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「宮武外骨自筆書簡と出版史料及肖像寫眞 プロレタリア作家細田源吉宛及舊藏品」の検索結果
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宮武外骨自筆書簡と出版史料及肖像寫眞 プロレタリア作家細田源吉宛及舊藏品

名雲書店
 群馬県高崎市八千代町
¥1,100,000
桐箱入、大正10年4月15日・4月17日
【書名】 宮武外骨自筆書簡と出版史料及肖像寫眞 細田源吉宛及舊藏品
【巻冊】 一括
【成立】 大正10年4月15日・4月17日

★ 細田源吉宛二通 肖像寫眞一枚(10.6×6.3㎝)
★ 書簡/大正10(1921)年4月15日・4月17日 ペン書封筒墨書
★ 外骨が後にプロレタリア作家として活躍した細田源吉に宛てた『猥褻風俗史』と刋行直前の『一癖随筆』について記した書簡2通と外骨自筆で加筆された出版史料に細田源吉所藏の謎の肖像寫眞一枚の一括。
★ 慶應3年生まれの外骨はこの時54歳、明治24年生まれの細田源吉は30歳、親子ほどの年齢差があるが2人は出版原論の塲において強い接點を持ち細田は外骨の刋行書にも携わって、外骨に對して尊敬の念を抱いていたのではないだろうか。
★ 細田は早稻田大學英文科を卒業後、大正7年に『早稻田文學』に處女作『空骸』を發表したが細田は未だ無名時代で、この外骨の書簡の翌年、大正11年に自傳的長編小説『罪に立つ』で成功して文壇デビューを果たした。
★ 外骨はこの頃からプロレタリア文學者らと交流するようになり、特高警察からこれまで以上に執拗にマークされた。二人は國家權力から激しく原論を彈圧され、細田は昭和7年に治安維持法違反で逮捕檢舉され拷問により持病が惡化して半身不随となり思想の轉向を豫儀なくされた。小林多喜二の事件は翌年の昭和8年2月20日である。外骨は疎開先の八王子でも常に特高に見張られていたらしい。
★ 『一癖随筆』ノ「カリズリ」三頁表(和紙摺)が一葉同封されていて、外骨の自筆と考えられる朱筆が加えられている。「宮武外骨編著輯述新刊豫報」一枚も同封され『一癖随筆』の第一號の日附に朱の訂正がある。     
★ 書簡に添えられていた、冩眞師井谷豐三製の鶏卵寫眞は20代後半とぽぼしき青年である。そこに外骨の記名は無いが、細田が外骨の書簡と共に白い絹の風呂敷に包んで大切に所藏していたようである。
★ 井谷豐三は明治20年代は「上野仲町角」で營業していたが、明治30年9月に「神田表神保町」に移轉した記録があり年代的に合致する。
★ 寫眞は羽織の青年が頭蓋骨の頭頂部を左手に顔面下部を右手に持つ竒怪な寫眞で常に骸骨をモチーフとし骨のコレクターでもあった外骨らしいブラックユーモアーに溢れた寫眞である。
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¥1,100,000
桐箱入 、大正10年4月15日・4月17日
【書名】 宮武外骨自筆書簡と出版史料及肖像寫眞 細田源吉宛及舊藏品 【巻冊】 一括 【成立】 大正10年4月15日・4月17日 ★ 細田源吉宛二通 肖像寫眞一枚(10.6×6.3㎝) ★ 書簡/大正10(1921)年4月15日・4月17日 ペン書封筒墨書 ★ 外骨が後にプロレタリア作家として活躍した細田源吉に宛てた『猥褻風俗史』と刋行直前の『一癖随筆』について記した書簡2通と外骨自筆で加筆された出版史料に細田源吉所藏の謎の肖像寫眞一枚の一括。 ★ 慶應3年生まれの外骨はこの時54歳、明治24年生まれの細田源吉は30歳、親子ほどの年齢差があるが2人は出版原論の塲において強い接點を持ち細田は外骨の刋行書にも携わって、外骨に對して尊敬の念を抱いていたのではないだろうか。 ★ 細田は早稻田大學英文科を卒業後、大正7年に『早稻田文學』に處女作『空骸』を發表したが細田は未だ無名時代で、この外骨の書簡の翌年、大正11年に自傳的長編小説『罪に立つ』で成功して文壇デビューを果たした。 ★ 外骨はこの頃からプロレタリア文學者らと交流するようになり、特高警察からこれまで以上に執拗にマークされた。二人は國家權力から激しく原論を彈圧され、細田は昭和7年に治安維持法違反で逮捕檢舉され拷問により持病が惡化して半身不随となり思想の轉向を豫儀なくされた。小林多喜二の事件は翌年の昭和8年2月20日である。外骨は疎開先の八王子でも常に特高に見張られていたらしい。 ★ 『一癖随筆』ノ「カリズリ」三頁表(和紙摺)が一葉同封されていて、外骨の自筆と考えられる朱筆が加えられている。「宮武外骨編著輯述新刊豫報」一枚も同封され『一癖随筆』の第一號の日附に朱の訂正がある。      ★ 書簡に添えられていた、冩眞師井谷豐三製の鶏卵寫眞は20代後半とぽぼしき青年である。そこに外骨の記名は無いが、細田が外骨の書簡と共に白い絹の風呂敷に包んで大切に所藏していたようである。 ★ 井谷豐三は明治20年代は「上野仲町角」で營業していたが、明治30年9月に「神田表神保町」に移轉した記録があり年代的に合致する。 ★ 寫眞は羽織の青年が頭蓋骨の頭頂部を左手に顔面下部を右手に持つ竒怪な寫眞で常に骸骨をモチーフとし骨のコレクターでもあった外骨らしいブラックユーモアーに溢れた寫眞である。

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