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第19回 カラーブックスとものかいさん 人生初のコンプリートを遂げたひと

第19回 カラーブックスとものかいさん 人生初のコンプリートを遂げたひと

南陀楼綾繁

 昨年、熊本市に取材に行った。その夜、〈舒文堂河島書店〉の河島さんに誘われて飲んだ席で、「カラーブックス」を集めているという女性に出会った。
 カラーブックスは1962~1999年に保育社が発行していた文庫サイズのシリーズで、さまざまなテーマが取り上げられている。タイトル通りカラーが満載で、古本屋で見つけるとちょっと持っておきたくなる。しかし、あれ、全部で何冊あるんだろう? と聞くと、彼女はすぐに「909冊です」と教えてくれた。
 彼女はその数か月後に「カラーブックスとものかい」というアカウントでTwitterを開始。1日1冊ずつ紹介している。なので、ここでは彼女のことを「カラともさん」と呼ぼう。
 次に熊本に行ったときにはぜひ取材したいと伝えてあったが、新型コロナウイルスの拡大によってしばらくは行けそうもない。というわけで、この連載では初めてのZoomでの取材となった。

 カラともさんは熊本県生まれ。
「最初の本の記憶は、家ではなくて幼稚園の図書室です。ちょっとうす暗い部屋で絵本を読んでいたこと覚えています。お気に入りだったのは『つきのぼうや』という海外の絵本。縦長のサイズで水色の表紙だったと思います」
 小学校の図書室にも通った。
「音楽室の隣にあって、明るくて広かったです。そこにいる女の先生がお姉さんみたいで好きでしたね。3年頃になると、『こちらマガーク探偵団』、江戸川乱歩の少年探偵団ものなどを友だちと競って読みました」
 家の周りには田んぼばかりで、母が買い物に行くときに小さい本屋に行ってコミックやマンガ雑誌などを買っていた。コバルト文庫で氷室冴子や赤川次郎なども読んだ。
図書館は公民館の中にあり、土曜日に学校が終わるとそこに行って、公民館で習い事をしている母が迎えに来るまで本を読んで待っていた。

 中学では、自転車で3、4キロ離れた学校に通う。剣道部に属していた。
「2年生あたりは、周りと調子を合わせるのが苦手で、休み時間にずっと本を読んでいました。その頃、熊本市の本屋にときどき行くようになりました。下通に〈紀伊國屋書店〉、上通に〈金龍堂まるぶん店〉と〈長崎書店〉がありました。気楽に入れたのは金龍堂、紀伊國屋はちょっと背伸びをしていく感じでしたね」
 高校は熊本市の私立女子高校で校則が厳しかった。図書館は蔵書が多く、閉架書庫もあった。先生に種田山頭火の本を読みたいと云うと、図書館で買ってくれた。
 大学に入り、国文学を専攻した。
「この頃はアルバイトや遊びで結構忙しくて、本からはちょっと遠ざかっていました」
 大学卒業後に司書の資格を取り、地元に新しくできた図書館に採用される。カウンターから移動図書館まで、なんでもやった。新しく入った本のなかから、面白そうな本を探して読んでいた。
 11年勤めてから図書館はやめたが、その後も図書館に関わる仕事に就いている。

 そんなカラともさんが古本屋に通うようになったのは、4年ほど前。
「会社の上司が本好きで、家に本が溢れていた(笑)。その影響で熊本市の上通にある〈舒文堂河島書店〉や〈天野屋書店〉、〈タケシマ文庫〉、熊本地震後にオープンした〈汽水社〉などに行くようになりました。本熊本(ぼんくまほん。ブックイベントの団体)の一箱古本市も覗いていました」
 そして、彼女は2017年秋から「カラーブックス」を集めはじめる。
「それ以前に買ったものが70~80冊ぐらい集まっていました。写真がメインで、一度読んで終わりでなく、ときどき手に取って眺めると楽しいし、カバーのインパクトもある。『源氏物語絵巻』『桂離宮』などが好きです。『人形劇入門』を読んで、人形劇の世界の奥深さを知りました。そのときはレーベルとして意識してなかったんですが、手元にあるカラーブックスを並べてみると、『これ、全部集まったらスゴイかも』と思うようになりました。ネットで検索したら、全部で909冊あると知って集める気になったんです」

