月の輪書林他27店参加、1993年3月、51頁、1冊
表紙が緑色。東京古書組合南部支部長・山路茂あいさつ文あり。
●2040番 役者・浅野進治郎日記 昭和10年&昭和26~56年 32冊一括 80万円
「明治37年、東京市深川の生まれ。「師」と呼ぶ沢田正二郎の新国劇付属演劇研究所を卒業(第1期生)。演劇の青春を共にすることになる金平軍之助は二期生にいた。水谷八重子の芸術座を振り出しに、「文芸的な喜劇を多く取り上げてきた点で相当に評価されるべきだ」(旗一兵)と評された「近代劇場」(大正14~昭和3年)、名喜劇女優・谷崎歳子(江利チエミの母)もいた初期吉本興行の「ピッコロ座」(昭和9~12年)へ参加、奮闘す。昭和11年にはマキノトーキーへ入社、準主役をこなす。地味だが渋い芸風でテレビ、映画、ラジオ、そして芝居と戦後を生き抜く」。
●「未だに金をくれず実に不愉快である。昼夜二回主任の部屋を襲ったが留守。初日が開いて既に四日、こんな馬鹿らしい話ってない。吉本が林兄弟の絶対体制で、その間に働く主任級の人間にちっとも力がない組織になっているのが悪いのだ」(昭和10年1月15日)。
●「狭い楽屋に八十何人寿司詰め。吉本のコレデモカコレデモカ演劇、この調子で進んで行ったらしまいに出演者全部が舞台でピョコンとお辞儀を変り番こにやればいいことになるだろう。かわいそうにエロス座の子供達は地下室に寝泊りさせられている。楽屋での労働条件の悪さよ」(昭和10年6月10日)。
●「水谷竹紫氏病気昂進、幕間、金平軍之助と見舞に行く。八重子、姉、妾、其他芸術座々員の看護を受けつつ意識全く不明。妙に皆が泣いたり涙声を出しているのが白々しく思えてならなかった。苦心惨憺八重ちゃんをあれだけにして、さてその後の生活は随分寂莫なものがあったろう、いわばそうしたことが死期を早めたとも言える。可哀想な先生!」(昭和10年9月13日)。
●「六十年に亘る役者稼業の日々の哀歓、回想、点鬼簿を通して語られる昭和芸能裏面史。各巻に克明な出演料金一覧。マキノ時代の友・映画監督中川信夫葉書五枚と封筒一通を付す」。
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