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「江戸後期写」の検索結果
461件

新田源道純筆画幅

名雲書店
 群馬県高崎市八千代町
33,000
■商品詳細

【書名】 新田源道純筆画幅
【巻冊】 一幅
【著者】 
【成立】 江戸後期寫

★ 軸長/162㎝
★ 紙本/95×28.5㎝

★ 新田道純=岩松道純(いわまつ みちずみ、寛政9年12月14日(1798年1月30日) - 嘉永7年7月20日(1854年8月13日))は、江戸時代後期の交代寄合旗本。岩松氏の当主。幼名は左男寿丸、通称は岩松満次郎、兵部、主税。上野国新田郡下田嶋領主・岩松徳純の長男。母は成瀬政成の娘。兄弟に立花義勝(立花種福養子)、岩松義裕(岩松俊英養子)、立花直顕(立花種禄養子)、岩井義一(岩井宅幸養子、のちに帰家)。

★ 正室は中山主馬信泰の二女。子は新田俊純。
★ 表示されている税込金額の横にカッコ内で示されている送料は必ずしも一致しませんのでご注意ください。 ★ 迅速丁寧な発送を心懸けております。 ★ 海外発送も迅速に対応いたします。 ★ ご注文はインターネットからではなくても、電話・ファックス・ハガキ等でも承ります。ご遠慮なくお申しつけください。 ★ クレジット決済のお客様は別途クレジット決済が行えるメールを送料込み金額確定後にお送りいたします。 ★ 代引きをご希望のお客様はご注文時にお知らせいただくと迅速に発送いたします。
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33,000
■商品詳細 【書名】 新田源道純筆画幅 【巻冊】 一幅 【著者】  【成立】 江戸後期寫 ★ 軸長/162㎝ ★ 紙本/95×28.5㎝ ★ 新田道純=岩松道純(いわまつ みちずみ、寛政9年12月14日(1798年1月30日) - 嘉永7年7月20日(1854年8月13日))は、江戸時代後期の交代寄合旗本。岩松氏の当主。幼名は左男寿丸、通称は岩松満次郎、兵部、主税。上野国新田郡下田嶋領主・岩松徳純の長男。母は成瀬政成の娘。兄弟に立花義勝(立花種福養子)、岩松義裕(岩松俊英養子)、立花直顕(立花種禄養子)、岩井義一(岩井宅幸養子、のちに帰家)。 ★ 正室は中山主馬信泰の二女。子は新田俊純。

加越能国事昌披問答 1冊

あがたの森書房
 京都府京都市左京区浄土寺西田町
30,800 (送料:¥430~)
江戸後期写 邑港軒蒙鳩子撰 宝暦3年序 125丁
23.1×17.4種 【状態】表紙疵、少虫損(文字欠損あり)
加賀、越前、能登の地誌、史書。国事に関する故事来歴や、昔の家臣らの事績について古老に尋ねたもので、問答形式で記されている。
一部の問いを抜き出すと、「高岡瑞龍寺御建立は何頃よりに候哉」「
定番馬廻定番徒定番足軽なとど云事古来より有之義二候哉」「京都河原町御屋敷ハ何之為何頃より之事に候哉」「綱紀公能州瀧谷妙成寺え御[陰]駕被遊候ハ何故何頃二候哉」「御書物書写役被召出候事何頃二候哉」などがある。
送料 ①レターパック 全国一律430円 ②ヤマト宅配便 全国一律800円 ③古書目録の価格は送料込みの値段を表示
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30,800 (送料:¥430~)
江戸後期写 邑港軒蒙鳩子撰 宝暦3年序 125丁 23.1×17.4種 【状態】表紙疵、少虫損(文字欠損あり) 加賀、越前、能登の地誌、史書。国事に関する故事来歴や、昔の家臣らの事績について古老に尋ねたもので、問答形式で記されている。 一部の問いを抜き出すと、「高岡瑞龍寺御建立は何頃よりに候哉」「 定番馬廻定番徒定番足軽なとど云事古来より有之義二候哉」「京都河原町御屋敷ハ何之為何頃より之事に候哉」「綱紀公能州瀧谷妙成寺え御[陰]駕被遊候ハ何故何頃二候哉」「御書物書写役被召出候事何頃二候哉」などがある。
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武家故実関係書(04の089)

