増田網編、研究社、1976、2110p、26.5cm
まえがき
この辞典
研究社「新和英大辞典」 第4版は1954年発行の第3版に大改訂を加えたものであります。
京東の前身である「武信和英大辞典」 が初めて世に出たのは1918年、研究社はまだ創業日も浅いころで、微
微たる小出版社の力に余る大事業であると,学会からも業界からも大いに懸念されたものであります。
もし主幹武信由太郎先生や、この仕事を研究社に引き受けさせる斡旋役をつとめられた岡倉由三郎先生
の激励と,蔭ながら援助を惜しまれなかった喜安礁太郎先生のご厚意とがなかったならば、恐らく成功
は覚束なかったことと思われます。幸いに5年の歳月を費して画期的な和英辞典を完成することができ,
研究社はこれによって辞典界に確固たる第一歩を踏み出したのであります。
この「武信和英」 初版の全面的改訂によって1931年に誕生したのが、
こよって1931年に誕生したのが,研究社「新和英大辞典」であ
ります。 内容の量において旧版に倍するばかりでなく,当時東京のイギリス大使館参事官で日本語およ
び日本文化の権威であった George B. Sansom 氏の協力を得て,面目を一新するものとなりました。た
だ残念でならなかったのは、 主幹武信生が完成を目前にして逝去されたことであります。
その後、日中戦争を経て、やがて太平洋戦争の勃発をみるに至り、この辞典の改訂に着手することも
かなわぬまま、約20年を経過しました。第二次世界大戦後の大変貌に対処する必要からも、これは真に
本意ない次第でありました。やむなく1949年に新語の補遺を添えた増補版を刊行するとともに,他方,
直ちに勝俣銓吉郎先生を主幹に戴いて全面的改版に着手いたしました。爾来5年,その間には編集主任
鈴木芳松先生のご逝去という不幸もありましたが, 関係諸先生の特別のご努力により, 1954年「新和英
大辞典」第3版を出版することができました。本日の開国の学会員
しかし次の改訂作業開始までには若干の日時をおかざるを得ませんでした. それは研究社が,前の年
に刊行した「新英和大辞典」 第3版の改訂に全力を傾けていたためであります。 しかし, 1960年, 「新
英和大辞典」 第4版の刊行によって宿願の一半を達成した社長小酒井五一郎は…その他
カバー 函(薄ヤケ)