文字サイズ

  • 小
  • 中
  • 大

古書を探す

「歴史の里 いしおか」の検索結果
4件

ふるさと歴史探訪石岡市の遺跡 : 歴史の里の発掘100年史

阿武隈書房
 福島県いわき市平
1,600
石岡市文化財関係資料編纂会編、茨城県石岡市教育委員会、平成7年、223p、26cm、1
表紙少ヤケ・スレ・キズ。本文良好。
かごに入れる
気になる本に追加
クレジットカード使用可 銀行振込可 代引き不可 公費可 海外発送不可 適格請求

ふるさと歴史探訪石岡市の遺跡 : 歴史の里の発掘100年史

1,600
石岡市文化財関係資料編纂会編 、茨城県石岡市教育委員会 、平成7年 、223p 、26cm 、1
表紙少ヤケ・スレ・キズ。本文良好。

石岡市の遺跡 歴史の里の発掘100年史

とらや書店
 茨城県水戸市三の丸
1,100
石岡市文化財関係資料編纂会編、石岡市教育委員会、平 7、1冊
223頁 状態良
「日本の古本屋」掲載品は水戸市三の丸の店舗にはございません。 倉庫で保管しております。 ご来店の際は必ず前もってご連絡賜りますようお願い申し上げます。 公費でのご購入は¥2,000以上で承ります。 「日本の古本屋」基準の送料を記載していますが、実際の送料は各冊違います。実費を頂戴いたします。ゆうパケット(¥250~¥360)、レターパック(\430・¥600)、宅急便から安価なものでお送りいたします。
かごに入れる
気になる本に追加
クレジットカード使用可 銀行振込可 代引き不可 公費可 海外発送不可 適格請求
1,100
石岡市文化財関係資料編纂会編 、石岡市教育委員会 、平 7 、1冊
223頁 状態良

石岡市の遺跡-歴史の里の発掘100年史

氷川書房
 東京都葛飾区青戸
2,200 (送料:¥220~)
石岡市文化財関係資料編纂会、石岡市教育委員会、平7
B5版223頁 状態:美 図版モノクロ
【水曜日・土曜日定休】 国税庁適格請求書発行事業者番号 T2810722326225
単品スピード注文
かごに入れる
気になる本に追加
クレジットカード使用可 銀行振込可 代引き可 公費可 海外発送可 適格請求
2,200 (送料:¥220~)
石岡市文化財関係資料編纂会 、石岡市教育委員会 、平7
B5版223頁 状態:美 図版モノクロ
  • 単品スピード注文

