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「葛野辰次郎 ペン書」の検索結果
4件

【アイヌ語訳】  森進一 「港町ブルース」  (葛野辰次郎自筆草稿)  1枚完結       ●山崎朋子(1932~2018)旧蔵品

月の輪書林
 東京都大田区東矢口
50,000
葛野辰次郎 ペン書、昭和44年、便箋1枚
●無署名。
*****************************************
●背伸びして      みる      海峡を
  ヤイリレキワ   タカル      イヲルソ

●上記のように日本語とアイヌ語(カタカナ)を並べて
表記している。

●ペン書17行(歌詞6番まで)。

●葛野辰次郎は、長い間病床にあったというから、ラジオから流れる歌謡曲に「遊び」で、民族語訳をこころみたのだろうか?
  
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【アイヌ語訳】  森進一 「港町ブルース」  (葛野辰次郎自筆草稿)  1枚完結       ●山崎朋子(1932~2018)旧蔵品

50,000
葛野辰次郎 ペン書 、昭和44年 、便箋1枚
●無署名。 ***************************************** ●背伸びして      みる      海峡を   ヤイリレキワ   タカル      イヲルソ ●上記のように日本語とアイヌ語(カタカナ)を並べて 表記している。 ●ペン書17行(歌詞6番まで)。 ●葛野辰次郎は、長い間病床にあったというから、ラジオから流れる歌謡曲に「遊び」で、民族語訳をこころみたのだろうか?   

【アイヌ語訳】 黛ジュン 「不思議な太陽」  (葛野辰次郎自筆草稿)   便箋1枚完結        ●山崎朋子(1932~2018)旧蔵品

月の輪書林
 東京都大田区東矢口
50,000
葛野辰次郎 ペン書、昭和44年8月20日、便箋1枚
●無署名。
****************************************
●淋しかったから     くちづけしたの
  ミミム アンァクス    ゾウッヌ キアン

●上記のように日本語とアイヌ語(片仮名)を並べて表記している。

●歌詞は、2番まで書かれている。

●ペン書18行。
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【アイヌ語訳】 黛ジュン 「不思議な太陽」  (葛野辰次郎自筆草稿)   便箋1枚完結        ●山崎朋子(1932~2018)旧蔵品

50,000
葛野辰次郎 ペン書 、昭和44年8月20日 、便箋1枚
●無署名。 **************************************** ●淋しかったから     くちづけしたの   ミミム アンァクス    ゾウッヌ キアン ●上記のように日本語とアイヌ語(片仮名)を並べて表記している。 ●歌詞は、2番まで書かれている。 ●ペン書18行。

葛野辰次郎 自筆草稿 「生長語り」 便箋6枚完結       ●山崎朋子(1932~2018)旧蔵品

月の輪書林
 東京都大田区東矢口
60,000
葛野辰次郎 ペン書、昭和44年
●無署名。
●『アジア女性交流史研究』18号(1977年2月発行)掲載全文である。
********************************************
●「八歳の年より他人の御はんたべながら生長致し情無き者でした。学校にも行けず泣きました。アエイヌの子供は尋常四年がぎ務教育との事でした」。

●「大東亜戦争の時に九州より来道致し兵隊が北海道にアエイヌ居るそうですから一組(ひとつがい)買求めて国の土産に致したいとの事も聞々ました」。

●静岡の教育者「北海道に来道致しますならアイヌ人が居るとの事ですが、どの御方を見ましても見わけ付かぬ」
  辰次郎「実は私がアエイヌです、家の中に入る時に戸口にけずり花の様な物が有ります家がアエイヌの家です」
  静岡の教育者「そうですか、其の様な物何ですか」
  辰次郎「古きよりの伝わりにて出入口に神様は居らぬがあの御花を見る事により、我が身体我が真心に神造りまして、其の日其の日神と共に働き暮しますとの意を現したもので有ます。我が身体の毎日の様に神造りしものがアエイヌ人々言い残し有ます」
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葛野辰次郎 自筆草稿 「生長語り」 便箋6枚完結       ●山崎朋子(1932~2018)旧蔵品

60,000
葛野辰次郎 ペン書 、昭和44年
●無署名。 ●『アジア女性交流史研究』18号(1977年2月発行)掲載全文である。 ******************************************** ●「八歳の年より他人の御はんたべながら生長致し情無き者でした。学校にも行けず泣きました。アエイヌの子供は尋常四年がぎ務教育との事でした」。 ●「大東亜戦争の時に九州より来道致し兵隊が北海道にアエイヌ居るそうですから一組(ひとつがい)買求めて国の土産に致したいとの事も聞々ました」。 ●静岡の教育者「北海道に来道致しますならアイヌ人が居るとの事ですが、どの御方を見ましても見わけ付かぬ」   辰次郎「実は私がアエイヌです、家の中に入る時に戸口にけずり花の様な物が有ります家がアエイヌの家です」   静岡の教育者「そうですか、其の様な物何ですか」   辰次郎「古きよりの伝わりにて出入口に神様は居らぬがあの御花を見る事により、我が身体我が真心に神造りまして、其の日其の日神と共に働き暮しますとの意を現したもので有ます。我が身体の毎日の様に神造りしものがアエイヌ人々言い残し有ます」

