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学芸国語国文学 54号 2022年3月 北澤尚教授退職記念号北澤尚教授 略歴と業績 (北澤尚教授退職記念号)p.5-13北澤先生のこと (北澤尚教授退職記念号)荒尾 禎秀p.20-22『万葉集』挽歌における海の空間性 : 境界・船・死体 (北澤尚教授退職記念号)沖山 槙之介p.25-36真名本訓読本『曾我物語』における「名」の問題をめぐって : 所領としての名から、行為としての名へ (北澤尚教授退職記念号)上田 悠人p.37-48孤独な社交 : 夏目漱石『明暗』論 (北澤尚教授退職記念号)伊藤 かおりp.49-61テクストの戯れの中で : 平野啓一郎「Re:依田氏からの依頼」論(北澤尚教授退職記念号)近藤 直子p.62-75「ない」・「よい」+様態「そうだ」の歴史的変化 (北澤尚教授退職記念号 ; 北澤尚教授退職記念論文)舘野 桃子p.116-102コーパスに見られる接尾辞「中」の前接語彙の特徴と近現代の推移について (北澤尚教授退職記念号 ; 北澤尚教授退職記念論文)劉 淼p.129-117『日本書紀』における「曰・云・言・謂」について : 発話引用の用法を中心に (北澤尚教授退職記念号 ; 北澤尚教授退職記念論文)金 連花p.140-130漢語通時コーパス「大地コーパス」の構築 : 「日本漢詩文集サブコーパス」の公開に際して (北澤尚教授退職記念号 ; 北澤尚教授退職記念論文)王 鼎p.152-141語構成からみた接続助詞ノデの用法の広がり : 「名大会話コーパス」を対象として (北澤尚教授退職記念号 ; 北澤尚教授退職記念論文)宮澤 太聡p.166-153日本語会話における割り込み発話の考察 : 親疎関係の視点から (北澤尚教授退職記念号 ; 北澤尚教授退職記念論文)祁 福鼎, 鄒 暁婷p.179-167尾崎紅葉『金色夜叉』(前編)における推敲実態とコーパス構築の試み (北澤尚教授退職記念号 ; 北澤尚教授退職記念論文)許 哲p.192-180日本統治下の台湾における雑誌漢文欄漢文の多様性 : 明治40年代を中心に (北澤尚教授退職記念号 ; 北澤尚教授退職記念論文)蔡 欣吟p.204-193言語行為へのローカル文法的アプ

暢気堂書房

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図録 宮川香山 : 虫明焼と明治の陶芸 : 没後一〇〇年 福冨幸, 大山真季編 出版社 岡山県立美術館 2016年 ページ数 167 宮川香山(天保13年1月6日(1842年2月15日) - 大正5年(1916年)5月20日)明治時代の日本を代表する陶工。高浮彫、真葛焼(横浜焼)の創始者、帝室技芸員。2代目宮川香山・宮川半之助は養子。海外ではMakuzu Kozanとしても知られている。香山は天保13年(1842年)、京都の真葛ヶ原に陶工・真葛宮川長造の四男として生まれた。幼名は虎之助。19歳の時、父と兄が亡くなり陶工の家を継ぐと父が生前朝廷用の茶器を制作し「香山」の称号を受けていたため虎之助は初代香山の名を名乗り父の得意とした色絵陶器や磁器などを制作。その腕は評判を呼び慶応2年(1866年)、25歳の時、幕府から御所献納の品を依頼されるまでになった。明治3年(1870年)、29歳の時、薩摩の御用商人梅田半之助、実業家鈴木保兵衛らに招聘され翌年、横浜に輸出向けの陶磁器を作る工房・真葛窯を開いた。しかし、当時の関東地方には陶磁器を作る土がなく有名な工房があるのは京都や中国地方などに集中していたため、この地に工房を開くのはかなりの苦労を伴う事業だった。香山は当初欧米に流行していた薩摩焼を研究していくつもの作品を制作、この工房の作を「真葛焼」と名づけて輸出したが金を多量に使用する薩摩焼は制作費に多額の資金を必要とするため、香山は「高浮彫(たかうきぼり)」と呼ばれる新しい技法を生み出す。これは金で表面を盛り上げる薩摩焼の技法を、金のかわりに精密な彫刻を掘り込むことで表現したもので、薩摩焼の技法に変わる新 ¥2,000

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CD3枚組 台湾情台湾歌4 江蕙 Kang Hūi(カン・フイ)江蕙(台湾語白話字:Kang Hūi(カン・フイ)、中国語ピンイン:Jiāng Huì(チァン・フエイ)、1961年9月1日- )は台湾の女性歌手。専ら台湾語(台湾ホーロー語)で唱っており、「台語天后」(意訳:台湾語歌謡の女王)と称されている。2015年6月27日の第26回金曲賞で「特別貢献賞」を受賞した。同年9月13日の高雄コンサートをもって芸能界を引退した。 江蕙と彼女が活躍する台湾語歌謡界について理解する為には、台湾語の歴史的事情に注意を払う必要がある。台湾は、日本が第二次世界大戦敗戦後中華民国に返還され、内戦に敗れた中華民国政権が中央政府を1949年に台湾に移し、1990年代まで戒厳令で独裁強権政治が行われて来た。この間、台湾人には北京語が強要され、彼等の母語である台湾語(ホーロー語、客家語、原住民諸語)は抑圧され、蔑ろにされて来た。こうした事情から、当時の恐怖政治下では、中国語は現代的で洒落たもの、台湾語は古臭くて格好悪いもの、と言う暗黙裏の位置付けがあった。従って、現代的な欧米のポップスや日本のニューミュージックの影響が及んだのは、先ず中国語の歌謡曲であり(校園民歌など)、台湾語の歌は昔ながらの民謡や日本の歌謡曲の翻訳にほぼ限られていた。この様な状況に対して、欧米日のポップスと比べて遜色のない現代的なメロディーを台湾語で歌う、と言う変革をもたらした代表選手が江蕙である。その様な現代台湾語ポップスの萌芽としては潘越雲の「情字這条路」(1988年)などが先行したが、決定打は江蕙が1992年に出した「酒後的心聲」と言える。日本人の耳には1980年代に流行したポップス演歌に似ているが、同曲はそれ以前のド演歌とは一線を画すもので、台湾全土の老若男女に受け入れられ、伝説的な大ヒットとなった。台湾では既に中国語世代が主流となってはいるが、今日では、台湾語の曲を聞いたりカラオケで歌うことに恥ずかしさや抵抗感はないし、中華人民共和国に於てさえ一部では江蕙を始めとする台湾語曲が人気を得ている。
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