臥遊堂
 東京都千代田区神田小川町3-7-16
600,000
二十三冊 江戸後期写 上寺古鎧記/山中長瓊本の天明三年写・湯元本に貞丈による朱書多数 西行法師馬術伝/大阪府一写本 鷹方之次第/神宮一写本 貞順記/上巻のみ、朱など書陵部写本に同じ 多羅枝故実/信州小笠原本、貞丈による朱書多数、京都の小笠原と少異 出陣之聞書/貞丈による朱書多数 伊勢貞久武雑記/貞春の朱跋、書陵部写本に同じ 笠懸聞書/永正九年道春、朱入 矢取拵手綱服帯染様之事・犬追物検見日記・軍中故実・弓馬秘説/寛政頃貞春写 寸法雑々/天正九年伊勢如芸 軍法抄/永正二年貞忠 ほか五十嵐文庫印
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クレジットカード使用可 銀行振込可 代引き不可 公費可 海外発送不可
600,000
二十三冊 江戸後期写 上寺古鎧記/山中長瓊本の天明三年写・湯元本に貞丈による朱書多数 西行法師馬術伝/大阪府一写本 鷹方之次第/神宮一写本 貞順記/上巻のみ、朱など書陵部写本に同じ 多羅枝故実/信州小笠原本、貞丈による朱書多数、京都の小笠原と少異 出陣之聞書/貞丈による朱書多数 伊勢貞久武雑記/貞春の朱跋、書陵部写本に同じ 笠懸聞書/永正九年道春、朱入 矢取拵手綱服帯染様之事・犬追物検見日記・軍中故実・弓馬秘説/寛政頃貞春写 寸法雑々/天正九年伊勢如芸 軍法抄/永正二年貞忠 ほか五十嵐文庫印

客中証案 巻之一 高野長英著

名雲書店
 群馬県高崎市八千代町
220,000
高野長英著、江戸後期寫
■商品詳細

【書名】 客中証案 巻之一
【巻冊】 大本一册
【著者】 高野長英著
【成立】 江戸後期寫

★ 高野長英ガ肥前諫早・柳河・筑後久留米・長州赤馬關・周防加賀・防州三田尻・防州宮市の各地で醫療を行い、九四人の患者の名前と年齡、病状及症状とその治療法と處方などを詳細に記した臨床治驗録。

★ 京都大學附属圖書館に富士川游舊藏の孤本が存在する。富士川本は上中下巻を一册にした合本である。本書は巻之一のみであるが、富士川本と比較すると、上巻は全て収録され、更に中巻の16丁め迄を収録する。

★ 富士川本とは行數などが全く異なり書寫の原本が異なると考えられる。

★ 富士川本よりやや大振りで達筆な精寫本である。46丁。
★ 表示されている税込金額の横にカッコ内で示されている送料は必ずしも一致しませんのでご注意ください。 ★ 迅速丁寧な発送を心懸けております。 ★ 海外発送も迅速に対応いたします。 ★ ご注文はインターネットからではなくても、電話・ファックス・ハガキ等でも承ります。ご遠慮なくお申しつけください。 ★ クレジット決済のお客様は別途クレジット決済が行えるメールを送料込み金額確定後にお送りいたします。 ★ 代引きをご希望のお客様はご注文時にお知らせいただくと迅速に発送いたします。
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220,000
高野長英著 、江戸後期寫
■商品詳細 【書名】 客中証案 巻之一 【巻冊】 大本一册 【著者】 高野長英著 【成立】 江戸後期寫 ★ 高野長英ガ肥前諫早・柳河・筑後久留米・長州赤馬關・周防加賀・防州三田尻・防州宮市の各地で醫療を行い、九四人の患者の名前と年齡、病状及症状とその治療法と處方などを詳細に記した臨床治驗録。 ★ 京都大學附属圖書館に富士川游舊藏の孤本が存在する。富士川本は上中下巻を一册にした合本である。本書は巻之一のみであるが、富士川本と比較すると、上巻は全て収録され、更に中巻の16丁め迄を収録する。 ★ 富士川本とは行數などが全く異なり書寫の原本が異なると考えられる。 ★ 富士川本よりやや大振りで達筆な精寫本である。46丁。

