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日本名城伝 <文春文庫>
城郭と城下町 全10巻揃い (1 北海道・東北 弘前城・会津若松城・仙台城・二本松城ほか/2 関東 江戸城・小田原城・佐倉城・水戸城ほか/3 東海 名古屋城・岡崎城・犬山城・高山陣屋ほか/4 北陸・甲信越 金沢城・大野城・松本城・高遠城・甲府城ほか)
図説伊達政宗
近世武士住宅 全2冊(本編・附図)
市史せんだい 特集 仙台の環境、今昔ものがたり Vol.5/1995.7
日本名城伝
「図説 伊達政宗」
SD 1982年07月号 幻の日本建築
日本の城 <教養カラー>
日本の名城
1_ 仙台城歴史散策 青葉城の盛衰とロマン 逸見英夫 水殿畔 宮城県仙台市 宮城文化協会 180254
日本三景の一 松島案内 塩釜、仙臺附図
日本の名城 改訂
図説日本の歴史 4
近世日本の都市と交通
市史せんだい Vol.9 / 1999.7 特集 特集 『まちを守る』、市史セミナー 『大きくなる街・速くなる足』
仙台藩の歴史 第2 (伊達騒動) 5版
郷土の歴史 [第2] (東北編)
仙台藩の歴史 第2 (伊達騒動)
仙台地名考 : 仙台市町名の由来
仙台遊覧乗合自動車案内 仙台市街自動車株式会社(仙台市東五番町二三番地 電話 一九〇四番、案内所 仙台駅前 電話 三七七二番)
白石城著者 片倉信光 出版社 白石市文化財愛護友の会 刊行年 昭57「図録解読」欠 白石で片倉といえば、仙台藩祖伊達政宗の忠臣、小十郎景綱。片倉信光(1909~85)は、白石城主片倉家の15代目に当たる。天正19年(1591)豊臣秀吉は、伊達氏の支配下にあったこの地方を没収し、会津若松城とともに蒲生氏郷に与えた。蒲生氏家臣蒲生源左衙門郷成は、白石城を築城し城主となった。慶長3年(1598)上杉領となるや上杉氏家臣甘糟備後守清長は白石城の再構築を行い居城した。慶長5年(1600)関ヶ原合戦の直前、伊達政宗は白石城を攻略し、この地方は再び伊達領となり、伊達氏家臣片倉小十郎によって大改修がなされ、以後明治維新まで260余年間片倉氏の居城となった。白石城は標高76メートルの最頂部には本丸・二ノ丸・中ノ丸・西曲輪、中段には沼ノ丸・南ノ丸・巽曲輪・帯曲輪・厩曲輪を置き丘の上に館堀川を巡らし、南は空堀で斤陵を切断、館堀川を隔てた平地には三ノ丸・外曲輪を配置した平山城である。本丸は高さ9メートル余の石垣の上に土塁を囲み三階櫓・巽櫓・坤櫓・大手門・裏三階門を備え、御成御殿・表・奥の諸建物があった。二ノ丸以下はすべて土塁で囲み、木柵をまわした崖を利用する等中世と近世城郭を併用した縄張であった。元和の一国一城令以後も仙台藩は仙台城と白石城の二城が許され、明治維新には奥羽越列藩同盟がこの城で結ばれ、公議府が置かれ輪王寺宮が滞城された。その後按察府の設置、兵部省兵隊屯所になるなど、日本の歴史の変転期には一役を担う重要な城であった。白石城主「片倉氏」初代片倉小十郎景綱は、伊達輝宗(政宗の父)に見出され、梵天丸(後の政宗)の傅役となり、終生政宗につかえました。小田原参陣の時、時期の遅れを説いて秀吉との対決も辞さずとした成実と和平を説いて参陣を主張した景綱の話は有名。
日本城郭史 [増補]重版
宮城県史 第2 (近世史)
ムシの考古学図鑑
SD スペースデザイン No.214 1982年7月 <特集 : 幻の日本建築>
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