ヘレン・マクロイ 著 ; 渕上瘦平 訳、筑摩書房、2016年4月、294p、15cm
初版 カバー 帯付 カバーヤケ無し 帯ヤケ無し 本体散歩委ヤケ無し 線引き無し 書き込み無し 保存状態良好です。
原題 Alias Basil Willing 原著1951年刊行
ウィリング博士の名を騙る男が博士の面前で怪死するという謎めいた発端から快調に物語に引き込まれる。初期の端整でオーソドックスながら創意に満ちたフーダニットに比べれば、スリラー的傾向の強い作品だが、何気無い会話の端々に秘められた伏線が明らかになる終盤の謎解きは本格ミステリを読む快楽そのものだ。とりわけ「鳴く鳥がいなかった」というダイニングメッセージをめぐる謎の解明は秀逸。
ある精神科医のクライアントである階級や身分も様々で多彩な登場人物たちを僅かな紙数で描き分ける筆力も見事で、作者ならではの冷徹さと温もりが合わさった人間観察に基づく、マクロイの著作を愉しむ大きな魅力の一つである。
事件の真相は意外かつ唖然とするものだが、傑作『逃げる幻』などにも見られる、この時期のマクロイ作品に顕著な、第二次世界大戦が残した人心の荒廃や社会不安の影響が色濃く感じられる。本書の主題は現代人が抱える孤独や絶望にも通じ、今も小説としての豊かさを失わない、そのアクチュアリティには驚かされる。