筑後国柳川城図

今井書店
 福岡県北九州市八幡東区祝町
198,000 (送料:¥0~)
不明、六八×八〇㎝
江戸後期写 彩色筆写 保存良 北及び東方に広がる南筑後平野を抑え、肥前に対する要衝の地に築かれた柳川城の図。戦国時代に蒲池氏によって築かれ、竜造寺氏・立花宗茂と城主は変わり、関ヶ原合戦後田中吉政が入城、大々的に改修整備した。田中氏改易後、再び立花氏の居城となり明治維新まで続く。本図を見ると東方より南北方向へ導水路を兼ねた掘割を通して外堀とし、三つの橋を架け、その中に城郭・家中屋敷・蔵屋敷・町人町・村を配置する。城の中堀の東側に真正寺・弓鉄砲同心屋敷、北側に辻門橋・侍屋敷、その南に内堀によって区画された本丸・二の丸が描かれる。本城は明治五年、失火により焼失したが、本図により往事の柳川城及びその城下の様子がわかる。
全品送料込・税込   (代金引換便・海外便は送料無料対象外)  配送方法は原則追跡番号のあるお任せになります。   We provide worldwide service.  火曜日定休   記載のない付図・附録・正誤表等の付属品が必要な方は個別にお問い合わせ下さい。 0頁は頁数の記載なしです。 領収書(pdfのみ)が必要な場合は事前にその旨をお申し出ください。 インボイス対応。
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クレジットカード使用可 銀行振込可 代引き可 公費可 海外発送可 適格請求
198,000 (送料:¥0~)
、不明 、六八×八〇㎝
江戸後期写 彩色筆写 保存良 北及び東方に広がる南筑後平野を抑え、肥前に対する要衝の地に築かれた柳川城の図。戦国時代に蒲池氏によって築かれ、竜造寺氏・立花宗茂と城主は変わり、関ヶ原合戦後田中吉政が入城、大々的に改修整備した。田中氏改易後、再び立花氏の居城となり明治維新まで続く。本図を見ると東方より南北方向へ導水路を兼ねた掘割を通して外堀とし、三つの橋を架け、その中に城郭・家中屋敷・蔵屋敷・町人町・村を配置する。城の中堀の東側に真正寺・弓鉄砲同心屋敷、北側に辻門橋・侍屋敷、その南に内堀によって区画された本丸・二の丸が描かれる。本城は明治五年、失火により焼失したが、本図により往事の柳川城及びその城下の様子がわかる。
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與青山總裁書 藤田東湖自筆本

名雲書店
 群馬県高崎市八千代町
275,000
藤田東湖、江戸後期寫
■商品詳細

【書名】 與青山總裁書 藤田東湖自筆本
【巻冊】 大一册
【著者】 藤田東湖
【成立】 江戸後期寫

★ 共桐箱ニ「東湖先生遺墨」「鐵擔延壽題/時年八十」と記
★ 箱蓋裏ニ「小吹才一郎藏之」と記
★ 桐箱の大きさ/29.7×21.6㎝
★ 序文四丁・本文一三丁
★ 藤田東湖が江戸の彰考館總裁青山雲龍(青山延于)に差し上げたる渾身の一本。
★ 末尾に「神州之正氣者豈不亦盛哉」と記す。
★ 藤田東湖の自筆本『許々路廼阿登』(こころのあと)が東湖の次男の藤田健(健次郎)により私家版として明治24年に原本のまま覆刻出版されている。それと照らし合わせると筆蹟の癖と特徴は同じと觀ていいと思われる。
★ 東湖は安政2年10月2日の安政の大地震で母を救うため屋敷に入って圧死してしまった。東湖の長男は早世しており次男の健次郎が家督を繼いだ。健次郎は當時中奧小姓の職にあり萬延元年には同心頭から目付へと進み文久3年には彰考館教授となった。
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275,000
藤田東湖 、江戸後期寫
■商品詳細 【書名】 與青山總裁書 藤田東湖自筆本 【巻冊】 大一册 【著者】 藤田東湖 【成立】 江戸後期寫 ★ 共桐箱ニ「東湖先生遺墨」「鐵擔延壽題/時年八十」と記 ★ 箱蓋裏ニ「小吹才一郎藏之」と記 ★ 桐箱の大きさ/29.7×21.6㎝ ★ 序文四丁・本文一三丁 ★ 藤田東湖が江戸の彰考館總裁青山雲龍(青山延于)に差し上げたる渾身の一本。 ★ 末尾に「神州之正氣者豈不亦盛哉」と記す。 ★ 藤田東湖の自筆本『許々路廼阿登』(こころのあと)が東湖の次男の藤田健(健次郎)により私家版として明治24年に原本のまま覆刻出版されている。それと照らし合わせると筆蹟の癖と特徴は同じと觀ていいと思われる。 ★ 東湖は安政2年10月2日の安政の大地震で母を救うため屋敷に入って圧死してしまった。東湖の長男は早世しており次男の健次郎が家督を繼いだ。健次郎は當時中奧小姓の職にあり萬延元年には同心頭から目付へと進み文久3年には彰考館教授となった。

