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日立造船百年史 日立造船株式会社 編 出版社 日立造船 刊行年 1985年初版 ページ数 35, 805p 図版21枚 サイズ 31cm  非売品 函なし裸本 1985年(昭和60年)3月31日発行製作者 日立造船株式会社寸法 A4版(210mm x 297mm)、厚さ 57mm、805ページ日立造船株式会社の歴史は、1865年(慶応元年)に来日したイギリス人 エドワード ハズレット ハンターが造船鉄工業の経営に着手し、1881年(明治14年)4月1日に日立造船の前身である「大阪鉄工所」を創業したのに始まる。日立造船株式会社の社史として既に『日立造船株式会社七十五年史』があり、その他に周年記念刊行の社史として社史『八十周年を迎えて』および社史『九十周年を迎えて』が刊行されている。1981年(昭和56年)に創業100周年を迎え、創業から会社の1世紀の通史として編集されたものである。構成としては、100年の経営の流れをより浮き彫りにするため、太平洋戦争終結時を境として、戦前は資本・系列別に、戦後は各社長時代区分としてある。 第1編 ハンター、範多父子経営時代(明治14年から大正3年まで)第2編 株式会社大阪鉄工所時代(大正3年から昭和20年まで)第3編 日立造船株式会社の新生と発展(昭和20年から昭和56年まで)

暢気堂書房

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