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1,453件

脊振山信仰の源流

中国書店
 福岡県福岡市博多区中呉服町
8,800
吉田扶希子 著、中国書店、2014
送料弊社負担。

背振山信仰の源流
霧島、姫路、大阪、京都、秩父等全国的なひろがりをみせる脊振山信仰を初めて明らかにする

 福岡、佐賀の両県境に位置する脊振山地の主峰・脊振山。「脊振千坊」といわれたときもあり、性空上人など多くの修験者が出入りしていたが、文献史料はほとんど残っていない。
 上宮に弁才天、下宮に徳善大王が祭られ、中宮には二人の末子である乙護法童子が祭られる。
 文保三年(1319)成立の縁起には、天竺から龍馬に乗って乙護法童子が脊振山にやってきたといい、「脊を振りていななくこと三度」と山名の由来、さらに肇国神話を語る。
 しかし実は、脊振山信仰の根本は『古事記』、『日本書紀』などに描かれる古代にその基礎が形成されていた。この地は、神功皇后の伝承地であり、のちの元寇のときには神功皇后の八幡信仰が大いにおこっている。脊振山信仰は北麓と南麓で違いがあり、さらには霧島、姫路、大阪、京都、秩父など全国的なひろがりをみることができる。
 脊振山の四周の寺社縁起、説話、伝説の調査、さらに祭礼、祭礼組織、芸能などを歴史学的、社会学的視野を含めて民俗学的に考察する。
目次

序 西南学院大学大学院教授 高倉洋彰
序 論
第一章 脊振山地主峰脊振山の信仰
 第一節 脊振神社の弁才天
 第二節 山頂の弁才天
 第三節 龍池の龍
 第四節 東門寺
 第五節 護法童子
 第六節 徳善大王
 第七節 小 結
第二章 脊振山地の神功皇后伝― 脊振山地の西側・北側のこと
  第一節 官道沿いの伝承
 第二節 天之日矛の話
 第三節 神功皇后の伝承地
 第四節 小 結
第三章 雷山と清賀上人
 第一節 雷山の聖地 上宮・中宮・下宮
 第二節 雷山のツツと弁才天
 第三節 清賀上人の活躍
 第四節 小 結
第四章 『宇佐託宣集』の異国合戦
 第一節 八幡信仰の根本縁起
 第二節 異国合戦
 第三節 住吉の神
 第四節 小 結
第五章 筑紫の国と「朝日長者」―脊振山地東側のこと
 第一節 筑 紫
 第二節 「朝日長者」伝説
 第三節 小 結
第六章 紀氏の活躍
 第一節 紀 氏
 第二節 桧垣嫗のこと
  第三節 小 結

*表紙等に汚れあり
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クレジットカード使用可 銀行振込可 代引き不可 公費可 海外発送可 適格請求
8,800
吉田扶希子 著 、中国書店 、2014
送料弊社負担。 背振山信仰の源流 霧島、姫路、大阪、京都、秩父等全国的なひろがりをみせる脊振山信仰を初めて明らかにする  福岡、佐賀の両県境に位置する脊振山地の主峰・脊振山。「脊振千坊」といわれたときもあり、性空上人など多くの修験者が出入りしていたが、文献史料はほとんど残っていない。  上宮に弁才天、下宮に徳善大王が祭られ、中宮には二人の末子である乙護法童子が祭られる。  文保三年(1319)成立の縁起には、天竺から龍馬に乗って乙護法童子が脊振山にやってきたといい、「脊を振りていななくこと三度」と山名の由来、さらに肇国神話を語る。  しかし実は、脊振山信仰の根本は『古事記』、『日本書紀』などに描かれる古代にその基礎が形成されていた。この地は、神功皇后の伝承地であり、のちの元寇のときには神功皇后の八幡信仰が大いにおこっている。脊振山信仰は北麓と南麓で違いがあり、さらには霧島、姫路、大阪、京都、秩父など全国的なひろがりをみることができる。  脊振山の四周の寺社縁起、説話、伝説の調査、さらに祭礼、祭礼組織、芸能などを歴史学的、社会学的視野を含めて民俗学的に考察する。 目次 序 西南学院大学大学院教授 高倉洋彰 序 論 第一章 脊振山地主峰脊振山の信仰  第一節 脊振神社の弁才天  第二節 山頂の弁才天  第三節 龍池の龍  第四節 東門寺  第五節 護法童子  第六節 徳善大王  第七節 小 結 第二章 脊振山地の神功皇后伝― 脊振山地の西側・北側のこと   第一節 官道沿いの伝承  第二節 天之日矛の話  第三節 神功皇后の伝承地  第四節 小 結 第三章 雷山と清賀上人  第一節 雷山の聖地 上宮・中宮・下宮  第二節 雷山のツツと弁才天  第三節 清賀上人の活躍  第四節 小 結 第四章 『宇佐託宣集』の異国合戦  第一節 八幡信仰の根本縁起  第二節 異国合戦  第三節 住吉の神  第四節 小 結 第五章 筑紫の国と「朝日長者」―脊振山地東側のこと  第一節 筑 紫  第二節 「朝日長者」伝説  第三節 小 結 第六章 紀氏の活躍  第一節 紀 氏  第二節 桧垣嫗のこと   第三節 小 結 他 *表紙等に汚れあり

