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江戸城中 年中行事(仮題)


  • 解説 ■商品詳細

    【書名】 江戸城中 年中行事(仮題)
    【巻冊】 中横本一册
    【著者】 
    【成立】 江戸末期寫

    ★ 五丁
  • 在庫 在庫切れ(名雲書店)

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名雲書店の新着書籍

太閤秀吉軍記肉筆圖會(仮題)

名雲書店
 群馬県高崎市八千代町
495,000
上方繪師画(暁鐘成、松川半山、速水春暁齋カ)、江戸後期筆
■商品詳細

【書名】 太閤秀吉軍記肉筆圖會(仮題)
【巻冊】 1 帖
【著者】 上方繪師画(暁鐘成、松川半山、速水春暁齋カ)
【成立】 江戸後期頃筆

★ 全116面。多色を用いた彩色は巻頭から30面迄だが以下は墨の濃淡で調子を出せる。
★ 帖の大きさ縦18.2㎝。横26.9㎝。厚さ6.9㎝。緞子装釘。時代桐箱入。
★ 本能寺の變により歴史が大きく動いた天正十年から十一年頃迄に秀吉を中心に起こった重要な事件や歴史的な出來事などを116面に亙リり描いた圧巻の肉筆密画帖である。
★ 本能寺の變は描かれていないものの天正十年大徳寺で行われた信長の葬儀を描いた「秀吉紫野大徳寺にて葬儀を營む圖」、「高松の城水攻乃圖」の頃より明智光秀ガ天正十年七月「光秀小栗栖野にて落命の圖」迄が描かれている。末尾は光秀の辭世の句と戒名が識され落款がある。
★ 桐箱に入る非常に豪華な装釘でおそらくは秀吉を敬愛する好事家の求めに應じて制作したものとも考えられるが繪師の名はどこにも記されていない。おそらくは暁鐘成か松川半山、若しくは速水春暁齋ではないかと思われるが、いずれにせよ画風が上方の繪師であることは確實である。
★ 江戸後期頃筆。半山の作であれば江戸末期の筆であろう。
★ 豊臣秀吉・本能寺の変・木下藤吉郎
★ 表示されている税込金額の横にカッコ内で示されている送料は必ずしも一致しませんのでご注意ください。 ★ 迅速丁寧な発送を心懸けております。 ★ 海外発送も迅速に対応いたします。 ★ ご注文はインターネットからではなくても、電話・ファックス・ハガキ等でも承ります。ご遠慮なくお申しつけください。 ★ クレジット決済のお客様は別途クレジット決済が行えるメールを送料込み金額確定後にお送りいたします。 ★ 代引きをご希望のお客様はご注文時にお知らせいただくと迅速に発送いたします。
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495,000
上方繪師画(暁鐘成、松川半山、速水春暁齋カ) 、江戸後期筆
■商品詳細 【書名】 太閤秀吉軍記肉筆圖會(仮題) 【巻冊】 1 帖 【著者】 上方繪師画(暁鐘成、松川半山、速水春暁齋カ) 【成立】 江戸後期頃筆 ★ 全116面。多色を用いた彩色は巻頭から30面迄だが以下は墨の濃淡で調子を出せる。 ★ 帖の大きさ縦18.2㎝。横26.9㎝。厚さ6.9㎝。緞子装釘。時代桐箱入。 ★ 本能寺の變により歴史が大きく動いた天正十年から十一年頃迄に秀吉を中心に起こった重要な事件や歴史的な出來事などを116面に亙リり描いた圧巻の肉筆密画帖である。 ★ 本能寺の變は描かれていないものの天正十年大徳寺で行われた信長の葬儀を描いた「秀吉紫野大徳寺にて葬儀を營む圖」、「高松の城水攻乃圖」の頃より明智光秀ガ天正十年七月「光秀小栗栖野にて落命の圖」迄が描かれている。末尾は光秀の辭世の句と戒名が識され落款がある。 ★ 桐箱に入る非常に豪華な装釘でおそらくは秀吉を敬愛する好事家の求めに應じて制作したものとも考えられるが繪師の名はどこにも記されていない。おそらくは暁鐘成か松川半山、若しくは速水春暁齋ではないかと思われるが、いずれにせよ画風が上方の繪師であることは確實である。 ★ 江戸後期頃筆。半山の作であれば江戸末期の筆であろう。 ★ 豊臣秀吉・本能寺の変・木下藤吉郎

