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「U新聞年代記」の検索結果
5件

U新聞年代記

文生書院
 東京都文京区本郷
7,700
上司 小剣、中央公論社、昭和9.3、350p、B6
印 少シミ ISBN:**
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7,700
上司 小剣 、中央公論社 、昭和9.3 、350p 、B6
印 少シミ ISBN:**

U新聞年代記

竹岡書店
 京都府京都市左京区浄土寺西田町
7,700 (送料:¥550~)
上司小剣、中央公論社、昭9、四六判
初函痛
★当店に在庫している本はほぼ別棟倉庫に保管していますので、性急なお求めにはご対応致し兼ねます。ご来店にてお求めになりたい場合は事前にご一報下さいませ。(平日・土・祝10時半~18時、日曜定休)
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U新聞年代記

7,700 (送料:¥550~)
上司小剣 、中央公論社 、昭9 、四六判
初函痛
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U新聞年代記

月の輪書林
 東京都大田区東矢口
10,000
上司小剣、中央公論社、昭和9年、350頁、1冊
初版  函 函背焼 ●『読売新聞』編集部内部モデル小説(明治34年~大正9年頃)。●「全篇にユウモアを発散させるつもりで、戯曲類似の形式を採つたが、もちろん、上演の目的でない。人物は成るべく本名を用ゐ、(中略)言はば変態の追憶記だから、先輩畏友が、たとへ道化になつてゐたとて、どうかそれを咎めないで、一笑しておいていただきたい。しかし、拵へ話は一つもないことを明白に言つておく」。
●尾崎紅葉、伊井蓉峰、末松謙澄、島村抱月、徳田秋聲、斎藤緑雨、鏑木清方、正宗白鳥、幸徳秋水、大杉栄、川上音二郎他登場。
※振込のお客様へ。   お振込後にその旨お知らせください。 ※郵便振替口座へのお振込確認は少々お時間をいただいております。   確認でき次第、すみやかに発送いたします。 ※いちばんお安く、かつきちんとお送りできる方法をとります。  ※ご注文はお電話・ファックス・おハガキでも承っております。 ※発送完了時に追跡番号がついたものは番号をお知らせします。
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U新聞年代記

10,000
上司小剣 、中央公論社 、昭和9年 、350頁 、1冊
初版  函 函背焼 ●『読売新聞』編集部内部モデル小説(明治34年~大正9年頃)。●「全篇にユウモアを発散させるつもりで、戯曲類似の形式を採つたが、もちろん、上演の目的でない。人物は成るべく本名を用ゐ、(中略)言はば変態の追憶記だから、先輩畏友が、たとへ道化になつてゐたとて、どうかそれを咎めないで、一笑しておいていただきたい。しかし、拵へ話は一つもないことを明白に言つておく」。 ●尾崎紅葉、伊井蓉峰、末松謙澄、島村抱月、徳田秋聲、斎藤緑雨、鏑木清方、正宗白鳥、幸徳秋水、大杉栄、川上音二郎他登場。

上司小剣 自筆書簡7通&葉書2枚 (堀紫山宛)  

月の輪書林
 東京都大田区東矢口
350,000
上司小剣、明治38年~昭和11年、書簡7通(封筒有)&葉書2枚
上司小剣(1874~1947)は、明治30年堀紫山の縁で読売新聞社に入社、明治34年には堀紫山の媒酌で結婚。大正3年代表作「鱧の皮」を『ホトトギス』に発表。大正4年読売新聞編集局長となり、文芸部長、婦人部長を兼任。大正9年9月、読売新聞社を退社した。昭和22年9月2日、逝去。著書に幸徳秋水、大杉栄、堀保子、堺利彦、斎藤緑雨等が登場する実名回想記『U新聞年代記』(中央公論社/昭和9年)他がある。
●「あなたを除いて、私には先輩といふものもなく、親友といふものもなく、独立独行です」(上司小剣書簡/大正11年12月5日)。
    【書簡明細】
1、明治38年3月6日   原稿用紙3枚★毛筆17行
2、大正4年5月2日【葉書】 ペン10行
3、大正11年11月30日  原稿用紙1枚★19行
4、大正11年12月2日   原稿用紙1枚★ペン16行
5、大正11年12月3日   原稿用紙1枚★ペン21行
6、大正11年12月5日   原稿用紙6枚★ペン120行
7、大正11年ん12月7日  原稿用紙5枚★ペン98行
8、昭和8月11月6日   便箋1枚★ペン25行
9、昭和11年9月11日【葉書】 ペン12行

