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東京人 1993年7月号 8(7)(70)
木下杢太郎選集
仰臥の医師近藤常次郎 : 終末期医療への提言
埃及産鳥類 <日本鳥学叢書 ; 第11編>
龍の横顔
歴史文学論
明治文学を語る 初版
西班牙人的台湾体験:項文芸復興時代的志業及其巴洛克的結局(1626-1624)
明治の作家
歌舞伎評論
日本詩人全集 伊東静雄 立原道造 丸山薫 第28
新撰現代文集成 改訂版
村山槐多展 信濃デッサン館 刊行年 昭56 ページ数 29枚 サイズ 24×26cm シートタイプの図録 函 村山 槐多(1896年〈明治29年〉9月15日 - 1919年〈大正8年〉2月20日)は、明治・大正時代の日本の洋画家で、詩人、作家でもある。愛知県額田郡岡崎町(現在の岡崎市)生まれ、京都市上京区育ち。母方の従兄に山本鼎(画家)と嶺田丘造(官僚)、はとこに黒柳朝(随筆家)がいる。みなぎる生命力を退廃的・破滅的雰囲気を纏わせながら絵画に表した。ガランス(深い茜色、やや沈んだ赤色)を好んで使ったことでも知られる。 槐多は、愛知県額田郡岡崎町にて小学校教諭・村山谷助とその妻・たまの長男として生まれた。岡崎町はかつての岡崎城の城下町で、現在の岡崎市。母・たまは結婚前に森鷗外家で女中奉公をしており、村山家では鴎外が「槐多」の名付け親になったと言い伝えられている。槐多は10代からボードレールやランボーの作品を読み耽り、詩作もよくした。その早熟さ、デカダン(退廃)的な生活、貧しさや失恋による心の痛みなどにより困窮した。さらに結核性肺炎を患った。また、同じ年に20代前半で夭折した点で、同じ洋画家の関根正二とよく比較されるが、2人の作風は全く異なっている。画家自身のほとばしる情念や不安を反映した槐多の人物像は、器用ではないが一度見たら忘れられない強烈な印象を残すものである。1919年(大正8年)2月、槐多は当時猛威を振るっていたスペイン風邪に罹って寝込んでしまう。2月19日夜9時頃、槐多はみぞれ混じりの嵐の中を外に飛び出し、日の改まった20日午前2時頃、畑で倒れているのを発見された。槐多は失恋した女性の名などしきりにうわごとを言っていたが、午前2時30分に息を引き取った。まだ22歳の若さであった。
記録 第4冊
新劇の誕生 <紀伊国屋新書>
作家論集 島崎藤村から安部公房まで
美術フォーラム21 第9号 特集・●旅・留学なぜ、なにを学ぶのか
東京の三十年 <岩波文庫>
意味という病 <講談社文芸文庫>
モダニズムの遠景 初版
文学人生案内 <講談社文芸文庫 現代日本のエッセイ>
子規・虚子・碧梧桐 : 写生文派文学論
ベルリン一九六〇 <講談社文芸文庫>
近代化の中の文学者たち : その青春と実存
木下杢太郎の世界へ
ザ・シガー・ストーリー : 葉巻をめぐる偉人伝
一葉のポルトレ <大人の本棚>
父親の研究 新潮選書
文学人生案内 初版
新小説 14年12号和田英作表紙、右田年英「隅田川」橘凌雲「塩原の雪」口絵入 *口絵切取あり
ザ・古武道 12人の武神たち
事実の世紀
もう一度読みたかった本
よくわかる茶道の歴史
おじさんはなぜ時代小説が好きか <ことばのために>
バルタザール・グラシアンの賢人の知恵
文学史家の夢
文士の遺言 なつかしき作家たちと昭和史
茶道の美学 : 茶の心とかたち <講談社学術文庫>
あと千回の晩飯 <朝日文庫>
図録『吉川観方コレクション 肉筆浮世絵名品展 : 奈良県立美術館所蔵』
考証永井荷風
東北大学
芥川龍之介永遠の求道者
近代作家自筆原稿集
週刊新潮 昭和54年11月15日号 表紙画・谷内六郎「落葉のじゅうたん」
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