自然成道私記・胎灌頂私記 文安二年・文安三年寫 上州新田庄世良田山/長楽寺/金剛舜明(金資舜明)記

名雲書店
 群馬県高崎市八千代町
550,000
上州新田世良田山長楽寺/金剛舜明(金資舜明)記、文安二(1445)年・文安三(1446)年寫
■商品詳細

【書名】 自然成道私記・胎潅頂私記  
【巻冊】 二巻
【著者】 上州新田庄世良田山/長楽寺/金剛舜明(金資舜明)記
【成立】 文安二(1445)年・文安三(1446)年寫

★ 自然成道私記(文安二年)紙髙/29㎝・長さ/950㎝
★ 胎潅頂私記(文安三年)紙髙/28㎝・長さ/620㎝
★ 自然成道私記の巻末上部に虫損による欠損あり。
★ 胎潅頂私記の巻頭欠損及小穴あり。
★ 自然成道私記の裏面にほぼ同時代の筆による書き込みあり。
★ 長楽寺は承久3年(1221)、新田義重の四男で徳川氏始祖の義季が、臨済宗の開祖栄西の高弟栄朝を招いて開基した、東国における禅文化発祥の寺と云う。
★ 徳川家発祥の地とされ、江戸時代、徳川家康が関東に入ると、徳川氏祖先の寺として長楽寺を重視し、天海大僧正を住職に任じました。
★ さらに三代将軍家光の命を受けて天海は天台宗に改宗し、日光東照宮の社殿を移すなど、長楽寺は末寺700余寺を擁する大寺院として再興した。
★ 表示されている税込金額の横にカッコ内で示されている送料は必ずしも一致しませんのでご注意ください。 ★ 迅速丁寧な発送を心懸けております。 ★ 海外発送も迅速に対応いたします。 ★ ご注文はインターネットからではなくても、電話・ファックス・ハガキ等でも承ります。ご遠慮なくお申しつけください。 ★ クレジット決済のお客様は別途クレジット決済が行えるメールを送料込み金額確定後にお送りいたします。 ★ 代引きをご希望のお客様はご注文時にお知らせいただくと迅速に発送いたします。
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550,000
上州新田世良田山長楽寺/金剛舜明(金資舜明)記 、文安二(1445)年・文安三(1446)年寫
■商品詳細 【書名】 自然成道私記・胎潅頂私記   【巻冊】 二巻 【著者】 上州新田庄世良田山/長楽寺/金剛舜明(金資舜明)記 【成立】 文安二(1445)年・文安三(1446)年寫 ★ 自然成道私記(文安二年)紙髙/29㎝・長さ/950㎝ ★ 胎潅頂私記(文安三年)紙髙/28㎝・長さ/620㎝ ★ 自然成道私記の巻末上部に虫損による欠損あり。 ★ 胎潅頂私記の巻頭欠損及小穴あり。 ★ 自然成道私記の裏面にほぼ同時代の筆による書き込みあり。 ★ 長楽寺は承久3年(1221)、新田義重の四男で徳川氏始祖の義季が、臨済宗の開祖栄西の高弟栄朝を招いて開基した、東国における禅文化発祥の寺と云う。 ★ 徳川家発祥の地とされ、江戸時代、徳川家康が関東に入ると、徳川氏祖先の寺として長楽寺を重視し、天海大僧正を住職に任じました。 ★ さらに三代将軍家光の命を受けて天海は天台宗に改宗し、日光東照宮の社殿を移すなど、長楽寺は末寺700余寺を擁する大寺院として再興した。

大禮記念國産振興 東京博覽會 絵葉書 袋附

名雲書店
 群馬県高崎市八千代町
3,850
協賛會發行、大正頃刋
■商品詳細

【書名】 大禮記念國産振興 東京博覽會 絵葉書 袋附
【巻冊】 八枚
【著者】 協賛會發行
【成立】 大正頃刋
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協賛會發行 、大正頃刋
■商品詳細 【書名】 大禮記念國産振興 東京博覽會 絵葉書 袋附 【巻冊】 八枚 【著者】 協賛會發行 【成立】 大正頃刋

