京都造形芸術大学日本庭園研究センター編、京都造形芸術大学日本庭園研究センター、2001.9、87p、・・・
大名庭園とはなにか
基調講演|
はじめに
文化庁 文化財部 記念物課
主任文化財調查官
加藤 允彦
「大名庭園とは何か」という問いに答えるのは容易そうに見えて、実はそれほど容易なことでは
ない。 大名庭園という言葉を聞いて、多くの人はある一定のイメージを持ち、共通の概念でまとま
っているように感じている。しかし実際には,正確な規定によっているわけではなさそうである。
たとえば赤穂城本丸庭園は,多くの人の持っている大名庭園のイメージに合致しているのだろうか。
それは、例えば修復の状況によっているのではなく, 庭園のありようによっているように思われる。
多くの人の大名庭園のイメージは, 小石川後楽園 兼六園 岡山後楽園 栗林公園といった,大規
模で回遊式の庭園が大名庭園のそれではなかろうか。現代市民社会で「大名庭園」 という時、何か
豪華さを含む, 現代的にいえばリッチな雰囲気があり、広々としていていろいろな景が造られ、 変
化があって、それぞれの景にはなにがしかいわれがある, そんなイメージを含む庭園ではないだろ
うか。
それでは, 大名庭園はどうのような変遷を経て成立し, どのようなものがあって, それはどのよ
うな意味が我々にとってあるのか、 などについて少し考えてみよう。
大名庭園成立に至る過程
先ず始めに,日本庭園の発展過程を概観しておこう。
庭園は、一定の敷地空間を土木的に造形する芸術であり,仙界であれ浄土や天国であれ自己の求
める理想世界を現実空間に表現することから始まる。 庭園は,人々に精神的悦楽や慰藉を与えるこ
とができる空間として造形される。太を知り
日本庭園はほぼ7世紀に,百済・新羅の直接的な影響の下に導入されて成立した (飛鳥京苑地)。
それは、中国において庭園が成立した時と同じように、王権の機能を証す空間として,また,そう
した立場を表明する饗宴の空間として成立した。 その時期, そうした空間が必要となり,それだけ
の権力が備わったからと推測される。 それまでは, 水辺の祭祀空間を整え (城之越遺跡), またき
わめて素朴な技術による空間として存在していた (小墾田宮推定地苑地遺構)。
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