●「大杉が家へ来た時私の叔父は、丁度あの人の帰るのと、門のところで摺れちがって、「あれは何処の人だか知らんが剣難の相がある」と言ってゐた。あの自由性交論者は、第一の細君(堀保子)と極く仲がよくて、小石川に住んでゐた時なぞ、近所で苗字を言って家を訊いたッて分からないこともあったが、「あのよく夫婦連れで歩く人の家」と言って問へば直ぐ分った」(上司小剣著『上司小剣コラム集』亀鳴屋2008年★「金魚のうろこ・未収録」★大正5年11月10日)。
※振込のお客様へ。   お振込後にその旨お知らせください。 ※郵便振替口座へのお振込確認は少々お時間をいただいております。   確認でき次第、すみやかに発送いたします。 ※いちばんお安く、かつきちんとお送りできる方法をとります。  ※ご注文はお電話・ファックス・おハガキでも承っております。 ※発送完了時に追跡番号がついたものは番号をお知らせします。
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上司小剣 自筆書簡7通&葉書2枚 (堀紫山宛)  

350,000
上司小剣 、明治38年~昭和11年 、書簡7通(封筒有)&葉書2枚
上司小剣(1874~1947)は、明治30年堀紫山の縁で読売新聞社に入社、明治34年には堀紫山の媒酌で結婚。大正3年代表作「鱧の皮」を『ホトトギス』に発表。大正4年読売新聞編集局長となり、文芸部長、婦人部長を兼任。大正9年9月、読売新聞社を退社した。昭和22年9月2日、逝去。著書に幸徳秋水、大杉栄、堀保子、堺利彦、斎藤緑雨等が登場する実名回想記『U新聞年代記』(中央公論社/昭和9年)他がある。 ●「あなたを除いて、私には先輩といふものもなく、親友といふものもなく、独立独行です」(上司小剣書簡/大正11年12月5日)。     【書簡明細】 1、明治38年3月6日   原稿用紙3枚★毛筆17行 2、大正4年5月2日【葉書】 ペン10行 3、大正11年11月30日  原稿用紙1枚★19行 4、大正11年12月2日   原稿用紙1枚★ペン16行 5、大正11年12月3日   原稿用紙1枚★ペン21行 6、大正11年12月5日   原稿用紙6枚★ペン120行 7、大正11年ん12月7日  原稿用紙5枚★ペン98行 8、昭和8月11月6日   便箋1枚★ペン25行 9、昭和11年9月11日【葉書】 ペン12行 ●「大杉が家へ来た時私の叔父は、丁度あの人の帰るのと、門のところで摺れちがって、「あれは何処の人だか知らんが剣難の相がある」と言ってゐた。あの自由性交論者は、第一の細君(堀保子)と極く仲がよくて、小石川に住んでゐた時なぞ、近所で苗字を言って家を訊いたッて分からないこともあったが、「あのよく夫婦連れで歩く人の家」と言って問へば直ぐ分った」(上司小剣著『上司小剣コラム集』亀鳴屋2008年★「金魚のうろこ・未収録」★大正5年11月10日)。

