JavaScript を有効にしてご利用下さい.
文字サイズ
古書を探す
アダルト商品の検索を行う場合、18歳未満の方のご利用は固くお断りします。 あなたは18歳以上ですか?
支倉常長 人物叢書 新装版 日本歴史学会 編 新装版
日本刀物語 続
教訓名畫集 <講談社の繪本 ; 11> 裁断済
白石城著者 片倉信光 出版社 白石市文化財愛護友の会 刊行年 昭57「図録解読」欠 白石で片倉といえば、仙台藩祖伊達政宗の忠臣、小十郎景綱。片倉信光(1909~85)は、白石城主片倉家の15代目に当たる。天正19年(1591)豊臣秀吉は、伊達氏の支配下にあったこの地方を没収し、会津若松城とともに蒲生氏郷に与えた。蒲生氏家臣蒲生源左衙門郷成は、白石城を築城し城主となった。慶長3年(1598)上杉領となるや上杉氏家臣甘糟備後守清長は白石城の再構築を行い居城した。慶長5年(1600)関ヶ原合戦の直前、伊達政宗は白石城を攻略し、この地方は再び伊達領となり、伊達氏家臣片倉小十郎によって大改修がなされ、以後明治維新まで260余年間片倉氏の居城となった。白石城は標高76メートルの最頂部には本丸・二ノ丸・中ノ丸・西曲輪、中段には沼ノ丸・南ノ丸・巽曲輪・帯曲輪・厩曲輪を置き丘の上に館堀川を巡らし、南は空堀で斤陵を切断、館堀川を隔てた平地には三ノ丸・外曲輪を配置した平山城である。本丸は高さ9メートル余の石垣の上に土塁を囲み三階櫓・巽櫓・坤櫓・大手門・裏三階門を備え、御成御殿・表・奥の諸建物があった。二ノ丸以下はすべて土塁で囲み、木柵をまわした崖を利用する等中世と近世城郭を併用した縄張であった。元和の一国一城令以後も仙台藩は仙台城と白石城の二城が許され、明治維新には奥羽越列藩同盟がこの城で結ばれ、公議府が置かれ輪王寺宮が滞城された。その後按察府の設置、兵部省兵隊屯所になるなど、日本の歴史の変転期には一役を担う重要な城であった。白石城主「片倉氏」初代片倉小十郎景綱は、伊達輝宗(政宗の父)に見出され、梵天丸(後の政宗)の傅役となり、終生政宗につかえました。小田原参陣の時、時期の遅れを説いて秀吉との対決も辞さずとした成実と和平を説いて参陣を主張した景綱の話は有名。
世界の辺境とハードボイルド室町時代 集英社文庫
松島瑞巌寺写真帖
殉死の構造 <講談社学術文庫>
滑稽徳川明治史
仙台市全図 最新刊・地番入
茶人と茶の湯の研究
精神分析 新しき立身道
季刊 仙台郷土研究 第19巻第4号
上杉景勝
戦国のコミュニケーション : 情報と通信
県別戦国武将事典 : これ一冊でよくわかる!
「バサラ人間」待望論 : 人生、意気に感ずる生き方・21項
グラフ みやぎ 第11巻第1号(通巻 第42号)-第12巻第3号(通巻 第48号) 5冊 (宮城県の季刊広報誌)。★分売も可です。1冊1200円。
秋山定輔は語る
匏菴十種
英雄・女人に学ぶ人間学
ミネルヴァ日本評伝選 支倉常長 : 武士、ローマを行進す <ミネルヴァ日本評伝選>
関ケ原銘々伝 : 天下分け目の戦いで馬鹿を見た人、笑った人 <ソフトバンク新書 172>
支倉常長 : 武士、ローマを行進す <ミネルヴァ日本評伝選>
青葉の志をり
金言辞解 : 立志成功
1_ 伊達政宗とローマ使節・支倉常長展 カタログ 1990年 サントリー美術館 010018
古英雄の生活観
話園
「関ケ原銘々伝」 天下分け目の戦いで馬鹿を見た人、笑った人 <ソフトバンク新書 172>
奥羽仕置と豊臣政権
五島寿庵伝
富士 新年号 大日本は神国なり(神皇正統記) 第二十巻第一号
切支丹の殉教者
戦国の家長 生き残るために何をしたか
切支丹殉教記
日本近世史説
史料纂集古記録編 第138回配本 泰重卿記3
復刻版(昭和13年刊 改正版) 「最新刊 仙臺市街全圖 地番入」中央部
史料纂集古記録編 第113回配本 泰重卿記2
史料纂集古記録編 第95回配本 泰重卿記1
史料纂集古文書編 第43回配本 別本歴代古案2
家康 : 「欣求浄土」と「天下取り」の発想
修養格言全集
武術の誉 : 寛永勇士 <八千代文庫 ; 第33編>
<<前へ 1 2 3 4 5 6 次へ>>
在庫検索から見つからなかった場合は、書誌(カタログ)からも検索できます。 お探しの古書が登録されていれば、在庫が無い本や条件に合わない本についても、こちらからリクエストを行うことができます。