上州碓氷郡川浦山御用材切り出し繪巻

名雲書店
 群馬県高崎市八千代町
2,200,000
■商品詳細

【書名】 上州碓氷郡川浦山御用材切り出し繪巻
【巻冊】 一巻
【著者】 
【成立】 江戸後期寫

★ 紙髙39㎝・長さ1090㎝

★ 天保五年幕府は江戸城改築に伴う御用材として上州碓氷郡(後群馬郡、現高崎市)川浦山の欅(けやき)を大量に切り出すという事業を、地元吾妻郡大戸村の加部安左衛門と勢多郡水沼村の星野七郎右衛門を元締役に命じ敢行させた。

★ 川浦山は吾妻郡大戸村と群馬郡倉渕村の境に位置し、足かけ三年間にも及んだといわれるこの大事業は烏川の水流を巧に利用して木材を流し高崎を経て多野郡新町に送り、そこから筏に組んで利根川に合流して江戸まで運んだ。

★ この絵図は当時の一山切り出しから木材運搬までの様子が手に取るようにわかる江戸期の優れた産業図絵とも云える長巻絵図である。

★ 後に足尾に近い勢多郡水沼村の星野氏は、当時幕府が経営していた足尾銅山の吹所(精錬所)世話役として中心となってその経営にあたり、加部氏も吹所世話役六人衆に加わって足尾銅山と関わりを持つようになり、当時不況を極めていた足尾銅山救済の御用金に応じて御用商人として大きな権限や名誉が与えられたと云う。
★ 表示されている税込金額の横にカッコ内で示されている送料は必ずしも一致しませんのでご注意ください。 ★ 迅速丁寧な発送を心懸けております。 ★ 海外発送も迅速に対応いたします。 ★ ご注文はインターネットからではなくても、電話・ファックス・ハガキ等でも承ります。ご遠慮なくお申しつけください。 ★ クレジット決済のお客様は別途クレジット決済が行えるメールを送料込み金額確定後にお送りいたします。 ★ 代引きをご希望のお客様はご注文時にお知らせいただくと迅速に発送いたします。
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2,200,000
■商品詳細 【書名】 上州碓氷郡川浦山御用材切り出し繪巻 【巻冊】 一巻 【著者】  【成立】 江戸後期寫 ★ 紙髙39㎝・長さ1090㎝ ★ 天保五年幕府は江戸城改築に伴う御用材として上州碓氷郡(後群馬郡、現高崎市)川浦山の欅(けやき)を大量に切り出すという事業を、地元吾妻郡大戸村の加部安左衛門と勢多郡水沼村の星野七郎右衛門を元締役に命じ敢行させた。 ★ 川浦山は吾妻郡大戸村と群馬郡倉渕村の境に位置し、足かけ三年間にも及んだといわれるこの大事業は烏川の水流を巧に利用して木材を流し高崎を経て多野郡新町に送り、そこから筏に組んで利根川に合流して江戸まで運んだ。 ★ この絵図は当時の一山切り出しから木材運搬までの様子が手に取るようにわかる江戸期の優れた産業図絵とも云える長巻絵図である。 ★ 後に足尾に近い勢多郡水沼村の星野氏は、当時幕府が経営していた足尾銅山の吹所(精錬所)世話役として中心となってその経営にあたり、加部氏も吹所世話役六人衆に加わって足尾銅山と関わりを持つようになり、当時不況を極めていた足尾銅山救済の御用金に応じて御用商人として大きな権限や名誉が与えられたと云う。

