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「桐箱入」の検索結果
565件

贈呈 金港堂改築記念福引券 仙台市大町四丁目(芭蕉辻)

ぼおぶら屋古書店
 宮城県仙台市青葉区上愛子字北原道上11-33
2,970
金港堂書店 藤原佐吉、昭和2年(1927年)12月、1組(2枚)
封金港堂書店の筒付き。「挨拶」19×18.5cm、「図書券の御利用を」30×20.2cm。金港堂改築記念福引抽籤券。抽籤の方法、福引贈呈品目録。壹等 曲亭馬琴 著 「絵本 里見八犬伝」桐箱入 全貳拾冊 五本、貳等 大槻文彦 著 伊達騒動実録 全貳冊 五本、参等 齋藤秀三郎 著 「熟語本位英和中辞典」計拾本、 四等 齋藤荘次郎著 「伊達政宗公伝」貳十冊 ほか 計五拾本、五等 「紅い支那」國枝完二 著 ほか 計八十本、六等 土井晩翠 著 「曙光」ほか、七等 博文館長篇講談 貳拾冊 ほか 百五拾本。 八等 仙台松島塩竈大観 百本、九等 商品券 参拾銭 参拾銭 百口・萬年筆用インキ 百口 計貳百本、拾等 宮城県教育会編 児童文集 百冊・名入手拭 百拾本 計貳百本。36654-aya(保管先 廻廊 file)
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贈呈 金港堂改築記念福引券 仙台市大町四丁目(芭蕉辻)

2,970
、金港堂書店 藤原佐吉 、昭和2年(1927年)12月 、1組(2枚)
封金港堂書店の筒付き。「挨拶」19×18.5cm、「図書券の御利用を」30×20.2cm。金港堂改築記念福引抽籤券。抽籤の方法、福引贈呈品目録。壹等 曲亭馬琴 著 「絵本 里見八犬伝」桐箱入 全貳拾冊 五本、貳等 大槻文彦 著 伊達騒動実録 全貳冊 五本、参等 齋藤秀三郎 著 「熟語本位英和中辞典」計拾本、 四等 齋藤荘次郎著 「伊達政宗公伝」貳十冊 ほか 計五拾本、五等 「紅い支那」國枝完二 著 ほか 計八十本、六等 土井晩翠 著 「曙光」ほか、七等 博文館長篇講談 貳拾冊 ほか 百五拾本。 八等 仙台松島塩竈大観 百本、九等 商品券 参拾銭 参拾銭 百口・萬年筆用インキ 百口 計貳百本、拾等 宮城県教育会編 児童文集 百冊・名入手拭 百拾本 計貳百本。36654-aya(保管先 廻廊 file)

良寛書 

玉英堂書店
 東京都千代田区神田神保町
715,000
江戸後期写、1幅
『てらとまりにおりしときによめる ~~ これのみはやし 沙門良寛書』 森哲四郎箱書・極状付 紙面95.5×28.5糎 幅面169×37.7糎 桐箱入 『てらとまりにおりしときによめるおほとのの おほとのの とのの みまへの みはやしは いくよへぬらむ ちはやふる かみさひにける そのもとに いほりを しめてあしたには いゆきもとほり いふべには そこにいてたち たちていて みれともあかぬ これのみはやし 沙門良寛書』大意「神社の前の林は、何年たったものであろう。ずいぶん古く神々しいその林の下に庵を作って暮らし、朝にはそこをぶらつき、夕には林の中に出て立つのだが、この林はいくら見てもあきないりっぱな林だよ」 森哲四郎箱書・・・箱表「良寛上人真跡 おほとのの 云々」箱裏「森哲四郎拝鑑[落款]」
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715,000
、江戸後期写 、1幅
『てらとまりにおりしときによめる ~~ これのみはやし 沙門良寛書』 森哲四郎箱書・極状付 紙面95.5×28.5糎 幅面169×37.7糎 桐箱入 『てらとまりにおりしときによめるおほとのの おほとのの とのの みまへの みはやしは いくよへぬらむ ちはやふる かみさひにける そのもとに いほりを しめてあしたには いゆきもとほり いふべには そこにいてたち たちていて みれともあかぬ これのみはやし 沙門良寛書』大意「神社の前の林は、何年たったものであろう。ずいぶん古く神々しいその林の下に庵を作って暮らし、朝にはそこをぶらつき、夕には林の中に出て立つのだが、この林はいくら見てもあきないりっぱな林だよ」 森哲四郎箱書・・・箱表「良寛上人真跡 おほとのの 云々」箱裏「森哲四郎拝鑑[落款]」

伝浄弁律師筆四半切 

玉英堂書店
 東京都千代田区神田神保町
93,500
1幅
「古今和歌集」巻二春歌下の五首 極札付「浄弁(琴山の印)」 紙面24×15.3糎 幅面136×34.6糎 桐箱入 江守賢治箱書…箱表「伝浄弁律師筆古今和歌集四半切」・箱裏「ふるさとゝなりにしならの宮こにも云々 江守賢治鑑識[落款(賢)] 『ならのみかとの御うた ふるさととなりにしならの宮こにも色はかはらす花はさきけり/はるのうたとてよめる よしみねのむねさた 花の色は霞にこめて見せすともかをたにぬすめはるの山かせ/寛平御時きさいの宮の歌合のうた そせい法し はなの木も今はほりうへし春たてはうつろふ色に人ならひけり/題しらす よみ人しらす 春の色のいたりいたらぬさとはあらしさけるさかさる花の見ゆらむ/はるのうたとてよめる つらゆき みわ山をしかもかくすかはるかすみ人にしられぬ花やさくらむ』 浄弁(じょうべん、生年不詳 - 延文元年/正平11年(1356年)頃?)鎌倉時代の天台宗の僧・歌人。出自については不詳。
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93,500
、1幅
「古今和歌集」巻二春歌下の五首 極札付「浄弁(琴山の印)」 紙面24×15.3糎 幅面136×34.6糎 桐箱入 江守賢治箱書…箱表「伝浄弁律師筆古今和歌集四半切」・箱裏「ふるさとゝなりにしならの宮こにも云々 江守賢治鑑識[落款(賢)] 『ならのみかとの御うた ふるさととなりにしならの宮こにも色はかはらす花はさきけり/はるのうたとてよめる よしみねのむねさた 花の色は霞にこめて見せすともかをたにぬすめはるの山かせ/寛平御時きさいの宮の歌合のうた そせい法し はなの木も今はほりうへし春たてはうつろふ色に人ならひけり/題しらす よみ人しらす 春の色のいたりいたらぬさとはあらしさけるさかさる花の見ゆらむ/はるのうたとてよめる つらゆき みわ山をしかもかくすかはるかすみ人にしられぬ花やさくらむ』 浄弁(じょうべん、生年不詳 - 延文元年/正平11年(1356年)頃?)鎌倉時代の天台宗の僧・歌人。出自については不詳。

花鳥諷詠帖 (俳句短冊帖/100枚入り) 