大禮記念國産振興 東京博覽會 絵葉書 袋附

名雲書店
 群馬県高崎市八千代町
3,850
東京博覽會協賛會發行、大正頃刋
■商品詳細

【書名】 大禮記念國産振興 東京博覽會 絵葉書 袋附
【巻冊】 八枚
【著者】 東京博覽會協賛會發行
【成立】 大正頃刋
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東京博覽會協賛會發行 、大正頃刋
■商品詳細 【書名】 大禮記念國産振興 東京博覽會 絵葉書 袋附 【巻冊】 八枚 【著者】 東京博覽會協賛會發行 【成立】 大正頃刋

職原抄 上下巻 京都五山東福寺書寫 天正十七年寫

名雲書店
 群馬県高崎市八千代町
3,300,000
北畠親房著、上巻/天正十七己丑初秋上旬 下巻/天正十七年初秋中旬寫
■商品詳細

【書名】 職原抄 上下巻 京都五山東福寺書寫 天正十七年寫
【巻冊】 大合本一册
【著者】 北畠親房著
【成立】 上巻/天正十七己丑初秋上旬 下巻/天正十七年初秋中旬寫

★ 悟海上人舊藏
★ 日惠「花押」
★ 本ノ大キサ/27.5×19.5㎝
★ 紙數/上巻/26枚・下巻/25枚
★ 袋綴ノ料紙ニ墨罫ノ界線ガヒカレテ半葉十行ニ書ス
★ 古改装合綴

★ 各巻末に「東福寺」と記すが如く臨濟宗東福寺派の大本山の東福寺で書寫されたと考えられる古寫本である。
★ 各巻末に記される「日惠」は永禄元年織田信長の岩倉城攻撃で焼失した尾張一宮の蓮照寺を天正12年2月蓮宗に改め再興した正乘院日惠上人であろうか。またその墨色と筆蹟から欄外の書き込みも日惠の自筆と考えられる。
★ 各巻巻頭に「悟海」と讀める大朱印と下巻の巻末に小朱印の藏書印が押捺され、表紙には墨書で「悟海上人所珍藏冩本 職原抄 上下合本」と記されている。
★ 東福寺は京都五山の中に列せられる名寺院である。創建は嘉禎に(1236)年とされる。鎌倉時代後期から室町時代、戰國時代に相次ぐ火災により焼失するが度々再興され、天正年間に豐臣秀吉によって寺領1854石が安堵されて完全に再興されて京都最大の禪苑としての面目を傳で現在に至ると云う。
★ 本書は秀吉の再興直後に書寫されたものか。
★ 鎌倉・室町期の古建築物と開山以來の國寶・重要文化財の保有が夥しい數にのぼる。
★ 表示されている税込金額の横にカッコ内で示されている送料は必ずしも一致しませんのでご注意ください。 ★ 迅速丁寧な発送を心懸けております。 ★ 海外発送も迅速に対応いたします。 ★ ご注文はインターネットからではなくても、電話・ファックス・ハガキ等でも承ります。ご遠慮なくお申しつけください。 ★ クレジット決済のお客様は別途クレジット決済が行えるメールを送料込み金額確定後にお送りいたします。 ★ 代引きをご希望のお客様はご注文時にお知らせいただくと迅速に発送いたします。
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3,300,000
北畠親房著 、上巻/天正十七己丑初秋上旬 下巻/天正十七年初秋中旬寫
■商品詳細 【書名】 職原抄 上下巻 京都五山東福寺書寫 天正十七年寫 【巻冊】 大合本一册 【著者】 北畠親房著 【成立】 上巻/天正十七己丑初秋上旬 下巻/天正十七年初秋中旬寫 ★ 悟海上人舊藏 ★ 日惠「花押」 ★ 本ノ大キサ/27.5×19.5㎝ ★ 紙數/上巻/26枚・下巻/25枚 ★ 袋綴ノ料紙ニ墨罫ノ界線ガヒカレテ半葉十行ニ書ス ★ 古改装合綴 ★ 各巻末に「東福寺」と記すが如く臨濟宗東福寺派の大本山の東福寺で書寫されたと考えられる古寫本である。 ★ 各巻末に記される「日惠」は永禄元年織田信長の岩倉城攻撃で焼失した尾張一宮の蓮照寺を天正12年2月蓮宗に改め再興した正乘院日惠上人であろうか。またその墨色と筆蹟から欄外の書き込みも日惠の自筆と考えられる。 ★ 各巻巻頭に「悟海」と讀める大朱印と下巻の巻末に小朱印の藏書印が押捺され、表紙には墨書で「悟海上人所珍藏冩本 職原抄 上下合本」と記されている。 ★ 東福寺は京都五山の中に列せられる名寺院である。創建は嘉禎に(1236)年とされる。鎌倉時代後期から室町時代、戰國時代に相次ぐ火災により焼失するが度々再興され、天正年間に豐臣秀吉によって寺領1854石が安堵されて完全に再興されて京都最大の禪苑としての面目を傳で現在に至ると云う。 ★ 本書は秀吉の再興直後に書寫されたものか。 ★ 鎌倉・室町期の古建築物と開山以來の國寶・重要文化財の保有が夥しい數にのぼる。