「陶友会」集合写真2枚 ★堀紫山・大杉栄・堀保子・堺為子・上司小剣・深尾韶・山田寒山・江沢春霞・加藤眠柳他登場

月の輪書林
 東京都大田区東矢口
500,000
21歳★大杉栄、明治39年7月22日、13.5×17.5cm、2枚
明治の新聞記者として著名な堀紫山(1863~1940)が、参加者の名前を毛筆で裏書している。
●紫山は、尾崎紅葉の友で、「『読売新聞』を牙城とした紅葉は堀紫山を幕僚と頼んで三面及び文芸欄は思うままに主宰した」(内田魯庵著『思い出す人々』)と。紫山は、明治23年(1890)、尾崎紅葉と本郷区森川町で同居したことがある。
●写真撮影者は、浮世絵師・筒井年峯(1863~1934)。芝公園・浄運院の前庭で撮影された。筒井は、堀紫山の大阪朝日新聞時代(1893~1896)の文学仲間である。
●無政府主義者の巨魁・大杉栄(1885~1923)は、21歳の若者である。
●堀紫山の口利きで入社し、『読売新聞』で大いに健筆をふるうことになる上司小剣(1874~1947)も、まだ31歳である。大杉栄や幸徳秋水が登場する『U新聞年代記』(上司小剣著/中央公論社/1934年発行)は、明治大正文壇回想記の名著である。
●堀今子は、堀紫山の妻。1912年逝去、31歳。
●加藤眠柳は、新聞記者。1919年、『新小樽新聞』を興し主筆。1921年3月、『函館毎日新聞』主筆となるも、8ヶ月後の11月25日急逝。
●尾崎紅葉の幼馴染みの江沢春霞もいる。江沢春霞には、『日本ジゴマ』(三芳書店/1912年発行)という著作がある。
●初期社会主義者の深尾韶(1880~1963)が大杉栄と並んでうつっているのが感慨深い。深尾韶は、堀保子を静岡の両親に「婚約者」として紹介するほどの仲だったが、大杉栄が保子に熱烈に求婚をせまり結婚することとなった。「陶友会」集合写真撮影1ヶ月後の8月24日のこと。深尾韶は、翌年肺結核にかかり帰郷、社会主義運動から離れるが、後年日本ボーイスカウト運動の草分けの一人となった。
●同じ日に撮影されたもう1枚の写真は、「陶友会」主催者で、篆刻家の山田寒山(1856~1918)が楽焼を実演しているショット。堀紫山や大杉栄たちが遠巻きに見つめている。大杉栄と山田寒山という取り合わせが、興味深い。
●写真旧蔵者の堀紫山には、二人の妹がいて、一人は美知(1904早逝)といい堺利彦(1870~1933)と1896年結婚、もう一人の保子は、上記の通り大杉栄と結婚。堀保子は、大杉栄が殺された翌年1924年3月15日、芝区二本榎の堀紫山宅で病没。41歳。
※振込のお客様へ。   お振込後にその旨お知らせください。 ※郵便振替口座へのお振込確認は少々お時間をいただいております。   確認でき次第、すみやかに発送いたします。 ※いちばんお安く、かつきちんとお送りできる方法をとります。  ※ご注文はお電話・ファックス・おハガキでも承っております。 ※発送完了時に追跡番号がついたものは番号をお知らせします。
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クレジットカード使用可 銀行振込可 代引き不可 公費可 海外発送可
500,000
21歳★大杉栄 、明治39年7月22日 、13.5×17.5cm 、2枚
明治の新聞記者として著名な堀紫山(1863~1940)が、参加者の名前を毛筆で裏書している。 ●紫山は、尾崎紅葉の友で、「『読売新聞』を牙城とした紅葉は堀紫山を幕僚と頼んで三面及び文芸欄は思うままに主宰した」(内田魯庵著『思い出す人々』)と。紫山は、明治23年(1890)、尾崎紅葉と本郷区森川町で同居したことがある。 ●写真撮影者は、浮世絵師・筒井年峯(1863~1934)。芝公園・浄運院の前庭で撮影された。筒井は、堀紫山の大阪朝日新聞時代(1893~1896)の文学仲間である。 ●無政府主義者の巨魁・大杉栄(1885~1923)は、21歳の若者である。 ●堀紫山の口利きで入社し、『読売新聞』で大いに健筆をふるうことになる上司小剣(1874~1947)も、まだ31歳である。大杉栄や幸徳秋水が登場する『U新聞年代記』(上司小剣著/中央公論社/1934年発行)は、明治大正文壇回想記の名著である。 ●堀今子は、堀紫山の妻。1912年逝去、31歳。 ●加藤眠柳は、新聞記者。1919年、『新小樽新聞』を興し主筆。1921年3月、『函館毎日新聞』主筆となるも、8ヶ月後の11月25日急逝。 ●尾崎紅葉の幼馴染みの江沢春霞もいる。江沢春霞には、『日本ジゴマ』(三芳書店/1912年発行)という著作がある。 ●初期社会主義者の深尾韶(1880~1963)が大杉栄と並んでうつっているのが感慨深い。深尾韶は、堀保子を静岡の両親に「婚約者」として紹介するほどの仲だったが、大杉栄が保子に熱烈に求婚をせまり結婚することとなった。「陶友会」集合写真撮影1ヶ月後の8月24日のこと。深尾韶は、翌年肺結核にかかり帰郷、社会主義運動から離れるが、後年日本ボーイスカウト運動の草分けの一人となった。 ●同じ日に撮影されたもう1枚の写真は、「陶友会」主催者で、篆刻家の山田寒山(1856~1918)が楽焼を実演しているショット。堀紫山や大杉栄たちが遠巻きに見つめている。大杉栄と山田寒山という取り合わせが、興味深い。 ●写真旧蔵者の堀紫山には、二人の妹がいて、一人は美知(1904早逝)といい堺利彦(1870~1933)と1896年結婚、もう一人の保子は、上記の通り大杉栄と結婚。堀保子は、大杉栄が殺された翌年1924年3月15日、芝区二本榎の堀紫山宅で病没。41歳。

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