古本の中央
 愛知県西尾市高砂町
200,000
1帖
題簽付・桐箱入り(題簽及び箱書き岡田耿陽/箱蓋裏書き昭和47) 内藤鳴雪高浜虚子河東碧梧桐②水原秋桜子阿波野青畝冨安風生巌谷小波大谷句佛渡辺水巴長谷川零餘子長谷川かな女池内たけし金尾梅の門村上鬼城京極杞陽臼田亜浪鈴鹿野風呂五十嵐播水西山泊雲河野静雲深川正一郎永尾宋斤②佐藤漾人内藤吐天上村占魚江見水蔭庄司瓦全松尾いはほ野竹雨城永井賓水木村蕪城伊藤柏翠湯室月村④山口艸堂③斎藤香村藤田耕雲松岡凡草田中蛇湖鈴木鵬于寒川鼠骨名和三幹竹③岡崎清一郎岡安迷子木下蘇子城左門③柏崎夢香小山白樽佐川雨人関圭草竹下しづの女宮田正和倉重禾刀②和田秋蒼④長野十二星兼松蘇南浅井意外加藤北天子安藤香風荒川同楽山本呂門岡田一洲小玉龍也浅井恒水朝倉天易②斎藤野人天野十雨下村快雨森夢筆市川丁子②太田鴻村②白井麦生②岡田耿陽⑩ 72名100枚収載 *○の数字は枚数 古色 角折れ、裏書、傷み有るもの含みます。
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花鳥諷詠帖 (俳句短冊帖/100枚入り) 

200,000
、1帖
題簽付・桐箱入り(題簽及び箱書き岡田耿陽/箱蓋裏書き昭和47) 内藤鳴雪高浜虚子河東碧梧桐②水原秋桜子阿波野青畝冨安風生巌谷小波大谷句佛渡辺水巴長谷川零餘子長谷川かな女池内たけし金尾梅の門村上鬼城京極杞陽臼田亜浪鈴鹿野風呂五十嵐播水西山泊雲河野静雲深川正一郎永尾宋斤②佐藤漾人内藤吐天上村占魚江見水蔭庄司瓦全松尾いはほ野竹雨城永井賓水木村蕪城伊藤柏翠湯室月村④山口艸堂③斎藤香村藤田耕雲松岡凡草田中蛇湖鈴木鵬于寒川鼠骨名和三幹竹③岡崎清一郎岡安迷子木下蘇子城左門③柏崎夢香小山白樽佐川雨人関圭草竹下しづの女宮田正和倉重禾刀②和田秋蒼④長野十二星兼松蘇南浅井意外加藤北天子安藤香風荒川同楽山本呂門岡田一洲小玉龍也浅井恒水朝倉天易②斎藤野人天野十雨下村快雨森夢筆市川丁子②太田鴻村②白井麦生②岡田耿陽⑩ 72名100枚収載 *○の数字は枚数 古色 角折れ、裏書、傷み有るもの含みます。

高浜虚子 肉筆 一行書 掛軸『草枯の』箱書 落款入

アブストラクト古書店
 京都府八幡市男山指月
48,000
高浜虚子
紙本 木製軸先
本紙サイズ:(約)133.8cm×32.6cm 本体サイズ:(約)198cm×35cm
桐箱サイズ:(約)42.8cm×7.6cm×7.4cm

桐箱入り。
掛軸に経年による小シミ・小ジワが有ります。

●高浜虚子 (たかはま きょし, 1874[明治7年]-1959[昭和34年])
明治・大正・昭和の3代にわたる俳人・小説家。本名は高浜 清 (たかはま きよし)。 愛媛県松山市出身。
正岡子規の友人・柳原極堂が創刊した俳句雑誌『ホトトギス』の理念となる「客観写生」「花鳥諷詠」を提唱したことでも知られる。
伊予尋常中学校時代、後に子規の高弟として高浜虚子と並び称される河東碧梧桐と同級になり、その縁で正岡子規に兄事し、俳句を教わった。
『ホトトギス』を引き継いだ後は俳句だけでなく和歌、散文などを加えて俳句文芸誌として再出発し、
夏目漱石の小説『吾輩は猫である』『坊っちゃん』を発表した事で広く知られるようになった。
1954年(昭和29年)文化勲章受章。

生涯に20万句を超える俳句を詠んだとされますが、現在活字として確認出来る句数は約2万2千句ほど。
句集に『虚子句集』『虚子俳話』、小説集・創作集に『寸紅集』(正岡子規との共編)や『鶏頭』など。

■送料:全国一律1080円
●商品の価格や重量に応じ、日本郵便のゆうメール, ゆうパケット, レターパック, ゆうパックのいずれかで発送いたします。 ●弊店は適格請求書発行事業者です。インボイス制度対応の書類を発行いたします。 ●原則、先払いをお願いしておりますが、公費購入(後払い)も承っております。 ●海外発送にも対応しております。 (米国宛発送につきましては、米国の通関制度に基づき、関税・通関手数料等が発生する場合があります。 該当する費用は、送料をご請求する際に、送料とあわせて合計金額をご案内いたします)
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48,000
高浜虚子
紙本 木製軸先 本紙サイズ:(約)133.8cm×32.6cm 本体サイズ:(約)198cm×35cm 桐箱サイズ:(約)42.8cm×7.6cm×7.4cm 桐箱入り。 掛軸に経年による小シミ・小ジワが有ります。 ●高浜虚子 (たかはま きょし, 1874[明治7年]-1959[昭和34年]) 明治・大正・昭和の3代にわたる俳人・小説家。本名は高浜 清 (たかはま きよし)。 愛媛県松山市出身。 正岡子規の友人・柳原極堂が創刊した俳句雑誌『ホトトギス』の理念となる「客観写生」「花鳥諷詠」を提唱したことでも知られる。 伊予尋常中学校時代、後に子規の高弟として高浜虚子と並び称される河東碧梧桐と同級になり、その縁で正岡子規に兄事し、俳句を教わった。 『ホトトギス』を引き継いだ後は俳句だけでなく和歌、散文などを加えて俳句文芸誌として再出発し、 夏目漱石の小説『吾輩は猫である』『坊っちゃん』を発表した事で広く知られるようになった。 1954年(昭和29年)文化勲章受章。 生涯に20万句を超える俳句を詠んだとされますが、現在活字として確認出来る句数は約2万2千句ほど。 句集に『虚子句集』『虚子俳話』、小説集・創作集に『寸紅集』(正岡子規との共編)や『鶏頭』など。 ■送料:全国一律1080円