大政紀要 上編總紀第 1〜7 册 下編總紀第 1〜3 册揃

名雲書店
 群馬県高崎市八千代町
198,000
總裁/岩倉具視、明治16年
■商品詳細

【書名】 大政紀要 上編總紀第 1〜7 册 下編總紀第 1〜3 册揃
【巻冊】 半紙判十册
【著者】 總裁/岩倉具視
【成立】 明16

★ 編修事務主幹/福羽美靜
★ 編修委員長/西周他 24 名
★ 極美本
★ 帙入
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198,000
總裁/岩倉具視 、明治16年
■商品詳細 【書名】 大政紀要 上編總紀第 1〜7 册 下編總紀第 1〜3 册揃 【巻冊】 半紙判十册 【著者】 總裁/岩倉具視 【成立】 明16 ★ 編修事務主幹/福羽美靜 ★ 編修委員長/西周他 24 名 ★ 極美本 ★ 帙入

三州長篠合戦ノ砌 今福市左衛門尉朱印状

名雲書店
 群馬県高崎市八千代町
550,000
天正三年乙亥/五月廿五日
■商品詳細

【書名】 三州長篠合戦ノ砌 今福市左衛門尉朱印状
【巻冊】 一枚
【著者】 今福市左衛門尉(今福昌和)
【成立】 天正三年乙亥/五月廿五日

★ 田中某殿
★ 35.6×45.6㎝
★ 冒頭欠損・未補修

★ 生誕不明 死没/天正10年3月2日(1582年3月25日)

★ 今福市左衛門尉(今福昌和)は、戦国時代の武将。甲斐武田氏家臣。今福長閑斎の次男。

★ はじめ武田信玄、没後は勝頼に仕え長篠の合戦の敗戦以降多くの家臣団が逃走する中で最期まで主君勝頼を守った武将である。侍大将騎馬40騎持。

★ 天正3年(1575年)の長篠の戦いで諏訪高島城代の市川昌房が戦死すると、その後任となる。

★ 天正10年(1582年)2月、木曾義昌が織田信長の調略に応じると、2月16日、昌和は木曾氏を討つために武田信豊に従い木曽谷へ向けて出陣するが鳥居峠にて織田軍・木曽軍に敗れる。のち甲州征伐が始まると信長の嫡男・信忠率いる織田軍に高遠城を囲まれる。勝頼の弟、仁科盛信と共に織田軍に籠城・抵抗するが、敗れて盛信と共に討死した。

