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和本江戸嘉永6年(1853)跋海防論写本「海防備論」全1冊/藤森弘庵

北さん堂
 東京都大田区大森本町
19,800
藤森弘庵、嘉永6年(1853)、57丁、大本程度、全1冊
和本江戸嘉永6年(1853)跋海防論写本「海防備論」全1冊/藤森弘庵/安政の大獄/古書古文書/手書きです。

57丁。大本程度。手書き。シミ、シワ、少破れ、少虫食いあり。状態は並。

藤森弘庵(1799‐1862(寛政11‐文久2)幕末期の儒学者。名は大雅,恭助と称し,晩年は天山と号する。江戸の人。長野豊山に学ぶ。一柳氏に仕えたが致仕。のち土浦藩主の賓師となり学政・郡務に功績をあげたが辞して江戸に帰る。ペリー来航後《海防備論》を著し,《芻言》を徳川斉昭に献じた。時政を誹謗したとして安政の大獄に連座し,5年後許されたがほどなく病死した。)
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19,800
藤森弘庵 、嘉永6年(1853) 、57丁 、大本程度 、全1冊
和本江戸嘉永6年(1853)跋海防論写本「海防備論」全1冊/藤森弘庵/安政の大獄/古書古文書/手書きです。 57丁。大本程度。手書き。シミ、シワ、少破れ、少虫食いあり。状態は並。 藤森弘庵(1799‐1862(寛政11‐文久2)幕末期の儒学者。名は大雅,恭助と称し,晩年は天山と号する。江戸の人。長野豊山に学ぶ。一柳氏に仕えたが致仕。のち土浦藩主の賓師となり学政・郡務に功績をあげたが辞して江戸に帰る。ペリー来航後《海防備論》を著し,《芻言》を徳川斉昭に献じた。時政を誹謗したとして安政の大獄に連座し,5年後許されたがほどなく病死した。)

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