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加藤一夫、大14、函初

加藤一夫、大14、初

序
新聞紙がかつて太平洋岸の或る漁村に起った一つの重大なる問題を報じたことがあった。表面上それは、
單に一人の富豪と貧しき村民の間に、絡まり縺れたいがみ合ひとしか見られなかったが、よく研究して見
ろさ、そこには現代の社會に起るべき、凡ゆる要素を含んだ一つの類型的な社會的疾患が在るのであった。
私はそこで、その問題にヒントを得て、一つの長編小説を創作しようと云ふ衝動に支配された。そのため
に私は、その村の研究を初めた。村民が今までどんな生活をして居たが、今はどんな状態に居るか、そして
當の問題がどんな性質のものであるか、相對立する雙方がどんな戦さつて闘って居るか、さう云った事
がその重なるものであった。そしてその結果出来上ったのはこの小説である。
この小説は他の私の小説は幾分類を異にして居る。此の作に於いて私は、出来るだけ主観をさけて客観
的な立場を取った。また、個人を描くよりも社会そのものを描いた。そしてこれは、日本では勿論、外國に
於いても未だり多く試みられなかったものであると私は信じて居る。
著者
初版、函（少ヤケ）