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人物戦後政治 : 私の出会った政治家たち <岩波現代文庫 S194>
朝日ジャーナル 1987年11月20日号 第29巻第48号 通巻1506号 〈対論〉ニッポンの政治・アメリカの政治 「一党支配の民主主義」は安全か?/G・カーティス 石川真澄 管理型、没個性野球なんて見たくない AJライブ プロ野球の美学を読み解く/近藤貞雄・蓮實重彦・渡部直己
戦後保守政治の軌跡 --吉田内閣から鈴木内閣まで 座談会--
堕ちてゆく政治 岩波書店 石川 真澄
戦後保守政治の軌跡 : 吉田内閣から鈴木内閣まで 座談会
戦後政治史
20世紀への問い
戦後保守政治の軌跡 吉田内閣から鈴木内閣まで
新聞集成 総選挙 (上・下巻、全2冊揃い)
読める年表 激動の大正 昭和 1912(明治45・大正元年)-1989(昭和64年)/セピア色の庶民史 二冊一括
戦後政治史 岩波新書367
戦後政治史 第三版
選挙研究 (日本選挙学会年報) 第一号(1986)/第五号(1990)/第六号(1991) 政治改革 選挙制度と政治資金/第七号(1992) 選挙制度・投票行動・政治史/第11号(1996) 投票行動の数量分析 5冊一括
投票行動の政治学 : 保守化と革新政党 <北海道大学法学部研究選書 1>
戦後日本研究会・近代日本史料研究会 報告集1~3
政治記者後藤基夫 後藤基夫さんを偲ぶ文集刊行会 1985年 全 314ページ後藤基夫(1918年10月20日 - 1983年4月5日)日本のジャーナリスト、朝日新聞社常務取締役。大分県佐賀関町生まれ。第三高等学校を経て1941年12月東京帝国大学法学部政治学科卒業、1942年1月朝日新聞社入社、翌2月陸軍東部第62部隊入営。主計少尉として中国湖北省で終戦を迎える(ポツダム宣言受諾後に主計中尉)。1946年2月に朝日新聞社に復職。同年6月東京本社政経部員、1950年1月政治部員、1956年10月アメリカ総局員、1958年2月政治部に復帰、1960年1月政治部次長、1963年2月ロンドン支局長、1966年6月論説委員、1967年1月論説副主幹、1969年12月東京本社編集局長、1973年9月取締役・大阪本社代表、1974年6月常務取締役、1978年12月総合企画室担当(東京本社)、1981年4月東京本社代表となり、在職中に脳出血のため死去。享年66(満64歳)。東大在学中に昭和研究会の教育機関「昭和塾」に入り、三木清の影響を受けた。「室町将軍」と呼ばれた同郷の右翼の大物三浦義一(父親が元大分市長、衆議院議員)と親しく、政界の裏情報にも通じて「書かざる大記者」と呼ばれた。宮沢喜一は後藤を「一番親しい友人」と呼んでいる。「書かざる大記者」ゆえに敵対する政治家の双方から相談を持ち込まれることも多く、政治記者として読売新聞社の渡邉恒雄も一目置く存在だった。中ソ対立が社内の派閥抗争に波及していた当時の朝日においては、親中派の重鎮の一人で、東京本社編集局長時代の1971年秋に特派員団長として北朝鮮と中国を訪問し、金日成首相、周恩来首相と会見。総合企画室担当時代の1980年にも北朝鮮を訪れている。「書かざる大記者」のため、書いたものは少ないが、晩年、雑誌『世界』に連載された石川真澄、内田健三との鼎談で、戦後政治についての見聞の一部を語っている。
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