小川琢治 (理学博士) 著、冨山房、[1930年代後半頃]、24p、22cm
目次・奥付なし、発行年不明。
内容等から、内部資料的性格をもつ配布資料、並びに、支那事変勃発後の戦前昭和期 (1930年代後半) に作成された資料と考えられます。
全体的に本文含め、経年によるヤケがあり、本文や綴じ金具にやや酸化が見られます。表紙にややスレ・一部にシミやヤケによる変色・数ヶ所に小インク汚れや小裂け等、経年による傷みがあります。また見返しの綴じにやや劣化・一部にシミ、巻末の広告ページに押印の紙片の貼付があります。それ以外は特に問題はありません。
●内容
支那本部 (華北・華中) を「戦場」として捉え、その地勢と交通網が軍事行動に与える影響を考察した戦前期の軍事地理資料。
文章による分析に加え、道路・鉄道・河川を示した地図図版を伴い、作戦遂行上の要点を具体的に示しています。
実務的・啓蒙的性格の強い内容で、当時の軍事的視点から見た中国大陸認識を知る手がかりとなります。
また、巻末に昭和19年 (1944年) 8月28日の日付入り、河川交通・地理に関わる資料管理印の紙片が貼付されており、戦時期に実際に扱われた資料であることがうかがえます。
●著者:小川 琢治 (おがわ たくじ、1870-1941)
地質学者・地理学者。
学位は、理学博士 (京都帝国大学・論文博士・1909年)。京都帝国大学名誉教授。
1870年に紀伊国田辺藩 (現:和歌山県田辺市) で田辺藩儒学者・浅井篤 (南溟) の次男として誕生。
東京帝国大学理科大学を卒業後、に農商務省に任官し、地質調査所 (現:産業技術総合研究所地質調査総合センター) 技手に。1900年にはパリ万国博覧会に日本の出品審査官として参加、万国地質学会議に参加しました。
1904年 日露戦争が勃発すると、大本営付きとなって中国大陸の地質調査を行い、当時としては先進的な炭鉱の露天掘りを提案しています。
1908年、農商務省地質調査所を退官し、京都帝国大学文科大学教授に就任し、地理学講座を担当。1921年、京都帝国大学理学部地質鉱物学科の初代主任教授。
主著は『地質現象之新解釈』『台湾諸島誌』『戦争地理学研究』など。
長男:小川芳樹は冶金学者。次男:貝塚茂樹は東洋史学者。三男:湯川秀樹は物理学者。四男:小川環樹は、中国文学者。
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