岡本頼子 自筆草稿 「葛野辰次郎さんのこと」 400字詰原稿用紙×4枚完結(鉛筆)       ●山崎朋子(1932~2018)旧蔵品

月の輪書林
 東京都大田区東矢口
15,000
岡本頼子、1977年
●題名の「葛野辰次郎さんのこと」&筆者名「岡本頼子」は、山崎朋子の自筆ペン書です。
●『アジア女性交流史研究』18号(1977年2月発行)掲載文。
●「葛野辰次郎さんのことを知っているようで、いざ紹介するとなると、まったくわからないことの方が多い」。
●「わたしの知ってるおじさんは、わたしの叔母さんと結婚されて、現在は一男、五女がおられて、十一人のお孫さんがおられること」。
●「叔母は養女でまったくの和人。わたしの亡父義妹になる人。愛くるしくよく働き年齢を感じさせない方です」。
●「おじは、働き盛りの五十代に胸の病魔におかされて入院生活を余儀なくされたこと」。
●「三、四年前に退院なされて、現在自宅療養中」。
●「自分のおばあさんから聞いた物語りを、流暢なアイヌ語で、語りかけられるとついうれしくなって何度もおねだりしてお話しをしていただきます」。
●「和語をアイヌ語にする作業を、こともなげにやってのけたおじは、その記録ノートはほとんど入院中のベッドの上でなさったという」。
●「自宅にいらっしゃるおじは、言葉をさがすようにゆったり口調、アイヌ語で話すと流れるように、さらさらと、水をえた魚のように」。
●「和語は、くたびれると言う」。
●「葛野辰次郎、明治四十三年生れ。67歳」。
*************************************
●岡本頼子は、アイヌ協会の創立メンバーの一人、佐々木飛吉(1869~1953)の孫娘。
●佐々木飛吉(アイヌ名「オペリクン」)は、アイヌ語に優れた静内地方でも著名な首長であったという。
●山崎朋子が岡本頼子のことを紹介した一文がある。
●題して「岡本さんのこと」。
●『アジア女性交流史研究』12号(1972年11月発行)掲載。以下に引用す。
●「岡本頼子さんは、ご自分が北海道・日高の静内地方出身のアイヌの酋長の娘であること、同族の男性と結婚され二女を挙げたが、二年前に出身の地を離れて横浜市に御家族四人で移住された」。
●「その新住所で、小学校に通学する二女を通して、アイヌに対する蔑視が根強くあることを体験し、それを契機にはじめて差別を無くす運動に取り組む決意を持たれた」。
※振込のお客様へ。   お振込後にその旨お知らせください。 ※郵便振替口座へのお振込確認は少々お時間をいただいております。   確認でき次第、すみやかに発送いたします。 ※いちばんお安く、かつきちんとお送りできる方法をとります。  ※ご注文はお電話・ファックス・おハガキでも承っております。 ※発送完了時に追跡番号がついたものは番号をお知らせします。
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岡本頼子 自筆草稿 「葛野辰次郎さんのこと」 400字詰原稿用紙×4枚完結(鉛筆)       ●山崎朋子(1932~2018)旧蔵品

15,000
岡本頼子  、1977年
●題名の「葛野辰次郎さんのこと」&筆者名「岡本頼子」は、山崎朋子の自筆ペン書です。 ●『アジア女性交流史研究』18号(1977年2月発行)掲載文。 ●「葛野辰次郎さんのことを知っているようで、いざ紹介するとなると、まったくわからないことの方が多い」。 ●「わたしの知ってるおじさんは、わたしの叔母さんと結婚されて、現在は一男、五女がおられて、十一人のお孫さんがおられること」。 ●「叔母は養女でまったくの和人。わたしの亡父義妹になる人。愛くるしくよく働き年齢を感じさせない方です」。 ●「おじは、働き盛りの五十代に胸の病魔におかされて入院生活を余儀なくされたこと」。 ●「三、四年前に退院なされて、現在自宅療養中」。 ●「自分のおばあさんから聞いた物語りを、流暢なアイヌ語で、語りかけられるとついうれしくなって何度もおねだりしてお話しをしていただきます」。 ●「和語をアイヌ語にする作業を、こともなげにやってのけたおじは、その記録ノートはほとんど入院中のベッドの上でなさったという」。 ●「自宅にいらっしゃるおじは、言葉をさがすようにゆったり口調、アイヌ語で話すと流れるように、さらさらと、水をえた魚のように」。 ●「和語は、くたびれると言う」。 ●「葛野辰次郎、明治四十三年生れ。67歳」。 ************************************* ●岡本頼子は、アイヌ協会の創立メンバーの一人、佐々木飛吉(1869~1953)の孫娘。 ●佐々木飛吉(アイヌ名「オペリクン」)は、アイヌ語に優れた静内地方でも著名な首長であったという。 ●山崎朋子が岡本頼子のことを紹介した一文がある。 ●題して「岡本さんのこと」。 ●『アジア女性交流史研究』12号(1972年11月発行)掲載。以下に引用す。 ●「岡本頼子さんは、ご自分が北海道・日高の静内地方出身のアイヌの酋長の娘であること、同族の男性と結婚され二女を挙げたが、二年前に出身の地を離れて横浜市に御家族四人で移住された」。 ●「その新住所で、小学校に通学する二女を通して、アイヌに対する蔑視が根強くあることを体験し、それを契機にはじめて差別を無くす運動に取り組む決意を持たれた」。

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