国木田独歩書簡 

玉英堂書店
 東京都千代田区神田神保町
385,000
1巻
中桐確太郎宛 明治26年8月9日 毛筆82行 封筒付 巻子仕立 桐箱入 本文紙面17×151糎 巻子高21.3糎 全長228糎(本文・封筒含む) 「昨日発の御手紙 本日午後の便にて相着仕候 小生 民友社に参りて歸れば 貴書あり ○入社一件便 猶ほ不決定に仕候 原田十衛の人物評判宜しからず 便参るとも衝突のもとならん 徳冨氏も此点至極危ざみ居られ仕候 多分辞退の方ならん 何れ二三日に何か決定の上申上げ申さん 大兄悪しからず 御思※※※※※ ○民友社に本日何故に参りたるかと云ふ事に就て 大兄に申上げ候 必ず他聞は御免 ○水谷が先月二十八日歸国の途に上りたる事は 先便に申上げ置仕候 然るに昨日氏より一書飛来 其大意は「歸来半狂乱 一日も早く東京に呼び上す様 尽力を願ふ 然らずんば死 少くとも精神的自殺ならん 泣て認む」 と小事に仕候 大兄行掛りと水谷の性行とを熟知せざるが故に不審の事ならんが 実は一個悲痛のドラマに仕候 其為め徳冨氏と今朝赤坂にて相談 午後又た民友社にて徳冨氏安部充家氏人見市太郎氏と四人團居相談遂に 水谷氏をして鹿児島新聞社に周旋する事に相成り それぞれ奔走致す筈と定まり仕候 ~」
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385,000
、1巻
中桐確太郎宛 明治26年8月9日 毛筆82行 封筒付 巻子仕立 桐箱入 本文紙面17×151糎 巻子高21.3糎 全長228糎(本文・封筒含む) 「昨日発の御手紙 本日午後の便にて相着仕候 小生 民友社に参りて歸れば 貴書あり ○入社一件便 猶ほ不決定に仕候 原田十衛の人物評判宜しからず 便参るとも衝突のもとならん 徳冨氏も此点至極危ざみ居られ仕候 多分辞退の方ならん 何れ二三日に何か決定の上申上げ申さん 大兄悪しからず 御思※※※※※ ○民友社に本日何故に参りたるかと云ふ事に就て 大兄に申上げ候 必ず他聞は御免 ○水谷が先月二十八日歸国の途に上りたる事は 先便に申上げ置仕候 然るに昨日氏より一書飛来 其大意は「歸来半狂乱 一日も早く東京に呼び上す様 尽力を願ふ 然らずんば死 少くとも精神的自殺ならん 泣て認む」 と小事に仕候 大兄行掛りと水谷の性行とを熟知せざるが故に不審の事ならんが 実は一個悲痛のドラマに仕候 其為め徳冨氏と今朝赤坂にて相談 午後又た民友社にて徳冨氏安部充家氏人見市太郎氏と四人團居相談遂に 水谷氏をして鹿児島新聞社に周旋する事に相成り それぞれ奔走致す筈と定まり仕候 ~」

金井研香之筆觀楓記行 松井田宿〜軽井澤宿迄中仙道中碓氷峠絵巻

名雲書店
 群馬県高崎市八千代町
1,100,000
金井研香(毛山)画 巻首ニ「賣畫翁」朱印。巻末「是歳癸亥晩秋」。「毛山僊史金寿」、画像→http:/・・・
■商品詳細

【書名】 研香之筆觀楓記行
【巻冊】 1巻
【著者】 金井研香
【成立】 文久3年

★ 上州松井田宿城址付近から碓氷峠を経て軽井沢宿までを描いた絵巻です。
★ 碓氷川を挟んで妙義山側から鳥瞰したかのように描いていて、途中の横川の関所や最初の難所である刎石坂に一茶が詠った「覗き」と呼ばれる坂本宿を見下ろす展望台などが忠実に描かれいます「坂本や たもとの下の 夕ひばり」。多少のデフォルメがあるものの軽井沢宿までの距離感も忠実に表現されています。
★ 絵師は上州島村の名門金井家の金井研香。10歳年上の実兄金井烏洲に南画を学び、江戸では谷文晁、春木南湖の門下となった。名は壽、字名は壽平。號、無溟・毛山・神農臺・關東賣畫翁など。
★ 紙髙30.3㎝、長さは900 ㎝に及ぶ長巻です。桐箱入。
★ 巻首に「賣畫翁」朱印。巻末「是歳癸亥晩秋」。「毛山僊史金寿」。
★ 文久元年の皇女和宮のお輿入れの大行列に備えて碓氷峠は大幅に難所の迂回など大改修を行ったといいます。本巻はその直後の碓氷峠絵巻です。
★ 表示されている税込金額の横にカッコ内で示されている送料は必ずしも一致しませんのでご注意ください。 ★ 迅速丁寧な発送を心懸けております。 ★ 海外発送も迅速に対応いたします。 ★ ご注文はインターネットからではなくても、電話・ファックス・ハガキ等でも承ります。ご遠慮なくお申しつけください。 ★ クレジット決済のお客様は別途クレジット決済が行えるメールを送料込み金額確定後にお送りいたします。 ★ 代引きをご希望のお客様はご注文時にお知らせいただくと迅速に発送いたします。
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1,100,000
金井研香(毛山)画 巻首ニ「賣畫翁」朱印。巻末「是歳癸亥晩秋」。「毛山僊史金寿」 、画像→http://www.nagumosyoten.jp/newsboard/nb98-2.pdf 25番 、文久3年寫 、1巻
■商品詳細 【書名】 研香之筆觀楓記行 【巻冊】 1巻 【著者】 金井研香 【成立】 文久3年 ★ 上州松井田宿城址付近から碓氷峠を経て軽井沢宿までを描いた絵巻です。 ★ 碓氷川を挟んで妙義山側から鳥瞰したかのように描いていて、途中の横川の関所や最初の難所である刎石坂に一茶が詠った「覗き」と呼ばれる坂本宿を見下ろす展望台などが忠実に描かれいます「坂本や たもとの下の 夕ひばり」。多少のデフォルメがあるものの軽井沢宿までの距離感も忠実に表現されています。 ★ 絵師は上州島村の名門金井家の金井研香。10歳年上の実兄金井烏洲に南画を学び、江戸では谷文晁、春木南湖の門下となった。名は壽、字名は壽平。號、無溟・毛山・神農臺・關東賣畫翁など。 ★ 紙髙30.3㎝、長さは900 ㎝に及ぶ長巻です。桐箱入。 ★ 巻首に「賣畫翁」朱印。巻末「是歳癸亥晩秋」。「毛山僊史金寿」。 ★ 文久元年の皇女和宮のお輿入れの大行列に備えて碓氷峠は大幅に難所の迂回など大改修を行ったといいます。本巻はその直後の碓氷峠絵巻です。

