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芸能 第32巻第4号(通巻374号) 1990年4月号
新国語図録 18刷
万葉集注釈 巻第20
芸能 第33巻第3号(通巻385号) 1991年3月号
芸能 第33巻第12号(通巻394号) 1991年12月号
上代日本文学の研究
週刊日本医事新報 3507 Japan medical journal 1991年07月13日
月刊 日本及日本人 第389号 昭和15年10月1日 ・首相近衞文麿論、・皇国独自の新体制
日本名宝物語
日本上代文化と仏教 第14 <法蔵文庫 ; 8> 特装版
国文学に於ける世界観
東方言語史叢考
芸能 第33巻第6号(通巻388号) 1991年6月号
南窓襍記
古事記の研究史:古事記研究大系 2 <古事記研究大系 2> 第1刷
言語の成立
山岳展望
開戦前夜の日中学術交流 民国北京の大学人と日本人留学生(九州大学人文学叢書19)
日本上代文化と仏教 特装版
万葉集評釈 巻第1
大和の名称と天然記念物
大谷大学図書館善本聚英
益子歌集 : 風土と歴史と歌
米と人口と歴史 <民族教養新書>
米と人口と歴史 -民族教養新書44- <民族教養新書>
桜桃の記著者 伊馬春部 出版社 筑摩書房 刊行年 昭和42年初版カバー ページ数 259頁 伊馬 春部(1908年(明治41年)5月30日 - 1984年(昭和59年)3月17日)日本の作家、劇作家。本名は高崎英雄。旧筆名は伊馬鵜平。戦前から戦後にかけてユーモア小説やラジオドラマなどの分野で活躍。釈迢空(折口信夫)門下の歌人としても知られる。 福岡県鞍手郡木屋瀬村(現:北九州市八幡西区木屋瀬)に生まれる。旧制鞍手中学校(現:福岡県立鞍手高等学校)から國學院大學に進み、ここで釈迢空に師事。1932年(昭和7年)創立のムーランルージュに参加、伊馬鵜平の筆名で新喜劇の脚本を執筆。この頃(昭和6、7年)に井伏鱒二宅で、デビュー前の太宰治と知り合い親友となる。のちP.C.L.の脚本部に入る。1934年、太宰治、森敦、中原中也、檀一雄、今官一、山岸外史、中村地平、小山祐士、木山捷平、北村謙次郎らと文藝同人誌『青い花』を創刊。1939年(昭和14年)、友人の太宰治から短篇『畜犬談』を捧げられた。1940年(昭和15年)、NHKのテレビ実験放送における、国内初のテレビドラマである『夕餉前』の脚本を担当した。戦後は伊馬春部に筆名を改め(釈迢空、折口信夫が名付けた。「今更 雪零目八方 蜻火之 燎留春部常 成西物乎」「今更に 雪降りめやも 陽炎の 燃ゆる春へと 成りにし物を」萬葉集 卷第十 四時雜歌、四時相聞 1835【承前,廿四十七。】)、1947年(昭和22年)には、他の執筆陣とともに交代で書き上げたNHKの連続ラジオドラマ『向う三軒両隣』が人気を博し、1948年(同23年)には東宝から映画化された。1956年(昭和31年)、第7回NHK放送文化賞受賞。1961年(昭和36年)、『国の東』で芸術祭奨励賞受賞。1965年(昭和40年)、『鉄砲祭前夜』にて毎日芸術賞を受賞。1976年(昭和51年)、歌会始召人となる。詠進歌 ふりかへりふりかへり見る坂のうへ吾子はしきりに手をふりてをり1984年(昭和59年)、3月17日、かねてより病気療養で入院中だった都立広尾病院にて死去。墓所は築地本願寺和田堀廟所。
ひまわり 5(7)
列聖珠藻 聖徳餘光 紀元二千六百年奉祝会記念 列聖珠藻
日本の扇 <日本の美と教養>
大学受験国語一日一課 : 綜合三ヵ月完成
草仮名帖 <アルス文化叢書 ; 8>
春のてまり 再版
春のてまり
天平時代物語 小舟五部作 第4編 普及版
列聖珠藻 聖徳餘光 「記念」紀元二千六百年奉祝会
冬岡 : 歌集 献呈サイン <アララギ叢書 ; 第108編>
良寛上人遺墨選集 相馬御風毛筆和歌入
冬岡 : 歌集 <アララギ叢書 ; 第108編>
日本文学案内
自然・人間・書物
落合直文,上田万年,芳賀矢一,藤岡作太郎集 明治文学全集 44
蘭葉集
国歌の胎生及び発達
国民学校母の会の実践
国体観念の史的研究
大東亜戦争防人の賦
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