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5分でできるミニ紙飛行機集(切りぬく本・子供の科学別冊) 吉田辰男 (著) 出版社 誠文堂新光社 刊行年 昭和49年解説 (B5版)保存状態良好昭和3年、横浜に生まれる。おさないころから飛行機に興味を持ち、絵を書いたり、模型を製作。昭和42年、アメリカで行われた第1回国際紙飛行機大会で入賞。昭和48年、「子供の科学」に紙飛行機の掲載をはじめる。テレビにも多数出演。

暢気堂書房

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TANGO NOSTALGIA タンゴの郷愁 志賀清 CD 1928年 - ヴァイオリニストの父のものとに生まれる。7歳のころより、ヴァイオリンを始める。 1945年 - 武蔵野音楽学校に入学する。 1946年 - 進駐軍将校クラブでの仕事で、ヴァイオリンを弾く。東京ニュークラシック楽団の団員に入る。ジャズやタンゴでのヴァイオリン演奏にたずさわる。 1949年 - 「志賀清とスィンギングストリングス」を結成する。 1960年 - 「志賀清とミリオンサウンズオーケストラ」を編成する。1961年には、タンゴ楽団「志賀清とオルケスタ・ティピカ・モデルナ」を立ち上げる。 1964年 - 志賀清が「早川真平とオルケスタ・ティピカ東京」のメンバーとして、アルゼンチンその他の国での演奏旅行に参加する。その後、日本のタンゴヴァイオリニスト第一人者として、活躍する。 1972年 - 「オルケスタ・ティピカ東京」が活動休止状態となる。志賀清は、「志賀清とアルテリーベストリングス」や「志賀清とオルケスタモデルナ」を編成する。NHKの「名曲アルバム」のアルゼンチン編(「志賀清とモデルノス」名義でエル・チョクロとカミニートをメドレーで伴奏)の録音に参加する。 1998年 - 「志賀清とオルケスタ・ティピカ東京」という名称で、「オルケスタ・ティピカ東京」を再開させる。 ¥2,500

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新・空手道  金澤弘和著 昭和52年初版  日東書院 ページ数 254P 金澤 弘和(1931年(昭和6年)5月3日[1] - 2019年(令和元年)12月8日)岩手県出身の空手家。國際松濤館空手道連盟宗家・最高師範(十段)。船越義珍、中山正敏らに松濤館流空手道を学び、海外では「センセイ・カナザワ」として知られる達人。空手を学ぶために当時、空手強豪校として知られた拓殖大学へ編入学。在籍時には船越義珍や中山正敏らに空手を学ぶ。1956年、大学卒業と同時に日本空手協会の第1期研修生となる。1957年(昭和32年)、日本空手協会主催の第1回全国空手道選手権大会の組手部門に右腕が骨折した状態で出場し、蹴り技のみで対戦相手を圧倒して優勝した]。このことから「蹴りの金澤」と呼ばれた。翌年の第2回全国空手道選手権大会では組手部門で連続優勝を果たしただけでなく、型部門でも優勝し、初の総合優勝を成し遂げた[1]。1960年(昭和35年)より、ハワイを皮切りに海外派遣指導員として世界各地で空手を指導した。ハワイ空手連合会、イギリス空手道連盟を設立し、ドイツ空手道連盟の首席師範も兼任した。1978年(昭和53年)日本空手協会から独立し、國際松濤館空手道連盟を設立。2002年、NPO法人国際武道院より、空手道名人十段位を授与される。2014年、館長職を息子の伸明(八段)へ譲り、國際松濤館空手道連盟宗家・最高師範となる。
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