日本考古学協会, 茨城県考古学協会 編、学生、2001.10、228p、30cm
はじめに
本書は1995年秋, 茨城県ひたちなか市文化会館で開催された日本考古学協会大会の二つのシ
ンポジウム 「縄文人と貝塚」, 「関東における埴輪の生産と供給」 の記録である。
「縄文人と貝塚」では茨城県 千葉県の貝塚を中心に琵琶湖底の粟津貝塚を含めた貝塚の資
料の精緻な分析にもとづいた縄文人の古環境と生業に関する新しい情報が報告されている。ま
た関東の貝塚から集中的に発見される多人数合葬および多人数集骨の事例から、縄文集落を構
成する人々の人員構成や,その血縁関係に迫る研究が開陳されている。それに加えて, 考古学
界の古くて新しい争点である縄文集落の構造論の現段階に関する意見が述べられ、 青森市三内
丸山遺跡の調査の現状も詳しく報告されている。
おかだいら
日本の先史考古学は東京都大森貝塚 茨城県陸平貝塚に始まる関東の貝塚研究がリードし
てきた経緯がある。 今回のシンポジウムは, 縄文文化の見直しが叫ばれる当今において, 研究
の原点を踏まえて縄文文化に多面的な光を当て、問題の所在を示したものと言える。 本書がこ
の問題に関心を持つ多くの人々の参考になれば幸いである。
シンポジウム開催地のひたちなか市には, 関東の埴輪生産遺跡の研究に大きな画期をもたら
した馬渡遺跡がある。 第2シンポジウム 「関東における埴輪の生産と供給」はこの度の大会に
最もふさわしいテーマであった。 関東の各地で積み上げられた研究成果が持ち寄られた結果,
関東に窖窯焼成の技術が導入された5世紀後半以降, 上野 武蔵 下野 常陸・下総の諸地域
に,それぞれの地方色を持った埴輪が分布する事実が確認された。 そして地域間の影響, 地域
を超えた遠隔地への供給等の関係が緻密な型式学的研究と胎土分析によって跡づけられるよう
詳論がされた。しかしこの課題の解決に
その他・・
カバー