¥20,000
池上鎌三書簡8通+葉書3枚(池上隆祐宛)計11点。池上鎌三は哲学者。池上隆祐の実兄。1)切手剥がしにより消印欠(1月21日夜記)封書-花山信勝への講演依頼の件。花山の名刺同封(東京帝国大学とあるので昭和22年までの間のことと思われる)。2)昭和21年1月9日消印(同記)封書-便箋2枚。隆祐の選挙立候補に関して、推薦者、後援会などの相談。3)消印部分欠(2月25日記。内容から昭和21年か。速達)封書-便箋3枚。今井教授原稿再送の件、講演会の相談。4)昭和●(21?)年3月6日消印(年部分判読不可。切手は10銭分(昭和21年と推定))(3月4日記)封書-便箋2枚。講演依頼に関して話の食い違いをただすもの。すでに依頼して話が進んでいるのに、隆祐が選挙後に延期といいはじめたものと思われる。鎌三への有賀喜左衛門からの手紙で話の違いに驚いたということらしい。有賀の手紙、また打合せ段階でかかわった小林光雄の手紙も同封。5)昭和22年2月17日消印(速達。2月20日の消印もあり。2月16日夜記)葉書-ペン書き9行。今井先生講演に関してのすり合わせ。6)昭和23年6月7日消印(6月6日夜記)封書-便箋1枚。一度上京しないかという内容。7)昭和23年9月23日消印(同記)封書-200字詰原稿用紙2枚(マス目無視)。隆祐の教育委員選挙のことと松本に行く話。8)昭和●年10月23日消印(消印判読困難。料金2円のため昭和23~25年と推測。10月23日記)葉書-ペン書き7行。駒沢の叡子さん死去。それと別に一度上京を待つ。9)昭和26年9月25日消印(9月24日記)封書-便箋2枚。上条憲太郎が信州へ教育者として帰ることを希望しており、そのための奔走を期待しているとのこと。10)昭和27年2月19日消印(同記)葉書-ペン書き11行。「清子」「広君」「舜二君」などの件、木崎夏期大学の件。11)昭和28年3月19日消印(同記)封書-便箋2枚。並木康彦の人物査定依頼への返信。