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続 日本思想史研究
日本書紀 1 (岩波文庫 黄 4-1)
「日本軍と日本兵」 米軍報告書は語る <講談社現代新書 2243>
日本の神様と神社 : 神話と歴史の謎を解く <講談社+α文庫 E53・1>
Political Economy of Japanese and Asian Development
現代の陽明学 帯付き
現代の陽明学 初版
教育行三十年内省より向上への道
日本刀の鑑賞基礎知識 第十版
花園神社三百五十年誌 (上下2冊組)花園神社三百五十年誌編集委員編 出版 花園神社 刊行年 H10年初版 冊数 2 函付、函に経年の汚れあります。花園神社(はなぞのじんじゃ)は、東京都新宿区新宿にある神社。旧社格は郷社。倉稲魂命(花園神社)・日本武尊(大鳥神社)・受持神(雷電神社)の3柱の神を祀る。新宿の街の中心にあり、江戸時代に内藤新宿が開かれて以来の、新宿総鎮守・街の守り神として祀られている。また敷地内では各種劇団による催し物などが定期的に開かれる。創建の由緒は不明であるが、徳川家康が江戸に入った1590年にはすで存在しており、大和国吉野山よりの勧請と伝えられている。その後、当地に内藤新宿が開かれるとその鎮守として祭られるようになった。元は現在地よりも約250メートル南にあったが、寛政年間、その地を朝倉筑後守が拝領しその下屋敷の敷地内となって参拝ができなくなった。氏子がその旨を幕府に訴えて、尾張藩下屋敷の庭の一部である現在地を拝領し、そこに遷座した[3]。そこは多くの花が咲き乱れていた花園の跡であることから「花園稲荷神社」と呼ばれるようになったと伝えられる。また、真言宗豊山派愛染院の別院・三光院の住職が別当を勤めたことから「三光院稲荷」とも、地名から「四谷追分稲荷」とも呼ばれた。明治に入ると村社に列格したが、その際、名称は単に「稲荷神社」となった。一説には届出の際に「花園」を書き忘れたという。1916年(大正5年)1月25日に東京府知事に対し改名願を出し、同年2月26日に許可され「花園稲荷神社」に改称した。1928年(昭和3年)、現新宿4丁目にあった雷電稲荷神社(雷電神社/祭神:受持神)を合祀、郷社に昇格した。1965年(昭和40年)、現在のコンクリート製の本殿に建て替えられ、その際に末社・大鳥神社(祭神:日本武尊)を本殿に合祀し、社名を「花園神社」に改めた。
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