狩野直喜 著、岩波書店、昭和46年6月、663p 図版、22cm
10刷 函付 函ヤケ無し 本体天と小口にうすくシミ 本体三方ヤケ無し 本体背下少変色あり 線引き無し 書き込み無し 保存状態良好です。
中国人は、何を考えて生きているのだろう。中国、中華意識、と言ったら世界は自分を中心に動いていると考えている、精神が病んでいる、とんでもないうぬぼれに満ちた民族と、偏見も持ちたくなるが・・・。この本を読むと、何かやはり偉大な民族だなと言う気がする。中華はもともと、それこそ中国の真ん中、秦の始皇帝が開墾させた中原の肥沃な黄土地帯を指す言葉だった。
清朝末期、世界中の植民地にされた中国、もともとは、秦(シナ)とか、漢(カラ)とか、唐(モロコシ)とかが通称であり、中国と言えば一地方を意味した言葉らしい。古代殷の時代から清朝までの思想史だが、京都大学の受講生たちの講義ノートを持ち寄り、有名な吉川幸次郎先生が教え子代表として、内容をまとめてチェックし、出版したと言う。文体も吉川先生の名文を読むようにすらすらと入ってくる。集団の書いた思想史とは異なる味がある。全体を通して浮かぶ著者と学生たちの個性が逆に見えてくる。ほとんど一身同体である。残念なのは、道教とは何かとか、仏教とは何か、がないこと。儒仏道、この三本柱がないと。中国哲学にはならないのではないか。ほとんど共著なのだから、それぞれのお弟子さんの得意分野を混ぜたらもっと面白い本ができたのではないか。