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図説日本文化史大系 第3巻 奈良時代
聲なき民のこえ
アサヒカメラ 50巻 3号 通巻382号 (1965年3月)
近代における日本農業の発展 改訂版
政治論集 1
美夫君志 第27号 昭和58年8月
現代の理論 3巻8号 通巻31
みづゑ ソニアドローネー 源氏物語絵巻 中里斉 ヒンドゥー教の美術 -897
近世名古屋享元絵巻の世界
明治開化綺談
1_ 考古遺物資料集 第5集 宮古市 山田町 岩泉町 田老町 新里村 川井村 釜石市 遠野市 大槌町 宮守村 昭和59年度 240055
政治論集 1、2
Pen (ペン) 515号 2012年6月
えうゐ : ロシアの文学・思想 10
交易營團への理論と實践
南方外交史話
工藝ニュース Vol.4 No.5 1935年5月 <第二十二回商工展>
呉市医師会史
現代における人権と平和の法的探求 : 法のあり方と担い手論
鉄道業務研究資料 1卷1號 (昭17.4)-2巻2号 (昭18.1) 不揃15冊+業務研究資料索引(第2巻附録)
日本資本主義分析 : 日本資本主義における再生産過程把握 改版
学問のかたち もう一つの中国思想史 上製
子供と花 : 随筆と評論
4年の学習 31巻3号 1976年6月教材
芸術新潮 1987年12月号 第38巻 第12号 <大特集 : いざ行かん!縄文ユートピア>
JA : The Japan Architect 37号 2000年4月 <住宅の構造>
SD スペースデザイン No.25 1966年12月 <特集 : 世紀末芸術再発見>
上毛産業組合史
私がデビューしたころ
独特老人
日本医事新報 3420 Japan medical journal 1989年11月
日本のイノベーション・岡山のパイオニア : 2007年公開講座講演集 1
対談・家族探求 : 樋口恵子と考える日本の幸福
キネマ旬報 1999年7月下旬号 ポスト・タランティーノ世代の映画監督たち
SD 1968年04月号 超音速輸送時代の開始
日本人の矜持 : 九人との対話 <新潮文庫 ふ-12-10>
GRAPHICATION グラフィケーション 1971年9月 第63号 特集 : 諧謔と風刺 <富士ゼロックス・PR誌>
彷書月刊 : 古書を巡る情報誌 20巻9号 通巻228号 (2004年8月) <特集 : 印刷記>
国鉄線 第26巻第7号 通巻266号 1971年7月
東欧史研究 = The Journal of East European studies (6)
百万塔 ;第53号
みづゑ No.681 1961年12月 <特集 : 木喰上人の彫刻 ; アーシル・ゴーキー>
Energy 4巻3号 (1967年7月) 通巻14号 <特集 : 人と物の移動 (エッソ・スタンダード石油PR誌)>
アルス 音楽大講座 全12巻 ※(3)難有
明治維新と戦後改革 : 近現代史論
魔法から科学へ
季刊 銀花 第百二号 特集:串田孫一の世界 (102)
工芸ニュース Vol.35 No.3 1968年1月
禅と音楽 正派邦楽会初代家元中島雅楽之都 著 昭36年初版 函 新思社 初代家元 中島雅楽之都(なかしまうたしと)正派の創始者、初代家元中島雅楽之都は1896(明治29)年3月21日京都に生まれ、6才のときから箏の道に入る。1913(大正2)年長野市において「正派生田流」の名のもとに、本格的に教授活動を始める。看板を掲げるにあたり、善光寺大本願・大宮智栄上人ほか地元の名士たちの後援をうけ、正統な生田流を修行した者であるという意味でつけられたのが 「正派」の名のおこりである。わずか17才の若さで一派をたてた雅楽之都は、7年後には東京に本拠地をうつし、日本各地はもとより旧満州国、蒙古にまで精力的に足を運んで、箏曲の普及に努めた。こうして蒔かれた正派の種は大きく育まれ、やがて全国に多くの幹部を養成する源となり、現在の組織の基盤となっている。一方、雅楽之都は自らも常に研鑚を惜しまずに芸と人格をみがくことに努め、《和歌の浦》《松籟譜》《四方の海》など優れた数々の作品を発表。三弦は熊本まで出向いて長谷幸輝師に師事。ここで同世代の宮城道雄と知り合い、二人の若き箏曲家は熱く芸を語り、生涯の楽友として新しい邦楽界を担っていった。ほか坪内逍遥、山田耕筰、町田佳聲、中尾都山、田辺尚雄などの各氏にも知遇を得、様々な面での教えをうけている。正派は、当時の箏曲界では画期的であった施策を次々と打ち出した。伝統的な口伝教授の限界を感じての公刊楽譜の発行、洋・邦楽理論をふくんだ筆記と実技を平行させた試験による准師範試験の施行、全国組織としての評議員制などであり、これらはその後、年々充実の度を増しながら現在に至り、正派の特色として高い評価をうけている。組織としては、いわゆる「家元制度」の長所を生かしながら、近代社会に対応できるようなあり方が求められるようになり、1956(昭和31)年9月、邦楽団体では初めて文部省より「財団法人正派邦楽会」の認可を受ける。総裁・理事長には初代家元が就任。また初代家元は、世界的視野に立って日本文化の積極的な担い手となる音楽家を育てるための、専門の学校が必要であると長年考えていた。この意図が周囲に理解されて、1959(昭和34)年に正派音楽院が開校され、現在までに多数の優秀な人材を世に送りだしている。
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