¥30,000
武野藤介書簡(細田源吉宛)7通(うち1点封筒欠)+葉書3枚。1)7日夜記書簡(封筒欠)-便箋2枚。内容からして大正11年ごろか。細田の『罪に立つ』を買って感想批評を書いたのでどこかに紹介してほしい。出版祝賀会への案内状に対し恐縮している。2)昭和9年10月8日消印(同記)封書-400字詰原稿用紙1枚。細田の本に対する感想か。追伸として「福日」の原稿輻輳で見合わせのこと、「中外」学芸部に自分の雑文を紹介してくれなど。3)昭和9年10月26日記封書-手渡し文。400字詰原稿用紙1枚。細田が取り次いでくれた「中外」の原稿のこと、「福日」の原稿、新年附録の原稿を細田にも書くようすすめている。欄外に「過日の発禁、あなたが大いに□つてゐること、ゴシツプにしてをきましたので、この際、恩(?)田氏も大いに同情してゐることゝ思ひます故。」とある。4)昭和9年11月6日記封書-手渡し文。400字詰原稿用紙1枚。「福日」の原稿のお礼。細田に渡した「中外」の原稿はどうなっているか問い合わせ。5)昭和9年12月25日消印(昭和9年12月23日記)封書-400字詰原稿用紙2枚。細田『女性の敵』のことを「時事」でも取り上げた。「中外」の原稿は掲載されたが、「中外」の何とかへ手紙を出したが返事が来なかったことに怒っている。身内の不幸や離婚のことなど。6)昭和9年12月24日記封書-手渡し文。ホルモン薬と高村医師の紹介。高村鎌吉の名刺同封。7)昭和10年11月26日消印(×2速達。11月25日記)葉書-ペン書き9行+2行。健文社から出している。細田源吉『転向作家の手記』出版に関する報告か。8)昭和12年12月20日(12月19日記)葉書-ペン書き7行。手紙への返事。25、6日ころ福岡に行くといったが出られそうにない。9)昭和15年12月13日消印(同記)封書-便箋3枚。細田の著書のレビューを「福日」に書きたいから部長・鬼頭鎮雄宛に本を送ってくれとのこと。10)昭和29年12月24日(同記)葉書-ペン書き7行。雑誌贈本へのお礼と「女の窓」の感想、雑誌の記号について文句をつけている。