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『御大典記念号 世界画報』昭和3年(1928年)12月に国際情報社発行昭和天皇の即位礼および大嘗祭(御大典)を記念するグラフ雑誌の臨時増刊号です。当時の儀式の様子や関連行事を写した貴重な写真や解説が多数収録されています。
戦前 信州 茶包装パッケージ 6点 蔦の花(信劦須坂町 製茶株式会社蔦屋茶店)喜多の山(長野市大門町 喜多の園本店)西沢園(長野県中堅町 西澤園本舗)梅の花(信州須坂市梅の園茶店)奈良此園(信州中野町 西澤茶舗)美泉瀧(信州長野市新町 茶間屋美濃久商店)瀧の音(信濃吉田本町 瀧澤又右衛門)
東京の公園110年 東京都建設局公園緑地部 ページ数 394p
2冊 NHK ドイツ語 昭和35年4月号 8月号 講師藤田五郎
「ソビエト国家と法」 <現代ソ連新書> ソ連邦科学アカデミー国家・法研究所ソビエト政治学協会編 出版社 ナウカ プログレス出版所 刊行年 1972年 ページ数 406p
あゆみ 第4号 旭川北高等学校生徒会 昭和35年発行 全112ページ
山谷・キューバ・フォーク : 1965~1978 変歴誌 山谷のキリスト者 田頭道登 著 出版社 三友会 刊行年 昭54 ページ数 229p サイズ 19cm 状態 中古品(並)帯痛み
空手道の楽しみ方 -レジャー・シリーズ6- 昭和42年重版カバー 空手道剛柔流宗家 宮城敬著 出版社 西東社
幽冥秘境幽界道中記 宇佐美景堂著 霊相道 1973年刊行167p 19cm
構造・安定性・ゆらぎ : その熱力学的理論 1977年初版 P.グランスドルフ, I.プリゴジン 著 ; 松本元, 竹山協三 共訳 みすず書房〈熱力学の方法を、平衡はもとより非線形性や不安定性をも含むあらゆる現象へ拡張できないであろうか? ……新しい「構造」は常に不安定性の結果として出現する。すなわちそれはゆらぎから生じるものである。ふつうはゆらぎが生じると、系をもとの乱れのない状態に戻そうとする動きが続いて起るが、新しい構造が形成される場合には、反対にゆらぎは増幅される。……安定性の理論を不可逆過程の熱力学に結びつけ、ゆらぎの巨視的理論を包含する一般化された熱力学を作り上げなくてはならない。〉散逸構造の理論で、1977年、ノーベル化学賞を受賞したプリゴジンの、グランスドルフとの共著による初期の著作。開放系に現れる構造の問題を、非平衡熱力学の立場から、物理学、化学、生物学について、統一的な観点からの説明を試みる。
栄光のギャルド・レピュブリケーヌ吹奏楽団著者 赤松文治 出版社 私家版 製作=音楽之友社 刊行年 昭和63年 1848年 - パリ防衛軍のメンバーにより12名の騎馬ファンファーレ隊が創設される。これが共和国親衛隊音楽隊の始まりであり、現在でも当騎兵連隊には騎馬ファンファーレ隊が置かれている。1856年 - 隊員56名からなる吹奏楽編成の親衛隊音楽隊を編成。1867年 - パリ万博で行われた国際軍楽隊コンクールでプロイセンの軍楽隊とともに1等賞を受賞。 このコンクールで審査員を務めた20名の中には、当時の著名な音楽家であるベルリオーズ、グノー、ドリーブが含まれており、彼らがサインした表彰状が共和国親衛隊の古文書館に保存されている。1871年 - 帝制から共和制に変わると共に、ギャルド・レピュブリケーヌ(共和国親衛隊)の名称を使うようになる。1931年 - 吹奏楽版「ボレロ」を初演。指揮はモーリス・ラヴェル。1947年 - 当時のオリオール大統領の勧告により、オーケストラも編成できるように40名の弦楽セクションを増員。1961年 - 初来日。
白虎社 おびゃっこNEWS 1988年 NO2 おびゃっこくらぶ事務局 暗黒舞踏白虎社、かつて存在した日本の前衛舞踏集団。1980年に京都市で設立される。大駱駝艦に所属していた舞踏家の大須賀勇らを中心に、京都・東九条など関西を拠点として活動。暗黒舞踏の系譜をひく舞踏によって日本各地はもとより、アジアやヨーロッパ、中南米をはじめの13か国、16都市での海外公演活動などを展開、天児牛大の主宰する山海塾らとともに舞踏第二世代を形成した。1994年に解散。「ひばりと寝ジャカ」(舞踊批評家協会賞)、「ミナカタクマクスのようなテレビジョン」、「ゾンネンシュターンの夏」などの演目があった。2016年にオープンした京都のKYOTO舞踏館で活動する今貂子は、白虎社の出身。
2冊 ナンパの鉄人GOLD 平成13年5月号6月号
自販機本 監禁いたぶり暴行 はずかしめ 成人雑誌
自販機本 アニマル教室 ㊙︎膣のぞき 成人雑誌