色紙手鑑 

玉英堂書店
 東京都千代田区神田神保町
88,000
江戸前期写、1帖
菊紋入金泥下絵色紙6面 各色紙右上に筆者名短冊付 緞子表紙 紙面20.5×17.5糎 帖面27.3×24.2糎 桐箱入 「鷹司関白白前左大臣兼?公」「九條右大臣輔實公」「二條内大臣綱平公」「妙法院堯延親王」「中院前内大臣道茂公」「菊亭右大将伊季卿」 [鷹司 兼煕(たかつかさかねひろ)万治二年(1660)~ 享保十年(1725)江戸時代前期の公家、関白。/九条 輔実(くじょうすけさね)寛文九年(1669)~ 享保十四年(1730)江戸時代中期の摂政・関白。/二条 綱平(にじょうつなひら)寛文十二年(1672)~ 享保十七年(1732)江戸時代の関白。「綱」の字は将軍徳川家綱からの偏諱、「平」は養父・光平の一字である。/尭延入道親王(ぎょうえんにゅうどうしんのう)延宝四年(1677)~ 享保三年(1719)江戸時代前期から中期にかけての入道親王。幼名六宮。三度天台座主を務め、四代将軍徳川家綱の三十三回忌の法会、徳川家康の百回忌の法会では、その導師を務めている。/中院 通茂(なかのいんみちしげ)寛永八年(1631)~宝永七年(1710)江戸時代前期から中期の公卿・歌人。徳川光圀と親しくし、その家臣に百人一首を講義した。/今出川 伊季(いまでがわこれすえ)万治三年(1660)~ 宝永六年(1709年)江戸時代前期から中期にかけての公卿。主に霊元天皇(一一二代)・東山天皇(一一三代)の二帝にわたり仕え、官位は正二位内大臣まで昇った。琵琶の名手としても知られる。]
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クレジットカード使用可 銀行振込可 代引き可 公費可 海外発送不可 適格請求
88,000
、江戸前期写 、1帖
菊紋入金泥下絵色紙6面 各色紙右上に筆者名短冊付 緞子表紙 紙面20.5×17.5糎 帖面27.3×24.2糎 桐箱入 「鷹司関白白前左大臣兼?公」「九條右大臣輔實公」「二條内大臣綱平公」「妙法院堯延親王」「中院前内大臣道茂公」「菊亭右大将伊季卿」 [鷹司 兼煕(たかつかさかねひろ)万治二年(1660)~ 享保十年(1725)江戸時代前期の公家、関白。/九条 輔実(くじょうすけさね)寛文九年(1669)~ 享保十四年(1730)江戸時代中期の摂政・関白。/二条 綱平(にじょうつなひら)寛文十二年(1672)~ 享保十七年(1732)江戸時代の関白。「綱」の字は将軍徳川家綱からの偏諱、「平」は養父・光平の一字である。/尭延入道親王(ぎょうえんにゅうどうしんのう)延宝四年(1677)~ 享保三年(1719)江戸時代前期から中期にかけての入道親王。幼名六宮。三度天台座主を務め、四代将軍徳川家綱の三十三回忌の法会、徳川家康の百回忌の法会では、その導師を務めている。/中院 通茂(なかのいんみちしげ)寛永八年(1631)~宝永七年(1710)江戸時代前期から中期の公卿・歌人。徳川光圀と親しくし、その家臣に百人一首を講義した。/今出川 伊季(いまでがわこれすえ)万治三年(1660)~ 宝永六年(1709年)江戸時代前期から中期にかけての公卿。主に霊元天皇(一一二代)・東山天皇(一一三代)の二帝にわたり仕え、官位は正二位内大臣まで昇った。琵琶の名手としても知られる。]

太閤秀吉軍記肉筆圖會(仮題)

名雲書店
 群馬県高崎市八千代町
495,000
上方繪師画(暁鐘成、松川半山、速水春暁齋カ)、江戸後期筆
■商品詳細

【書名】 太閤秀吉軍記肉筆圖會(仮題)
【巻冊】 1 帖
【著者】 上方繪師画(暁鐘成、松川半山、速水春暁齋カ)
【成立】 江戸後期頃筆

★ 全116面。多色を用いた彩色は巻頭から30面迄だが以下は墨の濃淡で調子を出せる。
★ 帖の大きさ縦18.2㎝。横26.9㎝。厚さ6.9㎝。緞子装釘。時代桐箱入。
★ 本能寺の變により歴史が大きく動いた天正十年から十一年頃迄に秀吉を中心に起こった重要な事件や歴史的な出來事などを116面に亙リり描いた圧巻の肉筆密画帖である。
★ 本能寺の變は描かれていないものの天正十年大徳寺で行われた信長の葬儀を描いた「秀吉紫野大徳寺にて葬儀を營む圖」、「高松の城水攻乃圖」の頃より明智光秀ガ天正十年七月「光秀小栗栖野にて落命の圖」迄が描かれている。末尾は光秀の辭世の句と戒名が識され落款がある。
★ 桐箱に入る非常に豪華な装釘でおそらくは秀吉を敬愛する好事家の求めに應じて制作したものとも考えられるが繪師の名はどこにも記されていない。おそらくは暁鐘成か松川半山、若しくは速水春暁齋ではないかと思われるが、いずれにせよ画風が上方の繪師であることは確實である。
★ 江戸後期頃筆。半山の作であれば江戸末期の筆であろう。
★ 豊臣秀吉・本能寺の変・木下藤吉郎
★ 表示されている税込金額の横にカッコ内で示されている送料は必ずしも一致しませんのでご注意ください。 ★ 迅速丁寧な発送を心懸けております。 ★ 海外発送も迅速に対応いたします。 ★ ご注文はインターネットからではなくても、電話・ファックス・ハガキ等でも承ります。ご遠慮なくお申しつけください。 ★ クレジット決済のお客様は別途クレジット決済が行えるメールを送料込み金額確定後にお送りいたします。 ★ 代引きをご希望のお客様はご注文時にお知らせいただくと迅速に発送いたします。
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495,000
上方繪師画(暁鐘成、松川半山、速水春暁齋カ) 、江戸後期筆
■商品詳細 【書名】 太閤秀吉軍記肉筆圖會(仮題) 【巻冊】 1 帖 【著者】 上方繪師画(暁鐘成、松川半山、速水春暁齋カ) 【成立】 江戸後期頃筆 ★ 全116面。多色を用いた彩色は巻頭から30面迄だが以下は墨の濃淡で調子を出せる。 ★ 帖の大きさ縦18.2㎝。横26.9㎝。厚さ6.9㎝。緞子装釘。時代桐箱入。 ★ 本能寺の變により歴史が大きく動いた天正十年から十一年頃迄に秀吉を中心に起こった重要な事件や歴史的な出來事などを116面に亙リり描いた圧巻の肉筆密画帖である。 ★ 本能寺の變は描かれていないものの天正十年大徳寺で行われた信長の葬儀を描いた「秀吉紫野大徳寺にて葬儀を營む圖」、「高松の城水攻乃圖」の頃より明智光秀ガ天正十年七月「光秀小栗栖野にて落命の圖」迄が描かれている。末尾は光秀の辭世の句と戒名が識され落款がある。 ★ 桐箱に入る非常に豪華な装釘でおそらくは秀吉を敬愛する好事家の求めに應じて制作したものとも考えられるが繪師の名はどこにも記されていない。おそらくは暁鐘成か松川半山、若しくは速水春暁齋ではないかと思われるが、いずれにせよ画風が上方の繪師であることは確實である。 ★ 江戸後期頃筆。半山の作であれば江戸末期の筆であろう。 ★ 豊臣秀吉・本能寺の変・木下藤吉郎

高浜虚子 肉筆 一行書 掛軸『虹立ちて忽ち君の在る如し』箱書 落款入

アブストラクト古書店
 京都府八幡市男山指月
48,000
高浜虚子
紙本 木製軸先
本紙サイズ:(約)129cm×18.6cm 本体サイズ:(約)196cm×27.8cm
桐箱サイズ:(約)35.6cm×7.7cm×7cm

●「虹立ちて 忽ち君の 在る如し」(ホトトギス昭和20年10月号、小諸百句 掲載句)
夕立の後に現れた一瞬の美しい虹に、病床にある愛弟子・森田愛子の姿を重ね、
その鮮烈な存在感と儚さを詠んだ句。