有職之部 田樂考・鎧著初今時略式・武藏鎧辨・片口銚子乃事・菅像辨 和學所舊藏本

名雲書店
 群馬県高崎市八千代町
77,000
安永九年
■商品詳細

【書名】 有職之部 田樂考・鎧著初今時略式・武藏鎧辨・片口銚子乃事・菅像辨
【巻冊】 大一册
【著者】 伊勢平藏貞丈書
【成立】 江戸後期寫

★ 53丁
★ 和學所=和学講談所 
★ 1793年(寛政5)塙保己一(はなわほきいち)が幕府に申請して創設した学舎。和学ことに国史、律令(りつりょう)を講じ、多くの国書を校訂、編纂(へんさん)した。林大学頭(はやしだいがくのかみ)の支配下に属し、江戸麹町(こうじまち)六番町に用地を給せられて建設、別に町屋敷を下付されてその上納金を諸経費にあてた。そこで保己一は門人の中山信名(のぶな)、屋代弘賢(やしろひろかた)らとともに、以前から着手していた正続1680巻に及ぶ古文献の集大成『群書類従』の収集校訂を続行、また宇多(うだ)天皇即位より徳川家康就任に至る『史料』、武家の制度に関する『武家名目(みょうもく)抄』などの編集に努めた。1821年(文政4)保己一死後は子忠宝(ただとみ)が継ぎ、62年(文久2)忠宝死後はその子忠韻(ただつぐ)が継いでともに講習、編纂事業を続行し、職制なども徐々に整ったが、幕末争乱期に至って事業は衰退、維新となって68年(明治1)6月に廃止され、その史料、稿本類は明治政府の修史局に引き継がれた。しかし、漢学の学問所のみが各地に存在し、また国学としては本居宣長(もとおりのりなが)が全盛であった時代に、このような学問所が開かれた意義は大きく、とくにその修史事業は後世に多大の貢献をなしている。
★ 表示されている税込金額の横にカッコ内で示されている送料は必ずしも一致しませんのでご注意ください。 ★ 迅速丁寧な発送を心懸けております。 ★ 海外発送も迅速に対応いたします。 ★ ご注文はインターネットからではなくても、電話・ファックス・ハガキ等でも承ります。ご遠慮なくお申しつけください。 ★ クレジット決済のお客様は別途クレジット決済が行えるメールを送料込み金額確定後にお送りいたします。 ★ 代引きをご希望のお客様はご注文時にお知らせいただくと迅速に発送いたします。
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77,000
、安永九年
■商品詳細 【書名】 有職之部 田樂考・鎧著初今時略式・武藏鎧辨・片口銚子乃事・菅像辨 【巻冊】 大一册 【著者】 伊勢平藏貞丈書 【成立】 江戸後期寫 ★ 53丁 ★ 和學所=和学講談所  ★ 1793年(寛政5)塙保己一(はなわほきいち)が幕府に申請して創設した学舎。和学ことに国史、律令(りつりょう)を講じ、多くの国書を校訂、編纂(へんさん)した。林大学頭(はやしだいがくのかみ)の支配下に属し、江戸麹町(こうじまち)六番町に用地を給せられて建設、別に町屋敷を下付されてその上納金を諸経費にあてた。そこで保己一は門人の中山信名(のぶな)、屋代弘賢(やしろひろかた)らとともに、以前から着手していた正続1680巻に及ぶ古文献の集大成『群書類従』の収集校訂を続行、また宇多(うだ)天皇即位より徳川家康就任に至る『史料』、武家の制度に関する『武家名目(みょうもく)抄』などの編集に努めた。1821年(文政4)保己一死後は子忠宝(ただとみ)が継ぎ、62年(文久2)忠宝死後はその子忠韻(ただつぐ)が継いでともに講習、編纂事業を続行し、職制なども徐々に整ったが、幕末争乱期に至って事業は衰退、維新となって68年(明治1)6月に廃止され、その史料、稿本類は明治政府の修史局に引き継がれた。しかし、漢学の学問所のみが各地に存在し、また国学としては本居宣長(もとおりのりなが)が全盛であった時代に、このような学問所が開かれた意義は大きく、とくにその修史事業は後世に多大の貢献をなしている。

岩淵夜話 寫本

名雲書店
 群馬県高崎市八千代町
11,000
大道寺友山著、江戸後期寫
■商品詳細

【書名】 岩淵夜話 寫本
【巻冊】 半紙判一册
【著者】 大道寺友山著
【成立】 江戸後期寫

★ 38丁

★ 岩淵夜話は江戸時代中期に大道寺友山が著述したものであり、徳川家康の事跡についての説話がほぼ年代順に展開している。 写本は国立公文書館内閣文庫にも幾つかあるが各説話のタイトルは無く、一つ書きで書かれ巻なども分かれていない写本が多い。 但し同文庫の糟粕集(217-0028)に納められた2分冊には巻があり、初めの分冊は1-2巻、31話からなる家康の出生から関東入国前までを含み、後の分冊は3-5巻として36話からなり、関東入国から関が原前後、大坂夏の陣の終り迄の大御所時代の説話を含んでいる。 

