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新風十人 : 歌集
日本200年地図 : 伊能図から現代図まで全国130都市の歴史をたどる
日本海軍艦艇写真集 [第1] (戦艦・巡洋艦篇) <ポケット・ピクトリアル ; 第1>
山麓 : 歌集 <アララギ叢書 ; 第38篇>
グラフィック・パーソナリティ
短歌新辞典 : 附・短歌用語索引、枕語通解
宮城県人百号記念 宮城県の全貌 各専門的立場から観たる(「宮城県人」第9巻第10号)
グラフ みやぎ 第14巻第4号(通巻 第57号)-第16巻第1号(通巻 第62号) 6冊(宮城県の季刊広報誌)。★分売も可です。1冊1200円。
老人の住環境 <季刊建築設計資料 3 (1983年冬)>
真夏の星
白秋 第1輯 (年纂二千六百年度作品)
片言まじりの仏蘭西行き : 新案日仏会話
新風十人 : 歌集 特製版
中山義秀自選歴史小説集 第二巻
新建築 1984年12月 第59巻 第13号 <有楽町センタービル(有楽町マリオン)>
歌集 山麓 <アララギ叢書 第三十八篇>
藝術新潮 1979年10月号 第30巻 第10号 <特集 : 抽象日本列島>
「私とすまい」の履歴書 : 一建築家の昭和史
歌舞伎・浄瑠璃・ことば
少年少女世界の名作文学 35(ソビエト編 3)
少年少女世界の名作文学 父と子 ゴーリキー短編集 金時計 チェーホフ短編集 チムールとその隊員 35(ソビエト編 3)
海図 : 生田春月追悼詩集 初版 署名識語入
歌集 新風十人
松の芽 : 自選歌集
世界の艦船 第2次大戦のドイツ軍艦 1982年12月号増刊
胎動 : 歌集
藝術新潮 1979年8月号 第30巻 第8号 <特集 : 絵画同好会>
世界の艦船増刊: 傑作軍艦アーカイブ:1 重巡 妙高型 高雄型 / 2 米空母 レキシントンン級 / 3 戦艦 長門型 / 4 米戦艦 アイオワ級 / 5 戦艦 金剛型 / 6 英戦艦 キング・ジョージ5世級 / 7 戦艦 扶桑型 伊勢型 / 8 米空母 ヨークタウン級 / 9 平賀デザインの巡洋艦 夕張 古鷹型 青葉型 妙高型 / 10 英巡洋戦艦 フッド リパルス リナウン / 11 空母 赤城 加賀 / 12 米戦艦 N・カロライナ級 S・ダコタ級 / 13 空母 蒼龍 飛龍 翔鶴 瑞鶴 / 14 米重巡 インディアナポリス / 15 巡洋艦 最上型 利根型 付・重巡高雄写真集 / 16 英戦艦 キング・ジョージ5世級(増補改訂新版) / 18 特型駆逐艦 吹雪型 暁型 / 19 英戦艦 ネルソン級 / 傑作軍艦アーカイブスペシャル: 大和型戦艦主砲塔図面集 完全復刻「九四式四十糎砲塔 兵器学教科書」「同 附図」付 19冊セット※アーカイブ17は欠. ご注意ください!
たたかう個人加盟労働組合 : ルポルタージュ
仙台ミステリー傑作選 (河出文庫 205A)
勤労者音楽協議会機関紙 杜の音 よい音楽を安く多くの人に 企画運営は会員の手で 第23、30・31、32、33、34、44、56号 7冊
歌集 胎動 <歌と評論社叢書 第一篇>
大原總一郎: へこたれない理想主義者 (中公文庫 い84-1)
花ことば 上: 花の象徴とフォークロア (平凡社ライブラリーは 8-1)
松川事件の真犯人 : ジョージ・クレーと九人の男 <三一新書>
父の遺訓 : 立志小説
京都万華鏡 : 大正・昭和の京都ないしょばなし
椎の木のほとり : ある生涯の七つの場所6< 中公文庫>
懐かしい童謡唱歌と新童謡 : ピアノ譜付き
汽車の窓から 東北部 増訂
日本児童文学 1987年4月号/特集:日本の戦後児童文学・ロングセラーの秘密
芭蕉 : その鑑賞と批評 上巻 <新潮文庫>
わが山々の歌
林子平傳 日本国防の先覚者 著者 松原晃 出版社 奥川書房 刊行年 昭17年初版 林子平(はやし しへい)元文3年6月21日(1738年8月6日) - 寛政5年6月21日(1793年7月28日))は、江戸時代後期の経世論家。諱は友直。のちに六無斎主人と号した。高山彦九郎・蒲生君平と共に、「寛政の三奇人」の一人(「奇」は「優れた」という意味)。元文3年(1738年)、幕臣岡村良通の次男として江戸に生まれる。父の岡村良通は御書物奉行(620石)として仕えていたが、子平が3歳の頃、故あって浪人の身となり、家族を弟の林従吾(林道明)に預け諸国放浪の旅に出た。子平らは、大名家に往診にも行く開業医であった叔父の従吾のもとで養われる。まもなく、長姉と次姉は仙台藩の江戸屋敷に奉公するようになり、仙台藩5代藩主伊達吉村の侍女として仕えた。次姉のなお(きよ)はその容姿と心ばえが吉村に愛され、やがて6代藩主となる宗村の側室に抜擢され、お清の方と呼ばれるようになった。お清の方は1男1女をもうけた。男子はのちに三河国刈谷藩主土井利信の養嗣子となる土井利置、女子は出雲松江藩主松平治郷の正妻となる方子(青楽院)である。お清の方の縁で、養父の従吾は仙台藩の禄を受けるようになった。従吾の没後、子平の兄の林友諒が封を継ぎ、宝暦6年(1756年)に正式に仙台藩士として150石が下された。同年5月に宗村が死去すると、友諒は家族を引き連れ、仙台川内に移住した。子平は部屋住みの身で妻子は持たなかったが、仙台藩士として生活するようになった。子平はみずからの教育政策や経済政策を藩上層部に進言するが聞き入れられず、禄を返上して藩医であった兄友諒の部屋住みとなり、北は松前から南は長崎まで全国を行脚する。長崎や江戸で学び、大槻玄沢、宇田川玄随、桂川甫周、工藤平助らと交友する。ロシアの脅威を説き、『三国通覧図説』『海国兵談』などの著作を著し、「およそ日本橋よりして欧羅巴に至る、その間一水路のみ」と喝破して、当時の人びとを驚かせた。『海国兵談』の序を書いたのは、仙台藩医工藤平助であった。また『富国策』では藩の家老佐藤伊賀にあて藩政について説いたが、採用はされなかった。
柳の芽
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