伊勢古地図研究会 編、1984.3、地図 1鋪 : 色刷解説書1冊 (40p)、、54×85cm (・・・
はじめに
伊勢市は古くから神宮の門前町として、宇治と山田がそれぞれ独
自の発達を遂げ、中世末期には特異な自治体をもつまでに発達しま
した。 近世をへて、明治22年市町村制の実施により、両者が合併し
て宇治山田町となりました。同39年市制をしきましたが、昭和30年
伊勢市と市名を改称しました。
このたび伊勢文化会議所の発意にもとづき、神宮司庁のご協力を
得て 「山田惣絵図」 を複製刊行することになりました。 宇治の部は他
日を期しています。
山田の古地図は、寛永20年 (1643) (写) と寛永年中とする2種があ
ります。 恐らく伊勢市最古のものと思われます。いずれも神宮文庫
架蔵にかかります。
同文庫蔵の山田の絵図は時代記名のないものが多く、在銘のもの
も含めて近世末期のものがほとんどであると思われます。
山田の町の様相は、寛文10年(1670)の大火で町の過半を焼失し、
これを期に大きく変貌を遂げます。
本図は別記考証のように、寛文の大火以前のものと考えられます。
種々検討の結果あえて本図を収録させてもらいましたが、こうした
点からも本図はきわめて貴重であります。
古地図は大別して手書きと版図があります。本図は手書きであり
ます。 版図では 「伊勢神宮図」 が万治 (1658~60) 版以後の書籍目録
に記載されていますが、 実物は現存しないようであります。 岩瀬文
庫蔵の 「伊勢二社三宮図」 が明暦 (1655~57) 年中のものとされ、現
存最古の版図といわれていますが、他は近世中期以降のものがほと
んどであります。
なお本図は外宮 (豊受大神宮) を上にしています。 つまり南が上
にきていて少しとまどいますが、手書きの地図は南を上にすえた図
が外国にも多いようです。 また市販の江戸図は西が上になっていた
しています。 要は使用上の便宜に声をおいて描かれたものと考
こられます。
本図の場合神宮を上にもってきた方がよいとの考え方も入ってい
るものと思われます。
古地図は何かしら間のびしていて見ていて楽しいのは、 回想の余
地が残されているからかも知れません。 しかも何か必ず学問的な発
見もあり得ます。
その他
袋付き 地図良好 解説書薄ヤケ。