読者からも好評の声をいただいています。こうした日書連の試みを広く、詳しく、わかりやすく紹介するのが、全国書店新聞の最大の特徴です。

2014年最初の発行となる1月1日号では、恒例の新春直言「日書連会長に聞く」で、昨年6月に第9代目日書連会長に就任した舩坂良雄会長のインタビューを掲載しました。舩坂会長は書店再生に賭ける意気込みと、消費税率引き上げにあたり出版物に軽減税率を適用するよう求めることを力強く語りました。

日書連12月定例理事会の記事では、政策、書店再生、組織、広報、消費税、取引改善、流通改善、読書推進、指導教育の各委員会からの報告事項を紹介しました。議題の中心は4月に迫った消費税率引き上げ問題で、昨年4月から続けている軽減税率を求める署名運動、議員への請願活動を継続して行うことを申し合わせました。

業界ニュースのページでは第2回静岡書店大賞授賞式の記事を掲載しました。いま全国各地で本屋大賞や商談会など、書店員が主体となって企画して取り組む動きが広がっています。昨年は本屋大賞が10周年を迎え、京都で京都本大賞、大阪でOsaka Book One Projectが初めて開催されました。東京の書店大商談会、大阪のBOOK EXPOの両商談会は、日書連が後援しています。こうした動きを紹介することも全国書店新聞の大きな役割です。ユニークな書店の取材記事も随時掲載しています。

組合の広報紙ですから、理事会をはじめとする組合の各種会合の内容を客観的に紹介することが、全国書店新聞の主たる役割です。一方、書店経営者、書店員の生の声を伝える特集も支持が高く、編集者として大切にしています。書店業界を取り巻く環境はとても厳しいですが、組合加入書店の皆さん、出版業界で働く皆さんが元気になるような紙面作りを心がけたいと思っています。
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『全国書店新聞』
創刊 1966年5月
発行形態 月2回刊/毎月1日・15日発行
体裁 タブロイド判/1日号=6ページ、15日号=4ページ
 ※ページ数は変更することがあります。
年間購読料 本体7000円(傘下組合加入書店の購読料は賦課金に含む)
  http://n-shoten.jp/newspaper/

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古本屋ツアー・イン・ジャパン 古本屋ツアー・イン・ジャパンの2013年を振り返って

古本屋ツアー・イン・ジャパンの2013年を振り返って

古本屋ツーリスト 小山力也

 どうにかこうにか乗り切った。2013年は、そう思える節目の年となった。古本屋調査のキモとなる、訪ねるべき未踏店の欠乏が、いよいよ深刻な障害となり、大きく目の前に立ちはだかって来たのである。毎年同じようなことを言っている気もするが、毎年本気で言っているつもりだ。いや、正直言うと、未踏のお店はまだまだ悔しいくらいに残っている。要するにそれらが、住んでいる東京から遠く隔たっているために、おいそれと調査は出来ぬ状況となってきたのだ。

しかしそれでも、嵩む交通費をどうにかやりくりして色々食いつぶしつつ、一店一店を、まるで深海に素潜りで潜水して、海底の宝石を拾って来るように、各地方を訪ねては調査して戻って来るのを、根気良く阿呆のように繰り返した。つまり、毎年“未踏店の欠乏”を感じても、調査をまだ続けられていると言うことは、どうにかそれをクリアして来たことになる。クリアしたからには、さらに訪ねるべきお店は、より遠くになってゆくことになる。つまりは己の神経と交通費感覚を麻痺させ、航続距離をだましだまし延ばし続けているのである…。

 新発田・日光・米沢・宮古・鶴岡・柏崎・船引・大垣・益子・福井・東岡崎・電鉄石田・名取・石巻・保原・大形・伊豆高原・和歌山・三つ峠・円山公園・滝川・百合が原・神戸・白河・二川・相馬・尾張一宮・那覇・新下関・黒崎・鹿児島・富士・西那須野・新安城・武庫川・蔵王・田沼…。もはや、字面では何処の地方か分からぬ見知らぬ街を、古本屋を求めて多く訪ね歩いて来た。古本屋を目標にしていなかったら、一生縁の無い土地として、過ごはずの場所ばかりであると言えよう。そんな初めての土地で、見たことのない景色を眺め、空気を吸い、聞いたことの無いイントネーションの言葉に接し、古本屋で本を買うことは、やはり至高の体験なのである。

段々と、その麻薬的快楽に溺れ、地方に行くことが己の使命であるように思い、非日常であるはずの旅が日常となり、次は何処に行こうかと常に考えている…もはや“何処に行けるか”ではなく“何処に行こうか”となってしまっているのである! タガの外れた我慢比べほど恐ろしいものはない。まるでギャンブルにのめり込むように、神経と正気を麻痺させ、賭け金を際限なく積み上げるが如く、地方の古本屋に向かってしまう自分がいる…あぁ、この先私は、一体どうなってしまうのだろうか…。しかしそのような我慢比べを継続した結果、今まで未踏だった、福井・和歌山・鹿児島・沖縄に足跡を残せたのは大きな収穫と言えよう。