竹窓随筆 明末仏教の風景

中国書店
 福岡県福岡市博多区中呉服町
6,600
宋明思想研討会、中国書店、2007年、547+4p、精装本
雲棲袾宏『竹窓随筆』全訳
監修:荒木見悟 九州大学名誉教授

中国・明朝末期の頃、陽明学が栄える一方、仏教が不振な中、杭州の雲棲にあって、仏教の根本からの立て直しと人びとの心の救済に全力をそそいだ僧の珠玉の書。待望の完全訳注。満を持して刊行。

『竹窓随筆』は、白隠慧鶴禅師が愛読した『禅関策進』の著者として知られる雲棲衣+しゅ(衣+朱)宏の随筆集であり、全3巻、計427条からなる巨編である。
中国江南地方の仏教は、宋末から元代を経て明初に至るまで、国家の手厚い保護もあり五山十刹を中心にして隆盛を誇っていたが、明代、永楽帝が首都を北へ移して以降、見る影もなく衰退していった。
その状況を打ち破り、明代末期に仏教の隆盛をもたらした最大の功労者が雲棲袾宏である。 彼は、仏教の基礎とも言うべき戒律を復興し、修行法としての禅と念仏を鼓吹し、教学をも駆使して、雲棲寺(浙江省杭州銭塘県)で教化活動を繰り広げた。
袾宏が雲棲で実施していた法要規範は、清代初期の禅宗にも大きな影響を与えており、隠元隆き(衣+奇)が日本に伝えた黄檗宗で使用されている『瑜伽焔口科範』も袾宏序刊本である。
その袾宏が見た当時の仏教界の有り様を、理非曲直を明らかにしながら自ら記した書物が、この『竹窓随筆』である。明代末期における「仏教再生」の鍵が隠されたこの本は、現代において仏教再生を目指す人々には必見の書であろう。

ちくそうずいひつ/竹窗随笔 竹窗隨筆
三巻。袾宏しゅこう撰。明・万暦四三年(一六一五)述。『竹窓随筆』『竹窓二筆』『竹窓三筆』の総称。袾宏最晩年の円熟した思想が披露されている随筆集で、計三八九篇からなる。仏教をはじめ儒教・道教・天主教・民間宗教のみにとどまらず、明末の社会風景をもありのままに書き連ねている。袾宏は禅浄双修を標榜しているが、『竹窓二筆』「随処浄土」では、禅に傾倒する者に対して皮肉を込めて厳しく警告する旨が述べられており、初心の者は浄土教を信じるべきであるとしている。
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クレジットカード使用可 銀行振込可 代引き不可 公費可 海外発送不可 適格請求
6,600
宋明思想研討会 、中国書店 、2007年 、547+4p 、精装本
雲棲袾宏『竹窓随筆』全訳 監修:荒木見悟 九州大学名誉教授 中国・明朝末期の頃、陽明学が栄える一方、仏教が不振な中、杭州の雲棲にあって、仏教の根本からの立て直しと人びとの心の救済に全力をそそいだ僧の珠玉の書。待望の完全訳注。満を持して刊行。 『竹窓随筆』は、白隠慧鶴禅師が愛読した『禅関策進』の著者として知られる雲棲衣+しゅ(衣+朱)宏の随筆集であり、全3巻、計427条からなる巨編である。 中国江南地方の仏教は、宋末から元代を経て明初に至るまで、国家の手厚い保護もあり五山十刹を中心にして隆盛を誇っていたが、明代、永楽帝が首都を北へ移して以降、見る影もなく衰退していった。 その状況を打ち破り、明代末期に仏教の隆盛をもたらした最大の功労者が雲棲袾宏である。 彼は、仏教の基礎とも言うべき戒律を復興し、修行法としての禅と念仏を鼓吹し、教学をも駆使して、雲棲寺(浙江省杭州銭塘県)で教化活動を繰り広げた。 袾宏が雲棲で実施していた法要規範は、清代初期の禅宗にも大きな影響を与えており、隠元隆き(衣+奇)が日本に伝えた黄檗宗で使用されている『瑜伽焔口科範』も袾宏序刊本である。 その袾宏が見た当時の仏教界の有り様を、理非曲直を明らかにしながら自ら記した書物が、この『竹窓随筆』である。明代末期における「仏教再生」の鍵が隠されたこの本は、現代において仏教再生を目指す人々には必見の書であろう。 ちくそうずいひつ/竹窗随笔 竹窗隨筆 三巻。袾宏しゅこう撰。明・万暦四三年(一六一五)述。『竹窓随筆』『竹窓二筆』『竹窓三筆』の総称。袾宏最晩年の円熟した思想が披露されている随筆集で、計三八九篇からなる。仏教をはじめ儒教・道教・天主教・民間宗教のみにとどまらず、明末の社会風景をもありのままに書き連ねている。袾宏は禅浄双修を標榜しているが、『竹窓二筆』「随処浄土」では、禅に傾倒する者に対して皮肉を込めて厳しく警告する旨が述べられており、初心の者は浄土教を信じるべきであるとしている。