桐箱入り。
掛軸に経年によるヤケ・微シミが有ります。

●高浜虚子 (たかはま きょし, 1874[明治7年]-1959[昭和34年])
明治・大正・昭和の3代にわたる俳人・小説家。本名は高浜 清 (たかはま きよし)。 愛媛県松山市出身。
正岡子規の友人・柳原極堂が創刊した俳句雑誌『ホトトギス』の理念となる「客観写生」「花鳥諷詠」を提唱したことでも知られる。
伊予尋常中学校時代、後に子規の高弟として高浜虚子と並び称される河東碧梧桐と同級になり、その縁で正岡子規に兄事し、俳句を教わった。
『ホトトギス』を引き継いだ後は俳句だけでなく和歌、散文などを加えて俳句文芸誌として再出発し、
夏目漱石の小説『吾輩は猫である』『坊っちゃん』を発表した事で広く知られるようになった。
1954年(昭和29年)文化勲章受章。

生涯に20万句を超える俳句を詠んだとされますが、現在活字として確認出来る句数は約2万2千句ほど。
句集に『虚子句集』『虚子俳話』、小説集・創作集に『寸紅集』(正岡子規との共編)や『鶏頭』など。

■送料:全国一律1080円
●商品の価格や重量に応じ、日本郵便のゆうメール, ゆうパケット, レターパック, ゆうパックのいずれかで発送いたします。 ●弊店は適格請求書発行事業者です。インボイス制度対応の書類を発行いたします。 ●原則、先払いをお願いしておりますが、公費購入(後払い)も承っております。 ●海外発送にも対応しております。 (米国宛発送につきましては、米国の通関制度に基づき、関税・通関手数料等が発生する場合があります。 該当する費用は、送料をご請求する際に、送料とあわせて合計金額をご案内いたします)
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48,000
高浜虚子
紙本 木製軸先 本紙サイズ:(約)129cm×18.6cm 本体サイズ:(約)196cm×27.8cm 桐箱サイズ:(約)35.6cm×7.7cm×7cm ●「虹立ちて 忽ち君の 在る如し」(ホトトギス昭和20年10月号、小諸百句 掲載句) 夕立の後に現れた一瞬の美しい虹に、病床にある愛弟子・森田愛子の姿を重ね、 その鮮烈な存在感と儚さを詠んだ句。 桐箱入り。 掛軸に経年によるヤケ・微シミが有ります。 ●高浜虚子 (たかはま きょし, 1874[明治7年]-1959[昭和34年]) 明治・大正・昭和の3代にわたる俳人・小説家。本名は高浜 清 (たかはま きよし)。 愛媛県松山市出身。 正岡子規の友人・柳原極堂が創刊した俳句雑誌『ホトトギス』の理念となる「客観写生」「花鳥諷詠」を提唱したことでも知られる。 伊予尋常中学校時代、後に子規の高弟として高浜虚子と並び称される河東碧梧桐と同級になり、その縁で正岡子規に兄事し、俳句を教わった。 『ホトトギス』を引き継いだ後は俳句だけでなく和歌、散文などを加えて俳句文芸誌として再出発し、 夏目漱石の小説『吾輩は猫である』『坊っちゃん』を発表した事で広く知られるようになった。 1954年(昭和29年)文化勲章受章。 生涯に20万句を超える俳句を詠んだとされますが、現在活字として確認出来る句数は約2万2千句ほど。 句集に『虚子句集』『虚子俳話』、小説集・創作集に『寸紅集』(正岡子規との共編)や『鶏頭』など。 ■送料:全国一律1080円

鳥文斎栄之・初代歌川豊国 書簡 

玉英堂書店
 東京都千代田区神田神保町
385,000
2通1幅
「栄之書簡」 栄雅宛 2月27日 10行 紙面15.8×25.8糎/「豊国書簡」 鶴屋喜右衛門宛 8月27日 12行 紙面15.5×22.5糎 合装幅面142×47.5糎 桐箱入 鳥文斎栄之書簡『栄雅君 栄之 余寒退兼候へ共 御勇勝被為入奉敬候 然者明廿八日稲荷祭 相催申候尤茶番はやめ 唯大呑斗候にて御座候間 御出被下度奉存候 一寸此段お志らせ申度 早々頓首  二月廿七日』 /歌川豊国書簡『昨日は参上仕御地走にあづかり 忝奉存候然者其節鶴様 御事御心よろしく御座候や御案じ 申度間一寸御用だい御きき申上度 何卒御きかせ可被下候扨又其せつ 千本桜種本遣はし可被下候又々 あとの下画加筆申候度比段よしなに  八月廿七日  尚々  御内室様江山々宜御つたへ可被下候 御頼申上候  鶴屋喜右衛門様  豊国』/《鳥文斎栄之》(宝暦六1756~文政十二1829)江戸中・後期の旗本・浮世絵師。本名細田時富。細田家は禄高五百石の直参旗本で、祖父は勘定奉行を勤めた。絵は狩野栄川・文龍斎に学び、天明年間から旗本身分のまま浮世絵師として活動。十二頭身と表現される長身の全身像に独自の様式を確立、隠居後は専ら肉筆画を手がける。/《歌川豊国》(明和六1769~文政八1825)江戸後期の浮世絵師。東洲斎写楽に代わって役者絵・美人画に名筆をふるい、幕末の浮世絵界を独占するかのような勢いを示した。歌川豊春の門にはいり、のち鳥居清長・喜多川歌麿などの特色を巧みに融和させた美人画を描いた。役者絵は、勝川春英と写楽の特色を融合した作風をもって世に迎えられ、好評を博して一躍役者絵の大家として位置づけられた。
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385,000
、2通1幅
「栄之書簡」 栄雅宛 2月27日 10行 紙面15.8×25.8糎/「豊国書簡」 鶴屋喜右衛門宛 8月27日 12行 紙面15.5×22.5糎 合装幅面142×47.5糎 桐箱入 鳥文斎栄之書簡『栄雅君 栄之 余寒退兼候へ共 御勇勝被為入奉敬候 然者明廿八日稲荷祭 相催申候尤茶番はやめ 唯大呑斗候にて御座候間 御出被下度奉存候 一寸此段お志らせ申度 早々頓首  二月廿七日』 /歌川豊国書簡『昨日は参上仕御地走にあづかり 忝奉存候然者其節鶴様 御事御心よろしく御座候や御案じ 申度間一寸御用だい御きき申上度 何卒御きかせ可被下候扨又其せつ 千本桜種本遣はし可被下候又々 あとの下画加筆申候度比段よしなに  八月廿七日  尚々  御内室様江山々宜御つたへ可被下候 御頼申上候  鶴屋喜右衛門様  豊国』/《鳥文斎栄之》(宝暦六1756~文政十二1829)江戸中・後期の旗本・浮世絵師。本名細田時富。細田家は禄高五百石の直参旗本で、祖父は勘定奉行を勤めた。絵は狩野栄川・文龍斎に学び、天明年間から旗本身分のまま浮世絵師として活動。十二頭身と表現される長身の全身像に独自の様式を確立、隠居後は専ら肉筆画を手がける。/《歌川豊国》(明和六1769~文政八1825)江戸後期の浮世絵師。東洲斎写楽に代わって役者絵・美人画に名筆をふるい、幕末の浮世絵界を独占するかのような勢いを示した。歌川豊春の門にはいり、のち鳥居清長・喜多川歌麿などの特色を巧みに融和させた美人画を描いた。役者絵は、勝川春英と写楽の特色を融合した作風をもって世に迎えられ、好評を博して一躍役者絵の大家として位置づけられた。

