武満徹 著、新潮社、1991年8月、241p、22cm
15刷 カバー付 帯欠 カバーヤケ無 本体三方ヤケ無し 線引き無し 書き込み無し 保存状態良好です。
武満は1930年に東京で生まれたのだが、保険会社員であった父の仕事の関係で、一家は武満の生後一か月で大連に転居している。父はジャズを愛し、一時期尺八に凝っていたという。武満がジャズに影響を受け、また代表作である「ノヴェンバー・ステップス」に尺八が登場するのも幼時の記憶のせいかもしれない。だがその父は病のために、武満が8歳になる年に亡くなってしまう。1943年に京華中学に入ったのだが、黒澤明や井口基成が同窓であるらしい。1944年には動員されて、陸軍食糧基地で作業していたらしいが、シャンソンに接するという体験をしている。終戦直後は、闇屋の手先のような仕事にも携わっていたようだが、進駐軍放送で流れている音楽を聴いているうちに、音楽をやろうと決心したという。後年指揮者となった人の家で、Franck、Faureらの楽譜に惹かれたらしい。そして20歳になる1950年に、ピアノ曲「2つのレント」が読売ホールで初演され、秋山と湯浅譲二が感激して楽屋を訪れたらしい。その一方でPaul Kleeに関するエッセーが雑誌に掲載されて、初めて原稿料をもらったというから、文才もあったのだろう。