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桂川家史料研究ノート

名雲書店
 群馬県高崎市八千代町
55,000
■商品詳細

【書名】 桂川家史料研究ノート
【巻冊】 四六判三册
【著者】 善美兄上雜記
【成立】 昭和前期頃

★ 「桂川國華研究」
★ 「菅沼貞風/平戸貿易志」
★ 菅沼貞風=慶応元年3月10日(1865年4月5日) - 1889年(明治22年)7月6日)は、日本の経済史家・著述家・南進論者。弟に海軍少将で西海中学(現・西海学園高等学校)創立者の菅沼周次郎がいる。専修学校(現在の専修大学)の学風に大きく魅了され、法律学と経済学を修し卒業。
★ 同郷の石橋禹三郎・稲垣満次郎とともに「平戸派南進論者」と称される。

★ 肥前国松浦郡平戸(現長崎県平戸市)に、平戸藩藩士・菅沼量平の長男として生まれる(名はしばしば「ていふう」と読まれるが正しくは「ただかぜ」)。父量平は藩主に詩歌について進講するなど文武に優れ、貞風はその父について学問を始めた。1877年(明治10年)になり旧藩主松浦詮が平戸に招いた儒学者玉置環一郎に学び、ついで元平戸藩権大参事で儒学者の楠本端山門下でその教えを受ける。1880年に猶興書院(現長崎県立猶興館高等学校の源流)が開かれるとそこに入学。翌年から北松浦郡役所で働きつつ引き続き猶興書院で勉強した。
★ 貧しい士族の子であった菅沼は,昼は郡役所に勤め,夜は旧藩主松浦伯が明治13年に開設した、猶興書院で学び史料蒐集の任にあたっていた。明治17年1月(1884)には猶興書院の奨学生となり、東京の松浦家の書生宿泊所に滞在することとなった。当時、東京の松浦家の、書生宿泊所に寄宿する平戸出身の学生に、浦敬一、稲垣満次郎らがいた。浦は、松浦藩侯の諸公子の御学友として上京したが,明治10年(1877)に一時平戸に戻り、明治14年(1881)再び上京して、松浦家より学資の支給を受けながら専修学校で政治法律を学び、16年(1883)には卒業していた。卒業後も引き続き同校の科外講義を聴き、松浦家邸内の書生宿泊所で後輩の指導にあたった。菅沼は浦敬一達との親交の中で、専修学校の学風に大きく魅了され、専修学校の法律学と経済科を学び、学を修し卒業した。
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■商品詳細 【書名】 桂川家史料研究ノート 【巻冊】 四六判三册 【著者】 善美兄上雜記 【成立】 昭和前期頃 ★ 「桂川國華研究」 ★ 「菅沼貞風/平戸貿易志」 ★ 菅沼貞風=慶応元年3月10日(1865年4月5日) - 1889年(明治22年)7月6日)は、日本の経済史家・著述家・南進論者。弟に海軍少将で西海中学(現・西海学園高等学校)創立者の菅沼周次郎がいる。専修学校(現在の専修大学)の学風に大きく魅了され、法律学と経済学を修し卒業。 ★ 同郷の石橋禹三郎・稲垣満次郎とともに「平戸派南進論者」と称される。 ★ 肥前国松浦郡平戸(現長崎県平戸市)に、平戸藩藩士・菅沼量平の長男として生まれる(名はしばしば「ていふう」と読まれるが正しくは「ただかぜ」)。父量平は藩主に詩歌について進講するなど文武に優れ、貞風はその父について学問を始めた。1877年(明治10年)になり旧藩主松浦詮が平戸に招いた儒学者玉置環一郎に学び、ついで元平戸藩権大参事で儒学者の楠本端山門下でその教えを受ける。1880年に猶興書院(現長崎県立猶興館高等学校の源流)が開かれるとそこに入学。翌年から北松浦郡役所で働きつつ引き続き猶興書院で勉強した。 ★ 貧しい士族の子であった菅沼は,昼は郡役所に勤め,夜は旧藩主松浦伯が明治13年に開設した、猶興書院で学び史料蒐集の任にあたっていた。明治17年1月(1884)には猶興書院の奨学生となり、東京の松浦家の書生宿泊所に滞在することとなった。当時、東京の松浦家の、書生宿泊所に寄宿する平戸出身の学生に、浦敬一、稲垣満次郎らがいた。浦は、松浦藩侯の諸公子の御学友として上京したが,明治10年(1877)に一時平戸に戻り、明治14年(1881)再び上京して、松浦家より学資の支給を受けながら専修学校で政治法律を学び、16年(1883)には卒業していた。卒業後も引き続き同校の科外講義を聴き、松浦家邸内の書生宿泊所で後輩の指導にあたった。菅沼は浦敬一達との親交の中で、専修学校の学風に大きく魅了され、専修学校の法律学と経済科を学び、学を修し卒業した。

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