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占魚三百六十五日
山国の海鳴 詩集
4冊セット対談 中川一政 リトグラフ12/40部入り 刊行年 昭52 出版社 求龍堂。函なし。中川一政『随筆八十八 中川一政米寿記念出版』、 1980年、講談社刊。初版。函なし。直筆サイン入。扉ページを中川一政のオリジナルリトグラフで彩った非売品随筆集『随筆八十八』です。歌集雨過天晴 著者 中川一政 出版社 求龍堂 刊行年 昭54 限定30部二十四番本 函なし。上村占魚宛署名。短歌の染筆欠け。中川一政 野々娘 番外30部私家本 限定15/488部 創樹社 中川一政落款入り。函なし。
丈草百句 内藤丈草 著 草木屋出版部 昭和16 54p 19cm 無刊記。上村占魚旧蔵蔵印。内藤丈草、寛文2年(1662年) - 元禄17年2月24日(1704年3月29日))は現在の愛知県犬山市出身の江戸時代前・中期の俳人。名は本常。通称は林右衛門、号を丈草、別号を仏幻庵など。松尾芭蕉の門人となり、蕉門十哲の一人となった。経歴尾張藩犬山領主成瀬家家臣・内藤源左衛門の長子として生まれる。丈草の父源左衛門は、実姉の松寿院が成瀬正虎の愛妾だった縁で、成瀬家に仕官が許された。丈草は14歳で寺尾直竜に出仕する。寺尾直竜は俳諧を嗜み、不木と号した俳人であった。18歳の頃、名古屋に遊学し、穂積元庵に漢学を学んだとされる。貞享5年(1688年)8月、27歳にして遁世。遁世後、玉堂和尚ゆかりの寺院で過ごし、奥の細道の旅から帰った松尾芭蕉に出逢う[1]。やがて、『猿蓑』の跋を執筆するほどの信頼を得て、元禄6年(1693年)無名庵に入るが、翌年、芭蕉が亡くなる[1]。芭蕉の喪が明けると、竜ヶ岡に仏玄庵を結び、大行脚や経塚建立を果たした[1]。元禄17年(1704年)2月14日、43歳没。
会津八一全集 7 日記・雑纂
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