東アジアにおける犁耕発達史

中国書店
 福岡県福岡市博多区中呉服町
5,940
武藤軍一郎(著)、中国書店、B5
農業の発展は、土の耕起、整地手段の発達に大きく依存している。鍬耕から犁耕への移行は、耕起作業能率を著しく高めた。本書は東アジアにおける犁耕の発達を社会、農業の発展との関係で見たものである。中国では華北の乾地農法と犁、華南の水田農法と犁として捉えられる。朝鮮半島における犁の多様性と整地農具の驚くべき多種類と機能分化を自然条件と農法から明らかにしている。もっとも遅く犁耕を始めた日本では、東日本における耕起が明治後期まで鍬耕であったことを立証し、その原因にせまっている。 本書は歴史研究者にも農業地理研究者にも有益であると思う

農業の発展は、土の耕起、整地手段の発達に大きく依存している。鍬耕から犁耕への移行は、耕起作業能率を著しく高めた。
本書は東アジアにおける犁耕の発達を社会、農業の発展との関係で見たものである。中国では華北の乾地農法と犁、華南の水田農法と犁として捉えられる。朝鮮半島においては、犁の多様性と整地農具の種類の驚くほどの多さと機能分化を、自然条件と農法から明らかにしている。もっとも遅く犁耕を始めた日本では、東日本における耕起が明治後期まで鍬耕であったことを立証し、その原因にせまっている。
<目次>
序 章 世界の農耕と農具
第Ⅰ部 中国における犁耕史
 華北農耕と華南農耕/農耕の進展と農具/三国時代から隋時代以前まで/ 隋~元時代の農耕と犁の発達/明清時代の精耕細作技術の発展と犁の形態 /20世紀の犁の発達
第Ⅱ部 朝鮮半島における農業と犁耕の発達
 朝鮮半島の自然条件/朝鮮半島の農業と農具、とくに犁の発達/近代朝鮮半島における犁を中心にした農耕/朝鮮半島における犁の分布
第Ⅲ部 日本犁耕発達史
 日本人と稲作の起源/古代から奈良時代の農耕と農具の発達/奈良時代から戦国時代における農耕と犁耕/江戸時代における農耕と犁/明治初期における犁の発達と全国への普及/全国への犁耕の普及はどのように行なわれたか/大正期以降の犁の発達

カバーに汚れあり
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クレジットカード使用可 銀行振込可 代引き不可 公費可 海外発送不可 適格請求
5,940
武藤軍一郎(著) 、中国書店 、B5
農業の発展は、土の耕起、整地手段の発達に大きく依存している。鍬耕から犁耕への移行は、耕起作業能率を著しく高めた。本書は東アジアにおける犁耕の発達を社会、農業の発展との関係で見たものである。中国では華北の乾地農法と犁、華南の水田農法と犁として捉えられる。朝鮮半島における犁の多様性と整地農具の驚くべき多種類と機能分化を自然条件と農法から明らかにしている。もっとも遅く犁耕を始めた日本では、東日本における耕起が明治後期まで鍬耕であったことを立証し、その原因にせまっている。 本書は歴史研究者にも農業地理研究者にも有益であると思う 農業の発展は、土の耕起、整地手段の発達に大きく依存している。鍬耕から犁耕への移行は、耕起作業能率を著しく高めた。 本書は東アジアにおける犁耕の発達を社会、農業の発展との関係で見たものである。中国では華北の乾地農法と犁、華南の水田農法と犁として捉えられる。朝鮮半島においては、犁の多様性と整地農具の種類の驚くほどの多さと機能分化を、自然条件と農法から明らかにしている。もっとも遅く犁耕を始めた日本では、東日本における耕起が明治後期まで鍬耕であったことを立証し、その原因にせまっている。 <目次> 序 章 世界の農耕と農具 第Ⅰ部 中国における犁耕史  華北農耕と華南農耕/農耕の進展と農具/三国時代から隋時代以前まで/ 隋~元時代の農耕と犁の発達/明清時代の精耕細作技術の発展と犁の形態 /20世紀の犁の発達 第Ⅱ部 朝鮮半島における農業と犁耕の発達  朝鮮半島の自然条件/朝鮮半島の農業と農具、とくに犁の発達/近代朝鮮半島における犁を中心にした農耕/朝鮮半島における犁の分布 第Ⅲ部 日本犁耕発達史  日本人と稲作の起源/古代から奈良時代の農耕と農具の発達/奈良時代から戦国時代における農耕と犁耕/江戸時代における農耕と犁/明治初期における犁の発達と全国への普及/全国への犁耕の普及はどのように行なわれたか/大正期以降の犁の発達 カバーに汚れあり

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