筒井清忠 著、筑摩書房、2006年10月、418p、15cm
初版 カバー付 カバーヤケ無し 本体三方ヤケ無し 線引き無し 書き込み無し 保存状態良好です。
精緻に戦前期の諸思想の潮流やその変転の経緯を辿り、最終的に陸軍内部での統制派対皇道派として激突するに到った一連の流れを詳述しているのですが、とにかく論証の緻密さと実証性の高さが光ります。
クライマックスの2・26事件の経過を詳述した部分は、本当にスリリング。
私はこれまで決起した青年将校たちは「志が純粋だけど、智恵が足りない血の気の多い連中」といういささか侮った理解をしていて、このクーデターは「失敗するべくして失敗した愚かな試み」だと考えていたのですが、本書で描き出された「かなりの程度まで成功に近づいていた実現可能性の高い試みだった」という仮説は、実に新鮮で意外性に満ちた提示としてかなりの説得力を感じました。
決起当日、各所を襲撃した後に陸軍省の高官たちを前にして事態の収拾(暫定政権の樹立)を要請した青年将校たちの行動を、「襲撃や暗殺などやるだけのことはやったけど、その後に何をするか具体的なプランを持っていなかったがゆえの無策の現れ」とする通説が提示する視点ではなく、必要な手(襲撃と暗殺)を打った上で九分通りまで成功を手にした後の最後の詰めの段階に入った行動として理解する切り取り方は、はじめて目にしました。
巷間言われている「昭和天皇の意志が「断固討伐」というものである以上、青年将校たちに勝ち目はなかった」という理解を、史料を駆使した論述によって、たとえ天皇の意志がどうであろうとそれまでの日本の政治構造である「補弼の体系」が残り、重臣や閣僚や陸軍の首脳らが岡田内閣の倒閣と暫定内閣の成立とを天皇の意志を無視して唱え続けた場合に「天皇は最後までそれに抗しきれたか?」という視点を導入することにより、画期的とも言える「歴史のif」を鮮明に提示しています。
もしも天皇が「暫定内閣成立の承認」を与えていたなら、奉勅命令による「断固討伐」が行われたとしても、最終的には2・26事件の反乱将兵達に厳罰に課して処刑するというところまでは行かず、「反乱部隊の降伏の後、一時的な逮捕・投獄を経て早期に出所」という結末を辿った可能性が高いこと。