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「Edition Leipzig.」の検索結果
53件

 『ノストラダムスの予言に基づいた宗教改革以来の大英帝国の数奇な運命』 第2版 1715年 / [Dobbeler, Dietrich von], Merckwuerdige Fata der gross-britannischen Crone, durch den Welt-beruehmten Propheten Nostradamus. Zweyte Auflage. [Leipzig], 1715.

極東書店
 東京都千代田区神田三崎町
35,200
[ドッベラー]、1715
Second edition. 8vo, 144pp, modern paper bound

今日の視点から見ると胡散臭さこの上ないオカルト的な内容を想像してしまう書籍です。実際にそのタイトルの通り、この書籍はテューダー朝末期のヘンリー7世及びヘンリー8世の時代から、この書籍が刊行された1715年までの英国の歴史を、ルネサンス期フランスの占星術師ミシェル・ノストラダムスの予言書の該当部分を抜粋・掲載し、ドイツ語訳して紹介しています。
内容としては、日本でも1970年代に「終末ブーム」の際に話題となった五島 勉『ノストラダムスの大予言』を彷彿させるもので、第二版まで出ているということからも、商業的にも成功を収めた書籍と推察されます。
天文学や科学技術が発達し、啓蒙主義の世紀に入って以降も、こうした占星術や予言書のような疑似科学的な書籍も、一定の受容をもって受け入れられていたことを物語っています。
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35,200
[ドッベラー]  、1715
Second edition. 8vo, 144pp, modern paper bound 今日の視点から見ると胡散臭さこの上ないオカルト的な内容を想像してしまう書籍です。実際にそのタイトルの通り、この書籍はテューダー朝末期のヘンリー7世及びヘンリー8世の時代から、この書籍が刊行された1715年までの英国の歴史を、ルネサンス期フランスの占星術師ミシェル・ノストラダムスの予言書の該当部分を抜粋・掲載し、ドイツ語訳して紹介しています。 内容としては、日本でも1970年代に「終末ブーム」の際に話題となった五島 勉『ノストラダムスの大予言』を彷彿させるもので、第二版まで出ているということからも、商業的にも成功を収めた書籍と推察されます。 天文学や科学技術が発達し、啓蒙主義の世紀に入って以降も、こうした占星術や予言書のような疑似科学的な書籍も、一定の受容をもって受け入れられていたことを物語っています。

『グレート・ブリテン史・イングランド史』 独語初版 全6巻(4冊) 1762-71年 ブレスラウ/ライプツィヒ刊 / Hume, David, Geschichte von Grossbritannien, I-II, 1762-63. 2 Bde./Geschichte von England, I-IV, 1767-71. 4 Bde. in 2. All 6 vols. in 4. Breslau/Leipzig, J. E. Meyer, 1762-71.

極東書店
 東京都千代田区神田三崎町
242,000
ヒューム、1762-71年
First Edition in German. 6 vols. in 4. 4to, [xvi], 452; [iv], 443; [vi], 399; [viii], 408; [viii], 380; [vi], 333, [53]p., modern boards. The first German translation by Johann Jakob Dusch, 1725-87. Jessop, p32

『イングランド史』はヒューム存命中から既に評判の高い名著となり、他のどんな著作よりも一般に、彼の名前を知らしめることになりました。ヒュームはこの著作を通史から遡って反対に構成しています。もともとは、ヘンリー7世の治世から初めてハノーバー家の興隆につなげるつもりでした。しかし実際には、イングランドとスコットランドの王室の同君併合と1688年の革命から書き始め、そこからチューダー朝へ戻りました。すなわち最初の2巻は『グレート・ブリテン史』として書かれました。続いて、ジュリアス・シーザーのブリテン侵攻からの初期の時代へとさらに遡ったものが『イングランド史』として集成されました。
翻訳者ドゥッシュ (Johann Jakob Dusch, 1725-87) は詩人、劇作家、随筆家であり風刺作家でハンブルグ近くのデンマーク領(飛び地)アルトナに住んでいました。彼は18世紀ドイツ啓蒙の中心地であったゲッティンゲン大学で神学、英文学を学び、アルトナ・ギムナジウムの教授として哲学、数学を教えるかたわら多くの翻訳を著しています。
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ヒューム 、1762-71年
First Edition in German. 6 vols. in 4. 4to, [xvi], 452; [iv], 443; [vi], 399; [viii], 408; [viii], 380; [vi], 333, [53]p., modern boards. The first German translation by Johann Jakob Dusch, 1725-87. Jessop, p32 『イングランド史』はヒューム存命中から既に評判の高い名著となり、他のどんな著作よりも一般に、彼の名前を知らしめることになりました。ヒュームはこの著作を通史から遡って反対に構成しています。もともとは、ヘンリー7世の治世から初めてハノーバー家の興隆につなげるつもりでした。しかし実際には、イングランドとスコットランドの王室の同君併合と1688年の革命から書き始め、そこからチューダー朝へ戻りました。すなわち最初の2巻は『グレート・ブリテン史』として書かれました。続いて、ジュリアス・シーザーのブリテン侵攻からの初期の時代へとさらに遡ったものが『イングランド史』として集成されました。 翻訳者ドゥッシュ (Johann Jakob Dusch, 1725-87) は詩人、劇作家、随筆家であり風刺作家でハンブルグ近くのデンマーク領(飛び地)アルトナに住んでいました。彼は18世紀ドイツ啓蒙の中心地であったゲッティンゲン大学で神学、英文学を学び、アルトナ・ギムナジウムの教授として哲学、数学を教えるかたわら多くの翻訳を著しています。