★ 家康の事跡や講話を通して武士道を伝えようとする友山の意図が良く著わされており、落穂集、駿河土産にある説話と同じものも幾つかある。
   
★ 岩淵夜話の成立は何れの写本にも記録がないが、友山の他の著書である落穂集や駿河土産、越叟夜話等に比べて最も早い時期に成立したと推定される。 理由は大道寺友山が会津藩に仕官して落度ありと追放されたのが元禄十三年(1700)で、その後武州岩淵(現東京都北区)に寓居した時に著わしたものが岩淵夜話と云われる。 更にその後正徳四年(1714)には福井藩に仕官して、その三年後隠居して1726年に没するまでに、駿河土産、越叟夜話、落穂集など著わしたようである。 写本に著述年月日の入っているのは越叟夜話と落穂集のみで、落穂集は友山の集大成の様であり、最晩年の著述となっている。
★ 表示されている税込金額の横にカッコ内で示されている送料は必ずしも一致しませんのでご注意ください。 ★ 迅速丁寧な発送を心懸けております。 ★ 海外発送も迅速に対応いたします。 ★ ご注文はインターネットからではなくても、電話・ファックス・ハガキ等でも承ります。ご遠慮なくお申しつけください。 ★ クレジット決済のお客様は別途クレジット決済が行えるメールを送料込み金額確定後にお送りいたします。 ★ 代引きをご希望のお客様はご注文時にお知らせいただくと迅速に発送いたします。
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大道寺友山著 、江戸後期寫
■商品詳細 【書名】 岩淵夜話 寫本 【巻冊】 半紙判一册 【著者】 大道寺友山著 【成立】 江戸後期寫 ★ 38丁 ★ 岩淵夜話は江戸時代中期に大道寺友山が著述したものであり、徳川家康の事跡についての説話がほぼ年代順に展開している。 写本は国立公文書館内閣文庫にも幾つかあるが各説話のタイトルは無く、一つ書きで書かれ巻なども分かれていない写本が多い。 但し同文庫の糟粕集(217-0028)に納められた2分冊には巻があり、初めの分冊は1-2巻、31話からなる家康の出生から関東入国前までを含み、後の分冊は3-5巻として36話からなり、関東入国から関が原前後、大坂夏の陣の終り迄の大御所時代の説話を含んでいる。  ★ 家康の事跡や講話を通して武士道を伝えようとする友山の意図が良く著わされており、落穂集、駿河土産にある説話と同じものも幾つかある。     ★ 岩淵夜話の成立は何れの写本にも記録がないが、友山の他の著書である落穂集や駿河土産、越叟夜話等に比べて最も早い時期に成立したと推定される。 理由は大道寺友山が会津藩に仕官して落度ありと追放されたのが元禄十三年(1700)で、その後武州岩淵(現東京都北区)に寓居した時に著わしたものが岩淵夜話と云われる。 更にその後正徳四年(1714)には福井藩に仕官して、その三年後隠居して1726年に没するまでに、駿河土産、越叟夜話、落穂集など著わしたようである。 写本に著述年月日の入っているのは越叟夜話と落穂集のみで、落穂集は友山の集大成の様であり、最晩年の著述となっている。

