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劇画とマンガ第3集 <サンデー毎日増刊 通巻2702号 第49巻 第37号 (昭和45年8月7日)>
新しい住宅 47年 第2号 (1972年4月) <木造2階建て住宅特集号>
近代中国の思想と文学
版画藝術 5号 1974年4月 <日本の古典ポスター特集 ; シルクスクリーン・コレクション特集 (木村光佑オリジナル版画 綴込みあり)>
世界教養全集 別巻 第4 語録 永遠の言葉
美術手帖 創業80周年 特集 現代美術の問題点 37(537)
軍事史学 116号 29巻4号(通巻116号)
芸術生活 24巻5号 = 261号 (昭和46年5月号) <特集 : 天空からの眼 ゾンネンシュタール>
比較文学比較文化 : 島田謹二教授還暦記念論文集
美術手帖 1986年11月号 No.570 <特集 : ポスト・モダンの建築ってなんだった>
ユリイカ 1990-1 特集 フランス小説の新しい流れ―ヌーボー・ロマン以後 22(1)(290)
建築技術 1997-10 特集 既存建物の耐震診断と耐震改修 (571)
アサヒカメラ 50巻 12号 通巻391号 (1965年11月)
秘録 大東亜戦史 東京裁判篇
カフカ全集 第3巻
建築雜誌 第126集 第1619号 (2011年6月) <特集 : 建築の境界 Exploring Architectural Boundaries>
季刊考古学 縄文時代の新展開 (50)
最新医学 1995年6月号 50(6)(597)
音楽芸術 1996年6月号 特集:アントン・ブルックナー没後100年 54(6)
藝術新潮 1965年6月号 第16巻 第6号
仏教史学論集 : 塚本博士頌寿記念
美術手帖 1970-.05(no.327) (327)
エッセイの贈りもの 1~5
「軍縮問題資料 2000年1月 No.231」 (1)(231)
季刊銀花 107号 特集①「少年少女の寶もの」 特集②若夏の芭蕉布 沖縄平良敏子
版画藝術 第12巻 46号 1984年7月 <特集 : デューラーとドイツ・ルネッサンスの版画 (斎藤修オリジナル小口木版画 綴込みあり)>
民友マンガ博’85 日本漫画家協会会員の肉筆赤ベコ年賀状155枚 石森章太郎、内山安二、おおともやすおみ、小島功、さいとう・たかを、里中満智子、杉浦幸雄、園山俊二、田河水泡、田村セツコ、ちばてつや、つのだじろう、富永一朗、永田竹丸、馬場のぼる、牧野和子、森田拳次、やなせたかし、横山隆一、吉森みき男ほか
芸術新潮 没後25年記念特集 三島由紀夫の耽美世界 46(12)(552)
芸術新潮 大特集 今こそ知りたい! 洲之内徹絵のる一生 45(11)(539)
東洋学論叢 : 石浜先生古稀記念
藝術新潮 1964年4月号 第15巻 第4号
音楽の友 44(1) 1986年版 (全12冊)で
版画芸術 77 松島順子オリジナル版画添付
山と高原 275号 1959年9月
藝術新潮 1971年3月号 第22巻 第3号
新建築 1986年3月 第61巻 第3号 <イサム・ノグチ アトリエ>
藝術新潮 1969年1月号 第20巻 第1号 <万国博関連資料>
藝術新潮 1970年10月号 第21巻 第10号
藝術新潮 1971年1月号 第22巻 第1号
藝術新潮 1979年2月号 第30巻 第2号 <特集 : メッセージとしての「イラストレーション」>
日本の英学100年 全4巻セット
新建築 1996年8月 第71巻 第9号 <特集 : 東京国際フォーラム ラファエル・ヴィニオリ>
美術手帖 1987年10月号 No.586 <特集 : 江戸ラビリンス 日光東照宮>
アサヒカメラ 54巻 12号 通巻440号 (1969年11月)
高齢者・障害者の住宅 <建築設計資料 55>
林子平傳 日本国防の先覚者 著者 松原晃 出版社 奥川書房 刊行年 昭17年初版 林子平(はやし しへい)元文3年6月21日(1738年8月6日) - 寛政5年6月21日(1793年7月28日))は、江戸時代後期の経世論家。諱は友直。のちに六無斎主人と号した。高山彦九郎・蒲生君平と共に、「寛政の三奇人」の一人(「奇」は「優れた」という意味)。元文3年(1738年)、幕臣岡村良通の次男として江戸に生まれる。父の岡村良通は御書物奉行(620石)として仕えていたが、子平が3歳の頃、故あって浪人の身となり、家族を弟の林従吾(林道明)に預け諸国放浪の旅に出た。子平らは、大名家に往診にも行く開業医であった叔父の従吾のもとで養われる。まもなく、長姉と次姉は仙台藩の江戸屋敷に奉公するようになり、仙台藩5代藩主伊達吉村の侍女として仕えた。次姉のなお(きよ)はその容姿と心ばえが吉村に愛され、やがて6代藩主となる宗村の側室に抜擢され、お清の方と呼ばれるようになった。お清の方は1男1女をもうけた。男子はのちに三河国刈谷藩主土井利信の養嗣子となる土井利置、女子は出雲松江藩主松平治郷の正妻となる方子(青楽院)である。お清の方の縁で、養父の従吾は仙台藩の禄を受けるようになった。従吾の没後、子平の兄の林友諒が封を継ぎ、宝暦6年(1756年)に正式に仙台藩士として150石が下された。同年5月に宗村が死去すると、友諒は家族を引き連れ、仙台川内に移住した。子平は部屋住みの身で妻子は持たなかったが、仙台藩士として生活するようになった。子平はみずからの教育政策や経済政策を藩上層部に進言するが聞き入れられず、禄を返上して藩医であった兄友諒の部屋住みとなり、北は松前から南は長崎まで全国を行脚する。長崎や江戸で学び、大槻玄沢、宇田川玄随、桂川甫周、工藤平助らと交友する。ロシアの脅威を説き、『三国通覧図説』『海国兵談』などの著作を著し、「およそ日本橋よりして欧羅巴に至る、その間一水路のみ」と喝破して、当時の人びとを驚かせた。『海国兵談』の序を書いたのは、仙台藩医工藤平助であった。また『富国策』では藩の家老佐藤伊賀にあて藩政について説いたが、採用はされなかった。
藝術新潮 1971年2月号 第22巻 第2号
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