徳力富吉郎 木版画 色紙 全7枚『散華 忍辱の組』

アブストラクト古書店
 京都府八幡市男山指月
24,800
徳力富吉郎=版画 高田好胤=題字、解説、昭和61年頃
桐箱入。解説1枚付属。
解説に経年による小シミ・小ジワ、保護紙に小ジワ、色紙に若干の反りが有ります。

●色紙サイズ:(約)27x24cm 桐箱サイズ:(約)30.6x27.6cm

●概要
小倉遊亀、高山辰雄、高田誠、田村孝之介、池田遥邨、岩田正己、加山又造の各氏による原画をもとに、
徳力富吉郎が伝統木版の技法により美しく摺り上げた作品集。

散華は仏教儀式において蓮などの花びらを散じて仏を供養することであり、
天武天皇1300年玉忌供養の散華にあたって、日本画壇を代表する巨匠たちによる紙製蓮弁の図案を、
京都版画の名匠ならではの優れた技術で色紙に表現した格調高い内容。

●徳力富吉郎(とくりき とみきちろう,1902-2000)
京都を代表する版画家・日本画家。
西本願寺絵所を代々預かる御用絵師の家系12代目として生まれた。
伝統的な日本画と木版技法を基盤にしながら、近代的な創作版画運動を京都で切り拓いた。
京都市立美術工芸学校を首席で卒業後、土田麦僊や山元春挙に学び日本画で頭角を現す。
1928年、平塚運一の講習会を契機に木版画へ転向し、翌年には平塚運一・棟方志功らと同人誌『版』を創刊。
京都創作版画協会の設立などを通じて、京都の創作版画界を牽引。
戦後は版画制作所「版元まつ九)を設立し、自刻自摺の芸術版画と大衆版画の両立、後進の育成、産業としての版画普及に尽力。
仏教版画や西本願寺関連作品も多く、1972年には聖人足跡版画集を制作。
作風は、伝統的木版技法に昭和的モダン感覚を融合させた点に特色があり、特に『京都名所』や風景版画で高い評価を得る。
茶道・古版画研究・随筆などにも通じた多才な文化人でもあった。
勲四等瑞宝章、京都市文化功労賞、京都府文化賞特別功労賞を受賞。

現在も「京都徳力版画館 」などを通じ、京都文化を伝える版画家として親しまれています。

■送料:全国一律1280円
●商品の価格や重量に応じ、日本郵便のゆうメール, ゆうパケット, レターパック, ゆうパックのいずれかで発送いたします。 ●弊店は適格請求書発行事業者です。インボイス制度対応の書類を発行いたします。 ●原則、先払いをお願いしておりますが、公費購入(後払い)も承っております。 ●海外発送にも対応しております。 (米国宛発送につきましては、米国の通関制度に基づき、関税・通関手数料等が発生する場合があります。 該当する費用は、送料をご請求する際に、送料とあわせて合計金額をご案内いたします)
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24,800
徳力富吉郎=版画 高田好胤=題字、解説 、昭和61年頃
桐箱入。解説1枚付属。 解説に経年による小シミ・小ジワ、保護紙に小ジワ、色紙に若干の反りが有ります。 ●色紙サイズ:(約)27x24cm 桐箱サイズ:(約)30.6x27.6cm ●概要 小倉遊亀、高山辰雄、高田誠、田村孝之介、池田遥邨、岩田正己、加山又造の各氏による原画をもとに、 徳力富吉郎が伝統木版の技法により美しく摺り上げた作品集。 散華は仏教儀式において蓮などの花びらを散じて仏を供養することであり、 天武天皇1300年玉忌供養の散華にあたって、日本画壇を代表する巨匠たちによる紙製蓮弁の図案を、 京都版画の名匠ならではの優れた技術で色紙に表現した格調高い内容。 ●徳力富吉郎(とくりき とみきちろう,1902-2000) 京都を代表する版画家・日本画家。 西本願寺絵所を代々預かる御用絵師の家系12代目として生まれた。 伝統的な日本画と木版技法を基盤にしながら、近代的な創作版画運動を京都で切り拓いた。 京都市立美術工芸学校を首席で卒業後、土田麦僊や山元春挙に学び日本画で頭角を現す。 1928年、平塚運一の講習会を契機に木版画へ転向し、翌年には平塚運一・棟方志功らと同人誌『版』を創刊。 京都創作版画協会の設立などを通じて、京都の創作版画界を牽引。 戦後は版画制作所「版元まつ九)を設立し、自刻自摺の芸術版画と大衆版画の両立、後進の育成、産業としての版画普及に尽力。 仏教版画や西本願寺関連作品も多く、1972年には聖人足跡版画集を制作。 作風は、伝統的木版技法に昭和的モダン感覚を融合させた点に特色があり、特に『京都名所』や風景版画で高い評価を得る。 茶道・古版画研究・随筆などにも通じた多才な文化人でもあった。 勲四等瑞宝章、京都市文化功労賞、京都府文化賞特別功労賞を受賞。 現在も「京都徳力版画館 」などを通じ、京都文化を伝える版画家として親しまれています。 ■送料:全国一律1280円

徳力富吉郎 木版画 色紙 全7枚『散華 布施の組』

アブストラクト古書店
 京都府八幡市男山指月
24,800
徳力富吉郎=版画 高田好胤=題字、解説、昭和61年頃
桐箱入。解説1枚付属。
解説に経年による小シミ、保護紙に小ジワ、色紙に若干の反りが有ります。

●色紙サイズ:(約)27x24cm 桐箱サイズ:(約)30.6x27.6cm

●概要
小倉遊亀、小山敬三、澤田政廣、平山郁夫、堀文子、守屋多々志、下保昭の各氏による原画をもとに、
徳力富吉郎が伝統木版の技法により美しく摺り上げた作品集。

散華は仏教儀式において蓮などの花びらを散じて仏を供養することであり、
天武天皇1300年玉忌供養の散華にあたって、日本画壇を代表する巨匠たちによる紙製蓮弁の図案を、
京都版画の名匠ならではの優れた技術で色紙に表現した格調高い内容。

●徳力富吉郎(とくりき とみきちろう,1902-2000)
京都を代表する版画家・日本画家。
西本願寺絵所を代々預かる御用絵師の家系12代目として生まれた。
伝統的な日本画と木版技法を基盤にしながら、近代的な創作版画運動を京都で切り拓いた。
京都市立美術工芸学校を首席で卒業後、土田麦僊や山元春挙に学び日本画で頭角を現す。
1928年、平塚運一の講習会を契機に木版画へ転向し、翌年には平塚運一・棟方志功らと同人誌『版』を創刊。
京都創作版画協会の設立などを通じて、京都の創作版画界を牽引。
戦後は版画制作所「版元まつ九)を設立し、自刻自摺の芸術版画と大衆版画の両立、後進の育成、産業としての版画普及に尽力。
仏教版画や西本願寺関連作品も多く、1972年には聖人足跡版画集を制作。
作風は、伝統的木版技法に昭和的モダン感覚を融合させた点に特色があり、特に『京都名所』や風景版画で高い評価を得る。
茶道・古版画研究・随筆などにも通じた多才な文化人でもあった。
勲四等瑞宝章、京都市文化功労賞、京都府文化賞特別功労賞を受賞。