慶應義塾大学 工学部日吉復帰再建資金募集趣意書 昭和45年 全14頁「慶應義塾大学 工学部日吉復帰再建資金募集趣意書」、戦災によって日吉の校舎を失い、小金井などの仮校舎を転々としていた慶應義塾大学工学部が、念願だった日吉(矢上台)の地へ復帰・移転を果たすための建設資金を募る目的で、1960年代後半に作成・配布された歴史的な趣意書。資金募集と「日吉復帰」に至る背景・歴史的文脈は以下の通りです。1. 「日吉復帰」に至る歴史的背景藤原工業大学の誕生(1939年):福澤諭吉の門下生で“製紙王”と呼ばれた藤原銀次郎の私財投下により、日吉キャンパス内に開校しました。工学部の発足と戦災(1944年〜):慶應義塾へ寄付され「慶應義塾大学工学部」となりましたが、太平洋戦争末期の空襲により日吉の校舎は壊滅しました。小金井キャンパス時代(1949年〜):戦後は目黒や溝口などの仮校舎を経て、小金井市(横河電機製作所の工場跡地)に移転しました。しかし、施設の老朽化や、1・2年生が一般教養を学ぶ日吉キャンパスから物理的に遠いことが大きな課題となっていた。
光州虐殺事件を告発する出版 光州虐殺事件を告発する会 ページ数 [37]p サイズ 24×24cm 1980年光州事件(クァンジュじけん、韓国語: 5・18 광주 민주화 운동, 5・18 민주화 운동)1980年5月18日から27日にかけて大韓民国の全羅南道の道庁所在地だった光州市を中心に発生した市民による軍事政権に対する民主化要求の蜂起である。第二次大戦後の1948年韓国建国以降に発生した済州島四・三事件や保導連盟事件と並び、国家権力すなわち韓国軍による多数の自国民殺害を伴う3つの事件の一つである。韓国軍による一斉射撃などで一般市民数百名の死者を出し、また軍による多数の一般女性への強姦も行われた。この事件では市民側の民主化要求は実現しなかったが、その後の民主化運動の展開に影響を与え、言論の自由と大統領の直接選挙などを骨子とする1987年の6・29民主化宣言により民主化達成へとつながる一因となった。
5冊 国犬秋田犬 第二十第二十一合併号(昭和35年秋期・昭和36年春期展覧会個評集)、第二十四号、第二十四号(昭和37年後期展覧会個評集)、第二十五第二十六合併号(昭和38年春期・秋期展覧会個評集)、第三十五号(昭和43年後期展覧会個評集)、第三十六号(昭和43年後期展覧会個評集)、社団法人秋田犬協会は、かつて存在した文部科学省文化財部記念物課所管の社団法人。秋田犬の保護及び増殖を目的として、獣医師らが中心になって設立された。設立年は1948年(昭和23年)。2016年(平成28年)に解散。
トラピストの木靴 小さな修道士の木靴丁寧に彫られた、小さな木靴。ベルト付きの素敵な佇まいです。北海道のトラピス木彫り。修道士の小さな木靴。長さ11.5cm×幅4cm×高さ5cm(箱入り)
変身!!うたの大行進 人気テレビ漫画主題歌 ウルトラマン・仮面ライダー・ライオン丸・バロム1等 H130mm W95mm
『東質相場表』2014年 夏期版 東京質屋協同組合広報事業部「東質相場表」は、東京質屋協同組合が年2回(1月・7月)発行している質店・古物商向けの非売品(会員限定)の価格データ集です。2014年当時の買取・融資の目安として発行
『東質相場表』2012年 冬期版東京質屋協同組合広報事業部「東質相場表」は、東京質屋協同組合が年2回(1月・7月)発行している質店・古物商向けの非売品(会員限定)の価格データ集です。2012年(平成24年)当時の買取・融資の目安として発行
フィリアック PHILIAC 創刊号 噂のてんこもり変態マガジン 出版社 求龍社
本田安次著作集 日本の伝統芸能 本巻全20巻揃
青い目の人形交流展 ―お帰りなさい答礼人形【図録】 武田英子・さいとうみのる:監修 出版社 国際文化協会・朝日新聞社・そごう美術館 刊行年 昭和63 解説 A四 80頁 人形師 初代岩松松乾斉作 秀徳作 二代目平田郷陽作 滝沢光竜斉作 ほか 1920年代、アメリカでは反日感情が高まりをみせており、日本人移民を排斥する「新移民法」が可決された。そのような状況を憂慮した親日家の宗教教育者・ギューリック博士は、「人形」を通じて日米親善をはかろうと考え、親交の深かった渋沢栄一に協力を求めた。その試みは1927年(昭和2年)に実を結び、アメリカから約12,000体の「青い目の人形」が贈られ、その返礼として、日本の子どもたちの献金によって約60体の「答礼人形」が海を渡った。日米開戦によって、敵国からの「贈り物」として多くが廃棄処分を受けたが、捨てるに忍びないと密かに保存された人形たちが戦火をくぐり抜け、1980年代時点で「青い目の人形」216体、「答礼人形」25体が健在であることが確認されている。本書は、19体の「答礼人形」が里帰りし、日本に現存する「青い目の人形」を加え、1988年に日本全国で開かれた展覧会の図録。それぞれの人形にのこる傷あとや汚れから、戦争がもたらす不条理がうかがえ、胸をつかれる。--------------------------千葉の館山小学校の教師だった冨田文枝さんは、つぎのように話していました。「校長先生が私に、『人形を焼却するよう通達がきているけれど、あなたに預けます。くれぐれも憲兵に見つからないように』といわれました。私は必死で押入れに隠しました」(「戦時下の『青い目の人形』」より)□publisher:国際文化協会・朝日新聞・そごう美術館□date of issue:1988年□size:14.8x10.5cm□page:80 [解説]