歴史の里 いしおか

ハナ書房
 大阪府大阪市北区天神橋
1,500
茨城県石岡市教育委員会、[1985.3]、26cm
石岡のあけぼの
日本の先土器時代は、数万年以上も前の氷河時代に始まった。この頃の日本列島は、大陸と陸続き
で、日本海は巨大な湖のようになっていた。先土器時代人は、南や北から移動してきた動物たちを追
って日本へきた狩人たちであり、それは、十万年以上も前と推定されている。
洪積世、すなわち氷河時代における人類の文化は、先土器文化と呼ばれ、この文化を知る手がかり
は石器である。もちろん木や骨、その他の材料でも道具を作ったにちがいないが、今日まで残されて
いるのは石器が唯一である。こうした石器が、市内においても数箇所で確認されている。龍神山麓や、
三村の台地から約二万年前頃の石器が発見されており、この頃から石岡に人々の生活の痕跡を見つけ
出すことができる。
日本において土器が作られたのは、一万三千年前頃といわれている。 それまでより気候が温暖にな
るにつれて、山々や平野には多くの植物が繁茂するようになり、生活環境も少しずつ変化してきた。
それまで獣の肉などが主な食料であったが、植物が多くなるにつれて果実や地下茎植物を食べるよう
になった。それに伴い食料を入れる容器、また、煮沸するものとして土器が使用されるようになった。
石岡市内には、約七〇箇所の縄文遺跡が確認されているが、そのほとんどが、縄文中期及び後期の
遺跡である。市内に残る数箇所の貝塚から多数の貝や遺物が発見できるが、鹹水性の貝類が多く見ら
れ、霞ヶ浦に海水が入り込んでいたことがわかる。発掘調査された東大橋原遺跡・大作台遺跡・外山
遺跡などからは、多数の出土品があり、縄文文化の一端を知ることができる。
ひがしおおはしはら
長い採集生活を経て、徐々に発展を続けてきた縄文時代に、紀元前三世紀頃から大陸文化の影響が
おとずれ始め、水田耕作による生産の方法とそれに伴う金属器をもつ文化が誕生した。 これが弥生時
代である。この時代は、農耕生活の開始によって、水田に固着した定住生活が出現し、貯蔵生活が始
まり、貧富の差が生じ、さらに階級の発生により、我が国の原始国家成立の基盤が出来あがる時期で
あった。しかし、弥生文化が東日本に波及してきたのは、北九州より一世紀ほど遅れたといわれてい
る。
その他 薄ヤケ
かごに入れる
気になる本に追加
クレジットカード使用可 銀行振込可 代引き不可 公費可 海外発送可
1,500
、茨城県石岡市教育委員会 、[1985.3] 、26cm
石岡のあけぼの 日本の先土器時代は、数万年以上も前の氷河時代に始まった。この頃の日本列島は、大陸と陸続き で、日本海は巨大な湖のようになっていた。先土器時代人は、南や北から移動してきた動物たちを追 って日本へきた狩人たちであり、それは、十万年以上も前と推定されている。 洪積世、すなわち氷河時代における人類の文化は、先土器文化と呼ばれ、この文化を知る手がかり は石器である。もちろん木や骨、その他の材料でも道具を作ったにちがいないが、今日まで残されて いるのは石器が唯一である。こうした石器が、市内においても数箇所で確認されている。龍神山麓や、 三村の台地から約二万年前頃の石器が発見されており、この頃から石岡に人々の生活の痕跡を見つけ 出すことができる。 日本において土器が作られたのは、一万三千年前頃といわれている。 それまでより気候が温暖にな るにつれて、山々や平野には多くの植物が繁茂するようになり、生活環境も少しずつ変化してきた。 それまで獣の肉などが主な食料であったが、植物が多くなるにつれて果実や地下茎植物を食べるよう になった。それに伴い食料を入れる容器、また、煮沸するものとして土器が使用されるようになった。 石岡市内には、約七〇箇所の縄文遺跡が確認されているが、そのほとんどが、縄文中期及び後期の 遺跡である。市内に残る数箇所の貝塚から多数の貝や遺物が発見できるが、鹹水性の貝類が多く見ら れ、霞ヶ浦に海水が入り込んでいたことがわかる。発掘調査された東大橋原遺跡・大作台遺跡・外山 遺跡などからは、多数の出土品があり、縄文文化の一端を知ることができる。 ひがしおおはしはら 長い採集生活を経て、徐々に発展を続けてきた縄文時代に、紀元前三世紀頃から大陸文化の影響が おとずれ始め、水田耕作による生産の方法とそれに伴う金属器をもつ文化が誕生した。 これが弥生時 代である。この時代は、農耕生活の開始によって、水田に固着した定住生活が出現し、貯蔵生活が始 まり、貧富の差が生じ、さらに階級の発生により、我が国の原始国家成立の基盤が出来あがる時期で あった。しかし、弥生文化が東日本に波及してきたのは、北九州より一世紀ほど遅れたといわれてい る。 その他 薄ヤケ

お探しの古書は見つかりましたか?

在庫検索から見つからなかった場合は、書誌(カタログ)からも検索できます。
お探しの古書が登録されていれば、在庫が無い本や条件に合わない本についても、こちらからリクエストを行うことができます。
書誌(カタログ)から探す

人間宣言80年 - 新日本建設、変革の時代を中心に

昭和
昭和
¥1,980
昭和天皇
昭和天皇
¥1,830
近衛文麿
近衛文麿
¥2,480

コミケ開催50年 - ポップカルチャーを愉しむ