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「伊勢治田銀銅山史の研究  史林 = The Journal of history 58(2) 1975.03 抜刷」の検索結果
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伊勢治田銀銅山史の研究  史林 = The Journal of history 58(2) 1975.03抜刷

ハナ書房
 大阪府大阪市北区天神橋
¥1,600
小葉田 淳、1975-03、60p、21cm
要約】 治田鉱山は伊勢国では近世において知られた唯一の銀銅山である。近世初期には産銀を主として繁栄したようだが詳細は
不明である。治田郷は天樹院化粧料として一時本多氏領であったが、その前後は幕領であり、寛永七年鉱山支配のため特に山奉行
が新町におかれた。治田郷八ヶ村中で新町は鉱山開発により形成された集落といえる。しかし寛文年には鉱山すでに衰え、新町
の陣屋も廃され、四日市陣屋の支配になったが、 治田郷は吉宗が将軍職を継ぐとそれに従った加納久通の領となる。鉱山は元禄初
年再興され間もなく衰え、宝永以来治田郷が鉱山を請負い、稼行人は治田郷を通して領主から稼行許可を受ける形式をとった。 そ
して治田郷の鉱山稼行に対する監督権を拡大もし強化された。このような慣行は諸国鉱山にあまり例をみない。元禄以来は産銅に
中心が移るが、特に寛保延享年間は一ヶ年一〇万一三〇万斤に達し全国銅山でも上位を占めた。治田郷では鉱山が郷民の経済に深
くかかわる関係もあって、他処の稼人退山の間にも郷内有力者がしばしば採掘を試みた。明治維新後、加納氏の一宮藩は藩財政の
一助として鉱山開発に望みを託したが、資金不足のため成果をみず、廃藩置県によって放棄を余儀なくされたようである
表紙記名書入れ 少ヤケ
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¥1,600
小葉田 淳 、1975-03 、60p 、21cm
要約】 治田鉱山は伊勢国では近世において知られた唯一の銀銅山である。近世初期には産銀を主として繁栄したようだが詳細は 不明である。治田郷は天樹院化粧料として一時本多氏領であったが、その前後は幕領であり、寛永七年鉱山支配のため特に山奉行 が新町におかれた。治田郷八ヶ村中で新町は鉱山開発により形成された集落といえる。しかし寛文年には鉱山すでに衰え、新町 の陣屋も廃され、四日市陣屋の支配になったが、 治田郷は吉宗が将軍職を継ぐとそれに従った加納久通の領となる。鉱山は元禄初 年再興され間もなく衰え、宝永以来治田郷が鉱山を請負い、稼行人は治田郷を通して領主から稼行許可を受ける形式をとった。 そ して治田郷の鉱山稼行に対する監督権を拡大もし強化された。このような慣行は諸国鉱山にあまり例をみない。元禄以来は産銅に 中心が移るが、特に寛保延享年間は一ヶ年一〇万一三〇万斤に達し全国銅山でも上位を占めた。治田郷では鉱山が郷民の経済に深 くかかわる関係もあって、他処の稼人退山の間にも郷内有力者がしばしば採掘を試みた。明治維新後、加納氏の一宮藩は藩財政の 一助として鉱山開発に望みを託したが、資金不足のため成果をみず、廃藩置県によって放棄を余儀なくされたようである 表紙記名書入れ 少ヤケ

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