 その上、ここまで活動が派手になったのは、年末に満を持して発売した初の著書『古本屋ツアー・イン・ジャパン 全国古書店めぐり 珍奇で愉快な一五〇のお店(原書房)』の存在が大きい。己の孤独な調査活動がある程度認められ、本と言う形になったのは、大変に喜ばしいことであった。その余勢をを駆り、ますます古本屋ツアーに狂奔しているのである。単行本を出した時に、よく『ブログはもうやめちゃうんですか?』と聞かれることが多かった。しかし私の心は、本を出して満足するところに決して留まらず、より一層火が激しくなり、ゴウゴウと燃え上がったのだ!

もっと古本屋を!と。だから今現在2014年の始まりは、とても恐ろしいことになってしまっている。そのままのペースで一年進めば、単行本の発売などでは補填出来ないほどの、確実に何らかの破滅を迎えそうな勢いなのである…さすがにちょっとペースダウンを…いや、そんな日和っていたら、間に合わないお店も出てくるはずだ! 早く見に行かなければ! もっと遠くへ! などと日々葛藤し、眠れぬ夜を過ごしている。

 そんな風に無闇に何かに駆り立てられるのは、もちろん未知の古本屋の魅力が大きいのが当然であるのだが、近年は閉店への恐れも大きかったりする。2013年は、今まであるのが当然だったお店たちが、大衆店・名店・老舗店を問わず、店舗を畳んでしまう事例が、数多く起こった年でもあったのだ。また、チェーン店・個人店問わず、大型・中型のリサイクル系のお店が、次々と閉店しているのも、そんな危機感に拍車を掛けているのであろう。

勇気ある新店も多数開店しているのだが、やはりある時代をがっちりと支えて来たお店たちが、表舞台から去ってしまうのは、とても寂しいことである。だが先述した新店と共に、新たな販売形式も登場しており、古本の世界は粘り強く、タフに広がり始めている。プロ・アマ・リアル・ネット古本屋問わず、カフェや雑貨店や洋服屋それに公共施設などで棚を借り、寄生あるいは共生という形で古本を販売することが、目立って来ているのだ。以前からその萌芽はあったが、この年はそれがより顕著になったと言えよう。浮き沈みや切り替わりが激しく、なかなか調査しづらい対象ではあるが、古本が並んでいる限り、そこは訪ねるべき新たな形式のお店であることを、私は信じて疑わない。

 また、東日本大震災以降の、関東?東北太平洋沿岸古本屋消息調査も、常にツアーの重要なテーマとして存在している。長い時間をかけて、銚子・いわき・宮古・石巻・塩釜・相馬などを訪れ、力強くたくましく古本を売り続ける姿を目にして来た。2014年1月には、早々と釜石に行くことが出来たので、次は青森県初ツアーで八戸のお店を訪ねようと、固く心に誓っている。

 このように、色々悩み楽しみ、文句は言いながらも、結局は古本屋を目指す日々を、今年も継続して行くことになりそうである。最後に本を出したことにより、気付いたことをひとつ。それは、私が実は『変わり者』だったと言うことである! 今まで『古本屋ツーリスト』としての顔は、いわゆる古本好きの方しか知らなかったので、その行動や蔵書量についてなど、特に『おかしいですよ』などと指摘されることはなかった。

しかし!本を出したことにより、周囲のあまり古本と関わらぬ一般の人々にも知れることとなったのだが、単行本を手にして、目次を眺め掲載の部屋の写真を見て、驚かれ笑われ、『おかしいよ』『普通じゃない』『変わってるね』『前からおかしいと思っていた』『毎日?毎日古本屋に行くの?』などの言葉をいただくことになってしまった…あぁ、そうか。私は変わり者だったのである…。今年も全国の古本屋さんを調査して回り、変わり者の度合いをより一層深めて参ります。

 それと贅沢にもうひとつ望みを上げるとしたら、古本屋さんで自分の本を、古本として買ってみたい…本が出来たことにより新たに生まれた、古本屋ツーリストとしての真剣な思いである。
huru
『古本屋ツアー・イン・ジャパン』
日本全国の古本屋&古本が売っている場所の、全調査踏破を目指す無謀なブログ。お店をダッシュで巡ること多々あり。「フォニャルフ」の屋号で古本販売に従事することも。トマソン社のリトルプレス「BOOK5」で『新刊屋ツアー・イン・ジャパン』を、webマガジン「ゴーイングマガジン」で『均一台三段目の三番目の古本』を連載中。2013年12月、ブログ記事を厳選しまとめた『古本屋ツアー・イン・ジャパン 全国古書店めぐり
珍奇で愉快な一五〇のお店(原書房)』を発売。
http://blogs.dion.ne.jp/tokusan/
http://www.harashobo.co.jp/

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