★ 本状は長篠の合戦で武田軍の敗戦が決した5月21日から僅か4日後の書状である。

★ 吉田信生・浅利信種の両名に宛てた今福市左衛門尉の起請文が生島足島神社に現存するらしい。
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550,000
、天正三年乙亥/五月廿五日
■商品詳細 【書名】 三州長篠合戦ノ砌 今福市左衛門尉朱印状 【巻冊】 一枚 【著者】 今福市左衛門尉(今福昌和) 【成立】 天正三年乙亥/五月廿五日 ★ 田中某殿 ★ 35.6×45.6㎝ ★ 冒頭欠損・未補修 ★ 生誕不明 死没/天正10年3月2日(1582年3月25日) ★ 今福市左衛門尉(今福昌和)は、戦国時代の武将。甲斐武田氏家臣。今福長閑斎の次男。 ★ はじめ武田信玄、没後は勝頼に仕え長篠の合戦の敗戦以降多くの家臣団が逃走する中で最期まで主君勝頼を守った武将である。侍大将騎馬40騎持。 ★ 天正3年(1575年)の長篠の戦いで諏訪高島城代の市川昌房が戦死すると、その後任となる。 ★ 天正10年(1582年)2月、木曾義昌が織田信長の調略に応じると、2月16日、昌和は木曾氏を討つために武田信豊に従い木曽谷へ向けて出陣するが鳥居峠にて織田軍・木曽軍に敗れる。のち甲州征伐が始まると信長の嫡男・信忠率いる織田軍に高遠城を囲まれる。勝頼の弟、仁科盛信と共に織田軍に籠城・抵抗するが、敗れて盛信と共に討死した。 ★ 本状は長篠の合戦で武田軍の敗戦が決した5月21日から僅か4日後の書状である。 ★ 吉田信生・浅利信種の両名に宛てた今福市左衛門尉の起請文が生島足島神社に現存するらしい。

『杉田玄白の生涯とその時代の洋学』未刊原稿★ 表紙 欠                   1(欠)目次                     2~9まへがき                  10~ 15主なる参考文献資料 (24点)       16~17杉田玄白著述目録               18~19杉田玄白の略伝               20~23杉田玄白の家系               24~63   (杉田家由緒書及び杉田家家譜)蘭学事始に所載の「杉田玄白先生略伝」    64~68玄白の号に就いて              69~73玄白と丈山                 74~83杉田玄白出生頃の我国医界の情勢       84~106杉田玄白年譜                107~565 (享保18年1歳~文化14年85歳)杉田玄白先生贈位祝賀会記事摘録       566~570参考記事 (1枚のみ、後欠)         571

名雲書店
 群馬県高崎市八千代町
550,000
原田謙太郎著、昭和18年〜昭和20年頃成稿か
【書名】 『杉田玄白の生涯とその時代の洋学』未刊原稿
【巻冊】 一綴
【成立】 昭和18年〜昭和20年頃成稿か