現在も「京都徳力版画館 」などを通じ、京都文化を伝える版画家として親しまれています。

■送料:全国一律1280円
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徳力富吉郎=版画 高田好胤=題字、解説 、昭和61年頃
桐箱入。解説1枚付属。 解説に経年による小シミ、保護紙に小ジワ、色紙に若干の反りが有ります。 ●色紙サイズ:(約)27x24cm 桐箱サイズ:(約)30.6x27.6cm ●概要 小倉遊亀、小山敬三、澤田政廣、平山郁夫、堀文子、守屋多々志、下保昭の各氏による原画をもとに、 徳力富吉郎が伝統木版の技法により美しく摺り上げた作品集。 散華は仏教儀式において蓮などの花びらを散じて仏を供養することであり、 天武天皇1300年玉忌供養の散華にあたって、日本画壇を代表する巨匠たちによる紙製蓮弁の図案を、 京都版画の名匠ならではの優れた技術で色紙に表現した格調高い内容。 ●徳力富吉郎(とくりき とみきちろう,1902-2000) 京都を代表する版画家・日本画家。 西本願寺絵所を代々預かる御用絵師の家系12代目として生まれた。 伝統的な日本画と木版技法を基盤にしながら、近代的な創作版画運動を京都で切り拓いた。 京都市立美術工芸学校を首席で卒業後、土田麦僊や山元春挙に学び日本画で頭角を現す。 1928年、平塚運一の講習会を契機に木版画へ転向し、翌年には平塚運一・棟方志功らと同人誌『版』を創刊。 京都創作版画協会の設立などを通じて、京都の創作版画界を牽引。 戦後は版画制作所「版元まつ九)を設立し、自刻自摺の芸術版画と大衆版画の両立、後進の育成、産業としての版画普及に尽力。 仏教版画や西本願寺関連作品も多く、1972年には聖人足跡版画集を制作。 作風は、伝統的木版技法に昭和的モダン感覚を融合させた点に特色があり、特に『京都名所』や風景版画で高い評価を得る。 茶道・古版画研究・随筆などにも通じた多才な文化人でもあった。 勲四等瑞宝章、京都市文化功労賞、京都府文化賞特別功労賞を受賞。 現在も「京都徳力版画館 」などを通じ、京都文化を伝える版画家として親しまれています。 ■送料:全国一律1280円

宮武外骨自筆書簡と出版史料及肖像寫眞 プロレタリア作家細田源吉宛及舊藏品

名雲書店
 群馬県高崎市八千代町
1,100,000
桐箱入、大正10年4月15日・4月17日
【書名】 宮武外骨自筆書簡と出版史料及肖像寫眞 細田源吉宛及舊藏品
【巻冊】 一括
【成立】 大正10年4月15日・4月17日

★ 細田源吉宛二通 肖像寫眞一枚(10.6×6.3㎝)
★ 書簡/大正10(1921)年4月15日・4月17日 ペン書封筒墨書
★ 外骨が後にプロレタリア作家として活躍した細田源吉に宛てた『猥褻風俗史』と刋行直前の『一癖随筆』について記した書簡2通と外骨自筆で加筆された出版史料に細田源吉所藏の謎の肖像寫眞一枚の一括。
★ 慶應3年生まれの外骨はこの時54歳、明治24年生まれの細田源吉は30歳、親子ほどの年齢差があるが2人は出版原論の塲において強い接點を持ち細田は外骨の刋行書にも携わって、外骨に對して尊敬の念を抱いていたのではないだろうか。
★ 細田は早稻田大學英文科を卒業後、大正7年に『早稻田文學』に處女作『空骸』を發表したが細田は未だ無名時代で、この外骨の書簡の翌年、大正11年に自傳的長編小説『罪に立つ』で成功して文壇デビューを果たした。
★ 外骨はこの頃からプロレタリア文學者らと交流するようになり、特高警察からこれまで以上に執拗にマークされた。二人は國家權力から激しく原論を彈圧され、細田は昭和7年に治安維持法違反で逮捕檢舉され拷問により持病が惡化して半身不随となり思想の轉向を豫儀なくされた。小林多喜二の事件は翌年の昭和8年2月20日である。外骨は疎開先の八王子でも常に特高に見張られていたらしい。
★ 『一癖随筆』ノ「カリズリ」三頁表(和紙摺)が一葉同封されていて、外骨の自筆と考えられる朱筆が加えられている。「宮武外骨編著輯述新刊豫報」一枚も同封され『一癖随筆』の第一號の日附に朱の訂正がある。     
★ 書簡に添えられていた、冩眞師井谷豐三製の鶏卵寫眞は20代後半とぽぼしき青年である。そこに外骨の記名は無いが、細田が外骨の書簡と共に白い絹の風呂敷に包んで大切に所藏していたようである。
★ 井谷豐三は明治20年代は「上野仲町角」で營業していたが、明治30年9月に「神田表神保町」に移轉した記録があり年代的に合致する。
★ 寫眞は羽織の青年が頭蓋骨の頭頂部を左手に顔面下部を右手に持つ竒怪な寫眞で常に骸骨をモチーフとし骨のコレクターでもあった外骨らしいブラックユーモアーに溢れた寫眞である。
★ 表示されている税込金額の横にカッコ内で示されている送料は必ずしも一致しませんのでご注意ください。 ★ 迅速丁寧な発送を心懸けております。 ★ 海外発送も迅速に対応いたします。 ★ ご注文はインターネットからではなくても、電話・ファックス・ハガキ等でも承ります。ご遠慮なくお申しつけください。 ★ クレジット決済のお客様は別途クレジット決済が行えるメールを送料込み金額確定後にお送りいたします。 ★ 代引きをご希望のお客様はご注文時にお知らせいただくと迅速に発送いたします。
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クレジットカード使用可 銀行振込可 代引き可 公費可 海外発送可
1,100,000
桐箱入 、大正10年4月15日・4月17日
【書名】 宮武外骨自筆書簡と出版史料及肖像寫眞 細田源吉宛及舊藏品 【巻冊】 一括 【成立】 大正10年4月15日・4月17日 ★ 細田源吉宛二通 肖像寫眞一枚(10.6×6.3㎝) ★ 書簡/大正10(1921)年4月15日・4月17日 ペン書封筒墨書 ★ 外骨が後にプロレタリア作家として活躍した細田源吉に宛てた『猥褻風俗史』と刋行直前の『一癖随筆』について記した書簡2通と外骨自筆で加筆された出版史料に細田源吉所藏の謎の肖像寫眞一枚の一括。 ★ 慶應3年生まれの外骨はこの時54歳、明治24年生まれの細田源吉は30歳、親子ほどの年齢差があるが2人は出版原論の塲において強い接點を持ち細田は外骨の刋行書にも携わって、外骨に對して尊敬の念を抱いていたのではないだろうか。 ★ 細田は早稻田大學英文科を卒業後、大正7年に『早稻田文學』に處女作『空骸』を發表したが細田は未だ無名時代で、この外骨の書簡の翌年、大正11年に自傳的長編小説『罪に立つ』で成功して文壇デビューを果たした。 ★ 外骨はこの頃からプロレタリア文學者らと交流するようになり、特高警察からこれまで以上に執拗にマークされた。二人は國家權力から激しく原論を彈圧され、細田は昭和7年に治安維持法違反で逮捕檢舉され拷問により持病が惡化して半身不随となり思想の轉向を豫儀なくされた。小林多喜二の事件は翌年の昭和8年2月20日である。外骨は疎開先の八王子でも常に特高に見張られていたらしい。 ★ 『一癖随筆』ノ「カリズリ」三頁表(和紙摺)が一葉同封されていて、外骨の自筆と考えられる朱筆が加えられている。「宮武外骨編著輯述新刊豫報」一枚も同封され『一癖随筆』の第一號の日附に朱の訂正がある。      ★ 書簡に添えられていた、冩眞師井谷豐三製の鶏卵寫眞は20代後半とぽぼしき青年である。そこに外骨の記名は無いが、細田が外骨の書簡と共に白い絹の風呂敷に包んで大切に所藏していたようである。 ★ 井谷豐三は明治20年代は「上野仲町角」で營業していたが、明治30年9月に「神田表神保町」に移轉した記録があり年代的に合致する。 ★ 寫眞は羽織の青年が頭蓋骨の頭頂部を左手に顔面下部を右手に持つ竒怪な寫眞で常に骸骨をモチーフとし骨のコレクターでもあった外骨らしいブラックユーモアーに溢れた寫眞である。