北海異談 巻九/十・巻十三/十四・巻十五/十六・巻十七〜廿(大尾)寫本

名雲書店
 群馬県高崎市八千代町
132,000
南豊亭永助著、江戸後期寫
■商品詳細

【書名】 北海異談 巻九/十・巻十三/十四・巻十五/十六・巻十七〜廿(大尾)寫本
【巻冊】 半紙判四册
【著者】 南豊亭永助著
【成立】 江戸後期寫

★ 『北海異談』は、文化5年(1808年)に講談師の南豊亭永助が著した前年に発生した文化露寇(フヴォストフ事件)にまつわる読本。その事件を機密扱いにしていた江戸幕府の怒りに触れ、永助は処刑されるなど関係者が処分を受けた。
★ ロシア軍が択捉島の幕府会所を襲撃した事件は幕府に衝撃を与え、この事件に関する情報を厳しく統制した。だが、実際には関係者から内外に真偽入り混じった様々な情報が流れていった。そんな中で後援者からこの事件の情報を入手した南豊亭永助がこの話は講談には向かないが小説には向くと考えて真偽織り交ぜながら20巻の本に仕上げて出版しようとした。これに気づいた幕府によって永助らは捕えられて、永助は死罪、後援者や貸本屋も遠島や追放とされた。
★ 巻1-7がアダム・ラクスマンの来航、巻8-10がニコライ・レザノフの来航、巻11以降で文化露寇を扱うが、結末は史実とは異なり若年寄の堀田摂津守の命で蝦夷地に集結した奥羽諸侯の軍が救援にかけつけ、片倉小十郎の活躍で日本が逆転勝利を収めることになっている。
★ 南豊亭永助が処刑された理由としては文化露寇に対する情報統制に引っかかったのが最大の理由ではあるが、他にも文中に掲載された書状の中に捏造されたと思われる公文書が大量に含まれていたこと、幕府が発禁処分をした林子平の『海国兵談』からの引用を含んでいたことが刑を重くしたとみられている。
★ 表示されている税込金額の横にカッコ内で示されている送料は必ずしも一致しませんのでご注意ください。 ★ 迅速丁寧な発送を心懸けております。 ★ 海外発送も迅速に対応いたします。 ★ ご注文はインターネットからではなくても、電話・ファックス・ハガキ等でも承ります。ご遠慮なくお申しつけください。 ★ クレジット決済のお客様は別途クレジット決済が行えるメールを送料込み金額確定後にお送りいたします。 ★ 代引きをご希望のお客様はご注文時にお知らせいただくと迅速に発送いたします。
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132,000
南豊亭永助著 、江戸後期寫
■商品詳細 【書名】 北海異談 巻九/十・巻十三/十四・巻十五/十六・巻十七〜廿(大尾)寫本 【巻冊】 半紙判四册 【著者】 南豊亭永助著 【成立】 江戸後期寫 ★ 『北海異談』は、文化5年(1808年)に講談師の南豊亭永助が著した前年に発生した文化露寇(フヴォストフ事件)にまつわる読本。その事件を機密扱いにしていた江戸幕府の怒りに触れ、永助は処刑されるなど関係者が処分を受けた。 ★ ロシア軍が択捉島の幕府会所を襲撃した事件は幕府に衝撃を与え、この事件に関する情報を厳しく統制した。だが、実際には関係者から内外に真偽入り混じった様々な情報が流れていった。そんな中で後援者からこの事件の情報を入手した南豊亭永助がこの話は講談には向かないが小説には向くと考えて真偽織り交ぜながら20巻の本に仕上げて出版しようとした。これに気づいた幕府によって永助らは捕えられて、永助は死罪、後援者や貸本屋も遠島や追放とされた。 ★ 巻1-7がアダム・ラクスマンの来航、巻8-10がニコライ・レザノフの来航、巻11以降で文化露寇を扱うが、結末は史実とは異なり若年寄の堀田摂津守の命で蝦夷地に集結した奥羽諸侯の軍が救援にかけつけ、片倉小十郎の活躍で日本が逆転勝利を収めることになっている。 ★ 南豊亭永助が処刑された理由としては文化露寇に対する情報統制に引っかかったのが最大の理由ではあるが、他にも文中に掲載された書状の中に捏造されたと思われる公文書が大量に含まれていたこと、幕府が発禁処分をした林子平の『海国兵談』からの引用を含んでいたことが刑を重くしたとみられている。