★ 325字詰め「原田用箋」570枚
★ 原稿には通し番号がついているが所々に原稿用紙が増補貼附されている。また出版を意識して活字の大きさが指定されている。
★ 本文巻頭に「医学博士/原田謙太郎 東京・目黒区清水町三三五」と記されている。
★ 年代は「主なる参考文献資料」として中野操著『皇國医事大年表』昭和十七年が記されている。
★ 原田謙太郎は富士川游と呉秀三らとほぼ同世代で親交があった医学史家と考えられるが現代では殆ど知られていない。しかし『東京醫事新誌』などに杉田玄白についての論文が数多く寄稿していて戦前の杉田玄白の研究者の第一人者と云っても過言ではない。
★ 本稿とほぼ同時期に『杉田玄白全集』第一巻(以下未刋)が刋行されているが内容は玄白の日記『鷧齋日録』を飜刻したもので玄白についての傳記と論考ではない。
★ 杉田玄白の傳記は昭和46年に片桐一男氏の處女出版として刋行された『杉田玄白』吉川弘文館人物叢書から出版された。その「はしがき」には「史家の手になる単独の伝記が世に送られたことはなかった。わずかに、少年向きの伝記が二〜三種あるにすぎない。」と記している。更に本書『杉田玄白』は故板澤武雄先生が執筆を予定していたものであったが病状が思わしくなく昭和37年に没してしまったため師の意思を継いで編輯刋行に至ったと記している。
★ 板澤武雄の『杉田玄白の蘭学事始』ラヂオ新書は昭和15年に刋行しているが、その後、板澤氏は本書の存在を知っていたのであろうか。少なくとも弟子の片桐氏は知り得なかったと考えられる。本書が出版されていれば片桐氏の『杉田玄白』の編輯は違っていたであろう。杉田玄白伝と日本の洋学史に大きな影響があったはずである。
★ 原田氏は原稿を完成させていたものの戦中戦後の動乱で出版を断念せざるを得ない憂き目にあったと考えられる杉田玄白伝の幻の原稿である。
★ 日本史学の伝統的な年譜形式に、広範な情報と、諸文献、古文献からの引用を纏め、蘭学諸文献の漢文序跋を丹念に読み下しており明治の古学者の実力を示している。
★ 原稿完成から約80年、片桐氏の出版から52年、この度に発見により広く現代に知られるべき史料である。
★ 表示されている税込金額の横にカッコ内で示されている送料は必ずしも一致しませんのでご注意ください。 ★ 迅速丁寧な発送を心懸けております。 ★ 海外発送も迅速に対応いたします。 ★ ご注文はインターネットからではなくても、電話・ファックス・ハガキ等でも承ります。ご遠慮なくお申しつけください。 ★ クレジット決済のお客様は別途クレジット決済が行えるメールを送料込み金額確定後にお送りいたします。 ★ 代引きをご希望のお客様はご注文時にお知らせいただくと迅速に発送いたします。
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原田謙太郎著 、昭和18年〜昭和20年頃成稿か
【書名】 『杉田玄白の生涯とその時代の洋学』未刊原稿 【巻冊】 一綴 【成立】 昭和18年〜昭和20年頃成稿か ★ 325字詰め「原田用箋」570枚 ★ 原稿には通し番号がついているが所々に原稿用紙が増補貼附されている。また出版を意識して活字の大きさが指定されている。 ★ 本文巻頭に「医学博士/原田謙太郎 東京・目黒区清水町三三五」と記されている。 ★ 年代は「主なる参考文献資料」として中野操著『皇國医事大年表』昭和十七年が記されている。 ★ 原田謙太郎は富士川游と呉秀三らとほぼ同世代で親交があった医学史家と考えられるが現代では殆ど知られていない。しかし『東京醫事新誌』などに杉田玄白についての論文が数多く寄稿していて戦前の杉田玄白の研究者の第一人者と云っても過言ではない。 ★ 本稿とほぼ同時期に『杉田玄白全集』第一巻(以下未刋)が刋行されているが内容は玄白の日記『鷧齋日録』を飜刻したもので玄白についての傳記と論考ではない。 ★ 杉田玄白の傳記は昭和46年に片桐一男氏の處女出版として刋行された『杉田玄白』吉川弘文館人物叢書から出版された。その「はしがき」には「史家の手になる単独の伝記が世に送られたことはなかった。わずかに、少年向きの伝記が二〜三種あるにすぎない。」と記している。更に本書『杉田玄白』は故板澤武雄先生が執筆を予定していたものであったが病状が思わしくなく昭和37年に没してしまったため師の意思を継いで編輯刋行に至ったと記している。 ★ 板澤武雄の『杉田玄白の蘭学事始』ラヂオ新書は昭和15年に刋行しているが、その後、板澤氏は本書の存在を知っていたのであろうか。少なくとも弟子の片桐氏は知り得なかったと考えられる。本書が出版されていれば片桐氏の『杉田玄白』の編輯は違っていたであろう。杉田玄白伝と日本の洋学史に大きな影響があったはずである。 ★ 原田氏は原稿を完成させていたものの戦中戦後の動乱で出版を断念せざるを得ない憂き目にあったと考えられる杉田玄白伝の幻の原稿である。 ★ 日本史学の伝統的な年譜形式に、広範な情報と、諸文献、古文献からの引用を纏め、蘭学諸文献の漢文序跋を丹念に読み下しており明治の古学者の実力を示している。 ★ 原稿完成から約80年、片桐氏の出版から52年、この度に発見により広く現代に知られるべき史料である。
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コショタン

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