諫暁神明記 佛性院日奧真筆 宗祖日蓮の純粹を守った反骨の導師、日奧が配流先の対馬で慶長九年に記した『諫暁神明記』

名雲書店
 群馬県高崎市八千代町
5,500,000
佛性院日奧眞筆、慶長九年甲辰仲秋之此於對馬宮谷草菴撰之
■商品詳細

【書名】 諌暁神明記
【巻冊】 二巻
【著者】 佛性院日奧眞筆
【成立】 慶長九年甲辰仲秋之此於對馬宮谷草菴撰之

★ 紙髙33㎝。上巻/1280㎝。下巻/1350㎝。桐箱入。
★ 日蓮宗不受不施派祖、佛性院日奧も自筆文書。日奧自ら「諫暁神明記」と立題する。
★ 「不受不施こそが、法華經行者の眞の姿である。宗祖日蓮聖人の求められた不屈も生き方である」と、宗祖日蓮の純粹を守った反骨の導師、日奧眞筆の『諫暁神明記』。
★ 慶長四年、徳川家康によって對馬へ流罪に處され、流罪から約五年めの慶長九年秋、日奧40歳の時、對馬宮谷の草菴にて書き上げた総延長26㍍に及ぶ巻子本の大作。本書は裏打表装されており、下巻の巻頭に日奧聖人の眞筆と認める「日奧尊師六代之末弟本事院日観」が、おそらくは一巻だった本書をあまりに長いため上下二巻の構成に改め、江戸中期頃に表装したものと考えられる。
★ 『諫暁神明記』は『萬代龜鏡録』の中で飜印される。それと照合してみると本紙を切り抜いて削除した部分がそのまま反映されている。
★ 本書にいくつかある「私云」とする日奧の注記は飜印には無い。飜印と上下構成が若干異なり、本文はその分量からおそらくは完存していると思われるが、下巻は後半を除いた順不同の箇所がある。
★ 文禄4(1595)年に、豐臣秀吉が發願した大佛千僧供養への出仕の可否をめぐって、京都日蓮宗内に諺施受不受の問題が惹起したのに端を發し、あくまで不受不施という宗義の遵守を強く主張した妙覺寺の日奧が、秀吉歿後、家康による大坂城での供養會への出仕も拒否したため家康の怒りをかって對馬流罪に處された。在島13年の後、日奧の熱心な信者である柳川豐前守調信らの盡力により慶長17年に赦免され京に還住した。しかし間もなく身延山を根拠とする日重の系譜をつぐ關西諸山と、池上本門寺を中心とする關東諸山の間に再び不受不施論が起こり決裂した。
★ 寛永7年2月21日兩者を江戸城で對論させたが、その裁決は家康の意向により斷ぜられ、關東諸山は敗論とし、これに出席した池上同心の諸師、日樹・日賢・日弘・日領・日充・日進らは邪義として吉利支丹同樣に彈圧され流罪となり、日奧は再び對馬に流罪とした。
★ 元和2年3月2日、板倉勝重により妙覺寺本坊に移りそこで追記を書き上げ巻末に添え本書を校了か。
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佛性院日奧眞筆 、慶長九年甲辰仲秋之此於對馬宮谷草菴撰之
■商品詳細 【書名】 諌暁神明記 【巻冊】 二巻 【著者】 佛性院日奧眞筆 【成立】 慶長九年甲辰仲秋之此於對馬宮谷草菴撰之 ★ 紙髙33㎝。上巻/1280㎝。下巻/1350㎝。桐箱入。 ★ 日蓮宗不受不施派祖、佛性院日奧も自筆文書。日奧自ら「諫暁神明記」と立題する。 ★ 「不受不施こそが、法華經行者の眞の姿である。宗祖日蓮聖人の求められた不屈も生き方である」と、宗祖日蓮の純粹を守った反骨の導師、日奧眞筆の『諫暁神明記』。 ★ 慶長四年、徳川家康によって對馬へ流罪に處され、流罪から約五年めの慶長九年秋、日奧40歳の時、對馬宮谷の草菴にて書き上げた総延長26㍍に及ぶ巻子本の大作。本書は裏打表装されており、下巻の巻頭に日奧聖人の眞筆と認める「日奧尊師六代之末弟本事院日観」が、おそらくは一巻だった本書をあまりに長いため上下二巻の構成に改め、江戸中期頃に表装したものと考えられる。 ★ 『諫暁神明記』は『萬代龜鏡録』の中で飜印される。それと照合してみると本紙を切り抜いて削除した部分がそのまま反映されている。 ★ 本書にいくつかある「私云」とする日奧の注記は飜印には無い。飜印と上下構成が若干異なり、本文はその分量からおそらくは完存していると思われるが、下巻は後半を除いた順不同の箇所がある。 ★ 文禄4(1595)年に、豐臣秀吉が發願した大佛千僧供養への出仕の可否をめぐって、京都日蓮宗内に諺施受不受の問題が惹起したのに端を發し、あくまで不受不施という宗義の遵守を強く主張した妙覺寺の日奧が、秀吉歿後、家康による大坂城での供養會への出仕も拒否したため家康の怒りをかって對馬流罪に處された。在島13年の後、日奧の熱心な信者である柳川豐前守調信らの盡力により慶長17年に赦免され京に還住した。しかし間もなく身延山を根拠とする日重の系譜をつぐ關西諸山と、池上本門寺を中心とする關東諸山の間に再び不受不施論が起こり決裂した。 ★ 寛永7年2月21日兩者を江戸城で對論させたが、その裁決は家康の意向により斷ぜられ、關東諸山は敗論とし、これに出席した池上同心の諸師、日樹・日賢・日弘・日領・日充・日進らは邪義として吉利支丹同樣に彈圧され流罪となり、日奧は再び對馬に流罪とした。 ★ 元和2年3月2日、板倉勝重により妙覺寺本坊に移りそこで追記を書き上げ巻末に添え本書を校了か。

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