鹽埜適齋書幅 八王子千人同心組頭

名雲書店
 群馬県高崎市八千代町
165,000
塩野轍、江戸後期寫
■商品詳細

【書名】 塩野適齋書幅 八王子千人同心組頭
【巻冊】 一幅
【著者】 鹽埜轍
【成立】 江戸後期寫

★ 軸長/178㎝
★ 紙本/107×27㎝
★ 箱
★ 落款/「鹽野/轍印」「適齋」

★ 塩野適斎=1775年- 1847年11月16日)は、八王子千人同心組頭。組頭・河西知礼の次男として生まれる。別名、河西知哲。★ 寛政3年17歳のとき、組頭・塩野光廸(鶏沢)の養子となり、通称を所左衛門といい、諱は轍、適斎と号す。
★ 1791年(寛政3年)太平真鏡流開祖・若菜豊重に入門し、拳法を塩原又太郎に、長尾某に鎌槍を学ぶ。1798年(寛政10年)に刀法免許を得ると、多くの千人同心に剣術を教えた。また1802年(享和2年)朱子学を林家の家塾へ河尻春之の紹介で入門して、学を修めている。1806年(文化3年)自宅に講武堂と読書堂を併設して武道と学問を指南する。
★ 1813年(文化10年)、八王子千人頭・原胤敦に地誌制作の幕命があると、植田孟縉らとともに武蔵国の多摩郡、高麗郡、秩父郡の地誌編纂に従事、『新編武蔵風土記稿』の一部を完成させる。さらに『新編相模国風土記稿』の編纂にも従事した。
★ 文政7年(1824年)、前年の怪文書のため不行跡との理由から、適斎を含む同僚50人が譴責処分となり、平同心に格下げとなった。
★ 文政10年(1827年)、『桑都日記』正続41巻を完成させ、幕府に献上した(「桑都」(そうと)とは織物の町・八王子のこと)。これは多年の調査と膨大な資料をもとに編まれた、八王子地域と八王子千人同心の天正10年(1582年)から文政7年(1824年)までの編年史である。その他、『適斎文稿』『適斎詩集』『筑井県行』『日光客中謾筆』などの著作がある。また恩人河尻春之の遺文集『製阪肥後公遺稿』を編纂している。
★ 弘化4年(1847年)11月16日、死去。葬儀には千人頭5名以下、500人を超える参列者があったという。享年73。墓は極楽寺(東京都八王子市大横町7-1)にあり、東京都指定文化財に指定されている。
★ 八王子市追分町に存在した塩野適斎の屋敷の建物は、現在は小金井市の江戸東京たてもの園に移築保存されている。
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塩野轍 、江戸後期寫
■商品詳細 【書名】 塩野適齋書幅 八王子千人同心組頭 【巻冊】 一幅 【著者】 鹽埜轍 【成立】 江戸後期寫 ★ 軸長/178㎝ ★ 紙本/107×27㎝ ★ 箱 ★ 落款/「鹽野/轍印」「適齋」 ★ 塩野適斎=1775年- 1847年11月16日)は、八王子千人同心組頭。組頭・河西知礼の次男として生まれる。別名、河西知哲。★ 寛政3年17歳のとき、組頭・塩野光廸(鶏沢)の養子となり、通称を所左衛門といい、諱は轍、適斎と号す。 ★ 1791年(寛政3年)太平真鏡流開祖・若菜豊重に入門し、拳法を塩原又太郎に、長尾某に鎌槍を学ぶ。1798年(寛政10年)に刀法免許を得ると、多くの千人同心に剣術を教えた。また1802年(享和2年)朱子学を林家の家塾へ河尻春之の紹介で入門して、学を修めている。1806年(文化3年)自宅に講武堂と読書堂を併設して武道と学問を指南する。 ★ 1813年(文化10年)、八王子千人頭・原胤敦に地誌制作の幕命があると、植田孟縉らとともに武蔵国の多摩郡、高麗郡、秩父郡の地誌編纂に従事、『新編武蔵風土記稿』の一部を完成させる。さらに『新編相模国風土記稿』の編纂にも従事した。 ★ 文政7年(1824年)、前年の怪文書のため不行跡との理由から、適斎を含む同僚50人が譴責処分となり、平同心に格下げとなった。 ★ 文政10年(1827年)、『桑都日記』正続41巻を完成させ、幕府に献上した(「桑都」(そうと)とは織物の町・八王子のこと)。これは多年の調査と膨大な資料をもとに編まれた、八王子地域と八王子千人同心の天正10年(1582年)から文政7年(1824年)までの編年史である。その他、『適斎文稿』『適斎詩集』『筑井県行』『日光客中謾筆』などの著作がある。また恩人河尻春之の遺文集『製阪肥後公遺稿』を編纂している。 ★ 弘化4年(1847年)11月16日、死去。葬儀には千人頭5名以下、500人を超える参列者があったという。享年73。墓は極楽寺(東京都八王子市大横町7-1)にあり、東京都指定文化財に指定されている。 ★ 八王子市追分町に存在した塩野適斎の屋敷の建物は、現在は小金井市の江戸東京たてもの園に移築保存されている。

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