能州鹿磯村/市之丞・加州大野村/長兵衛、寛政九己歳八月日
■商品詳細
【書名】 漂流并無人島帰着次第 加賀津幡俳人/矢田我柳舊藏本
【巻冊】 大本一册
【著者】 能州鹿磯村/市之丞・加州大野村/長兵衛
【成立】 寛政九己歳八月日
★ 八丈島御役人/菊池恒七他
★ 能登國鳳至郡鹿磯村市之丞と加州大野村長兵衛らの伊豆鳥島漂流一件については生還者が多く各地にわたり個々の漂流者がそれぞれにその記録を自己の郷里に持ち歸ったことから比較的有名な一件である。
★ 天明7(1787)年11月27日、鹿磯村市之丞が水主として11名が乘り組んだ、大坂北堀江亀次郎の沖船頭儀三郎の船が、江戸川を出帆、奧州荒濱(福島縣亘理町)へ幕府御城米の積請に向かう途中、犬吠埼沖で時化に遭い、漂流したのち鳥島に漂着し、そこで他の漂流者と10年間生活したあと、総勢14人で小型の船を拵え、寛政9(1797)年6月8日、鳥島を出帆、7月8日、青ヶ島に辿り着いて保護され、八丈島の八重根濱に着船するまでを記録した寫本である。
★ 前述した他の漂流者の一人は土佐の船乘り野村長平である。長平は天明5年から漂着していて漂着時には長平の他に4名の乘組員がいたが、漂着後2年以内に相次いで死亡し、以後長平は無人島で單獨の生活を強いられた。
★ 八丈島では地役人の菊池家の盡力によって江戸に送られ夫々の故郷へ歸還した。長平は寛政10年1月19日、13年振りに土佐に歸還を果たしたが、その時、長平の十三回忌が營まれていた最中だったと云う。
★ 土佐への歸還の際、年齢は37歳であったが、土佐藩から野村姓を名乘ることを許された。その後、野村長平は各地で漂流の體驗談を語って金品を得るなどし、また妻子にも恵まれ、60年の生涯を全うした。
★ 歸還後につけられた「無人島」という彼のあだ名は、墓石にも刻まれたらしい。長平の墓石が高知縣香南市香我美町岸本に現存し、香南市の史跡に指定されている。
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