Excelで番号順のリストをつくって、そのプリントアウトを持ち歩くようになった。
 古本屋も熊本市だけでなく、出張や旅行で行った東京や関西でも古本屋めぐりをする。
「奈良でも観光せずに古本屋ばかり回ってました(笑)。一軒の古本屋で100冊買ったこともあります。カラーブックスがきっかけで、いろんな古本屋さんに行けたのはよかったです。ただ、一日に7、8軒回ると荷物が重くなって、集中力が続かなくなる。カラーブックスは写真が多いので、意外と重いんです。キャリーケースに90冊ぎっしり詰めて、宅急便で家に送ったこともあります」
 カラーブックスは100円均一の棚でも見つかるが、これだけあると、レアで手に入らないタイトルが存在する。当然、古書価も高くなる。
「一番高いのは『すすきののママ101人』ですね。それに次ぐのが『レディーのノート』。おしゃれな写真が入っている人生訓みたいな内容で、著者が何者かよく判らないんです。福岡市の古本屋でこの2冊をいっぺんに見つけたときは嬉しかったです」
 私が持っているなかではレアだと思っていた、キダ・タローの『コーヒーの店 大阪』は「わりと見つかるほうです」と云われて、ちょっとがっくり。

 そして今年5月、ついに全冊が揃った。コンプリート達成である。
「最後の1冊は『東京で食べられるふるさとの味』。ヤフーオークションに180冊セットで出ていた中で見つけて買いました。本当は古本屋の店頭で見つけたかったんですけどね」
 180冊って……。179冊はすでに持っているのに、1冊のために買うとは。
「でも、その中に20冊ほど私が持っていない初版があったので、差し替えができました。本当は全部、初版・初刷で揃えたいんですが、まだ重版が170冊ほどあるんです」
 カラともさんによれば、カラーブックスは100番までは紙のカバーが付いているが、101番以降はなくなるといった変化がある。本の背に星が入っているものと入っていないものがあり、「背がきちんと揃うようにしたい」と云う。
 中身を読んだのは全体の2、3割で、電車、園芸などなじみがないテーマもあるが、判らないながらに見ていると面白く感じることもあるそうだ。
「シリーズの後半になると、エッセイ風で独りよがりな内容のものも増えます(笑)。だから、カラーブックスには拾い読みが似合います」
 では、カラーブックスの魅力はなんだろうか?
「刊行当時は、文庫本サイズ、低価格の手軽な百科事典というところが受けたのだと思います。表現や表記に時代を感じて、忘れていた子どもの頃を思い出すこともあります。いま、あの時代には戻れないから、かえって魅力を感じます」

 カラーブックスをきっかけに、古本屋通いに目覚めたカラともさん。古本屋についての本を読む機会も増えたという。
「店ごとに品揃えも雰囲気も違うので面白いです。いろいろ見ていくうちに、身近に感じられるようになりました。古本屋さんの仕事は苦労も多いと思うけど、憧れますね」
 自分でもいつか、古本屋になりたいという気持ちがあるそうだ。
 いま集めているのは、新書館の「フォア・レディース」シリーズ、昭文社の「ミニミニカラー文庫」、「平凡社カラー新書」など。ハンディでビジュアルなシリーズに魅かれるようだ。
 子どもの頃から集めるのは好きだが、熱しやすく冷めやすかったというカラともさん。コンプリートまで続いた初のコレクションが、カラーブックスだった。
「本という定型のカタチだから、集められたのかもしれませんね」と笑う。
 カラともさんは、次に何をコンプリートするのか。その報告を聞くのを楽しみにしている。

南陀楼綾繁
1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。早稲田大学第一文学部卒業。明治大学大学院修士課程修了。出版、古本、ミニコミ、図書館など、本に関することならなんでも追いかける。2005年から谷中・根津・千駄木で活動している「不忍ブックストリート」の代表。各地で開催される多くのブックイベントにも関わる。
「一箱本送り隊」呼びかけ人として、石巻市で本のコミュニティ・スペース「石巻まちの本棚」の運営にも携わる。本と町と人をつなぐ雑誌『ヒトハコ』(書肆ヒトハコ)編集発行人。著書に
『ナンダロウアヤシゲな日々』(無明舎出版)、『一箱古本市の歩きかた』(光文社新書)、『町を歩いて本のなかへ』(原書房)、『編む人』(ビレッジプレス)、『本好き女子のお悩み相談室』(ちくま文庫)などがある。

ツイッター
https://twitter.com/kawasusu

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