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構造・安定性・ゆらぎ : その熱力学的理論 1977年初版 P.グランスドルフ, I.プリゴジン 著 ; 松本元, 竹山協三 共訳 みすず書房〈熱力学の方法を、平衡はもとより非線形性や不安定性をも含むあらゆる現象へ拡張できないであろうか? ……新しい「構造」は常に不安定性の結果として出現する。すなわちそれはゆらぎから生じるものである。ふつうはゆらぎが生じると、系をもとの乱れのない状態に戻そうとする動きが続いて起るが、新しい構造が形成される場合には、反対にゆらぎは増幅される。……安定性の理論を不可逆過程の熱力学に結びつけ、ゆらぎの巨視的理論を包含する一般化された熱力学を作り上げなくてはならない。〉散逸構造の理論で、1977年、ノーベル化学賞を受賞したプリゴジンの、グランスドルフとの共著による初期の著作。開放系に現れる構造の問題を、非平衡熱力学の立場から、物理学、化学、生物学について、統一的な観点からの説明を試みる。
栄光のギャルド・レピュブリケーヌ吹奏楽団著者 赤松文治 出版社 私家版 製作=音楽之友社 刊行年 昭和63年 1848年 - パリ防衛軍のメンバーにより12名の騎馬ファンファーレ隊が創設される。これが共和国親衛隊音楽隊の始まりであり、現在でも当騎兵連隊には騎馬ファンファーレ隊が置かれている。1856年 - 隊員56名からなる吹奏楽編成の親衛隊音楽隊を編成。1867年 - パリ万博で行われた国際軍楽隊コンクールでプロイセンの軍楽隊とともに1等賞を受賞。 このコンクールで審査員を務めた20名の中には、当時の著名な音楽家であるベルリオーズ、グノー、ドリーブが含まれており、彼らがサインした表彰状が共和国親衛隊の古文書館に保存されている。1871年 - 帝制から共和制に変わると共に、ギャルド・レピュブリケーヌ(共和国親衛隊)の名称を使うようになる。1931年 - 吹奏楽版「ボレロ」を初演。指揮はモーリス・ラヴェル。1947年 - 当時のオリオール大統領の勧告により、オーケストラも編成できるように40名の弦楽セクションを増員。1961年 - 初来日。
白虎社 おびゃっこNEWS 1988年 NO2 おびゃっこくらぶ事務局 暗黒舞踏白虎社、かつて存在した日本の前衛舞踏集団。1980年に京都市で設立される。大駱駝艦に所属していた舞踏家の大須賀勇らを中心に、京都・東九条など関西を拠点として活動。暗黒舞踏の系譜をひく舞踏によって日本各地はもとより、アジアやヨーロッパ、中南米をはじめの13か国、16都市での海外公演活動などを展開、天児牛大の主宰する山海塾らとともに舞踏第二世代を形成した。1994年に解散。「ひばりと寝ジャカ」(舞踊批評家協会賞)、「ミナカタクマクスのようなテレビジョン」、「ゾンネンシュターンの夏」などの演目があった。2016年にオープンした京都のKYOTO舞踏館で活動する今貂子は、白虎社の出身。
ナンパの鉄人GOLD2001年3月号雄出版
2冊 ナンパの鉄人GOLD 平成13年5月号6月号
自販機本 監禁いたぶり暴行 はずかしめ 成人雑誌
自販機本 アニマル教室 ㊙︎膣のぞき 成人雑誌
慶應義塾大学 工学部日吉復帰再建資金募集趣意書 昭和45年 全14頁「慶應義塾大学 工学部日吉復帰再建資金募集趣意書」、戦災によって日吉の校舎を失い、小金井などの仮校舎を転々としていた慶應義塾大学工学部が、念願だった日吉(矢上台)の地へ復帰・移転を果たすための建設資金を募る目的で、1960年代後半に作成・配布された歴史的な趣意書。資金募集と「日吉復帰」に至る背景・歴史的文脈は以下の通りです。1. 「日吉復帰」に至る歴史的背景藤原工業大学の誕生(1939年):福澤諭吉の門下生で“製紙王”と呼ばれた藤原銀次郎の私財投下により、日吉キャンパス内に開校しました。工学部の発足と戦災(1944年〜):慶應義塾へ寄付され「慶應義塾大学工学部」となりましたが、太平洋戦争末期の空襲により日吉の校舎は壊滅しました。小金井キャンパス時代(1949年〜):戦後は目黒や溝口などの仮校舎を経て、小金井市(横河電機製作所の工場跡地)に移転しました。しかし、施設の老朽化や、1・2年生が一般教養を学ぶ日吉キャンパスから物理的に遠いことが大きな課題となっていた。