『ザクセン侯国の没収令によって非難された無神論的な表現についての公衆への訴え』 1799年 イエナ、ライプチヒ、テュービンゲン刊 / Fichte, Johann Gottlieb, Appellation an das Publikum ueber die durch ein Kurf. Saechs. Confiscationsrescript ihm beigemessenen atheistischen Aeusserungen. Eine Schrift, die man erst zu lesen bittet, ehe man sie confiscirt. Jena und Leipzig, bei Christian Ernst Gabler, Tuebingen: J. G. Cottaische Buchhandlung. 1799

極東書店
 東京都千代田区神田三崎町
94,600
フィヒテ、1799
First edition, 8vo, 116pp, modern marbled board, red morocco label, gilt in letter, library stamp on title page

「無神論論争」とは、1799年4月にドイツ観念論の哲学者ヨハン・ゴットリープ・フィヒテが最終的にイェナ大学を去ることになった事件のことです。この論争は、フィヒテが共同編集していた「哲学雑誌」上にて、彼の弟子の寄稿論文「宗教の概念の発展」とともに発表された論稿「神的世界統治に対する我々の信仰の根拠について」が無神論と見なされたことをきっかけにとして発生しました。
事態を重く見たザクセン邦とヴァイマル邦の政府が同雑誌の没収命令を発し、責任追及を始めました。これに対してフィヒテが反論書を書くことになりました。まずは、一般公衆向けに書かれたのが1799年1月に発行された本書「ザクセン候国の没収令によって非難された無神論的な表現についての公衆への訴え」で、大学当局向けには1799年3月に「無神論という告発に対する法的な弁明書」が発行されました。
両方の著書にて、自らの主張が無神論を信奉するものではないことと、当局の対応が学問の自由を脅かすものと訴え、自らの主張に賛同する同僚の支援も期待しましたが、賛同が得られず、フィヒテはイェナ大学より解雇されることとなりました。以後フィヒテは、1814年に死去するまで、プロイセン王国のベルリンを拠点に活躍することになります。

参考文献:福吉勝男『フィヒテ』清水書院、1990年、55-57頁
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フィヒテ 、1799
First edition, 8vo, 116pp, modern marbled board, red morocco label, gilt in letter, library stamp on title page 「無神論論争」とは、1799年4月にドイツ観念論の哲学者ヨハン・ゴットリープ・フィヒテが最終的にイェナ大学を去ることになった事件のことです。この論争は、フィヒテが共同編集していた「哲学雑誌」上にて、彼の弟子の寄稿論文「宗教の概念の発展」とともに発表された論稿「神的世界統治に対する我々の信仰の根拠について」が無神論と見なされたことをきっかけにとして発生しました。 事態を重く見たザクセン邦とヴァイマル邦の政府が同雑誌の没収命令を発し、責任追及を始めました。これに対してフィヒテが反論書を書くことになりました。まずは、一般公衆向けに書かれたのが1799年1月に発行された本書「ザクセン候国の没収令によって非難された無神論的な表現についての公衆への訴え」で、大学当局向けには1799年3月に「無神論という告発に対する法的な弁明書」が発行されました。 両方の著書にて、自らの主張が無神論を信奉するものではないことと、当局の対応が学問の自由を脅かすものと訴え、自らの主張に賛同する同僚の支援も期待しましたが、賛同が得られず、フィヒテはイェナ大学より解雇されることとなりました。以後フィヒテは、1814年に死去するまで、プロイセン王国のベルリンを拠点に活躍することになります。 参考文献:福吉勝男『フィヒテ』清水書院、1990年、55-57頁

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