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新潮 昭和4年1月~20年3月(第26年第1号~第42年第3号・終戦前最終号)のうち7冊欠の計188冊―熱い風(牧野信一)、美しき墓(川端康成)、東京郊外(尾崎士郎)、ノツポの浜(翁久允)、不意に来た叔父(宮地嘉六)、傷だらけの歌(藤澤桓夫)、ジヨセフと女子大学生(井伏鱒二)、暴風警戒報(小林多喜二)、コサビネ艦隊の抜錨(龍胆寺雄)、「バンガロオ」の秘密(舟橋聖一)、秋立つまで(嘉村礒多)、街(吉行エイスケ)、浅草の女(川端康成)、幻想の雪(徳田一穂)、坊主と犬(黒島傳治)、ベビー・ゴルフ(浅原六朗)、花(山下三郎)、荒磯(宗瑛)、着物(岡田禎子)、白と黒(松田解子)、神聖な事業(矢田津世子)、憎悪について(伊藤整)、薔薇盗人(上林暁)、和解(徳田秋声)、旅の絵(堀辰雄)、何田勘太ショオ(村山知義)、麓(坂口安吾)、日本学士蔡萬秋(小田嶽夫)、わるい硝子(永井龍男)、石隠居士(蔵原伸二郎)、山男(張赫宙)、さぐり合ひ(野口冨士男)、横田友克氏(尾崎一雄)、「新潮」四百号記念号に寄す、岩礁(田畑修一郎)、初雪(宮内寒彌)、走れメロス(太宰治)、弥勒(稲垣足穂)、鰓裂(石上玄一郎)、セコンボ(長見義三)、元宵記(西川満)、子を負うて(田中英光)、聴雨(織田作之助)、織子(埴原一亟)、仙酔島(島村利正)ほか
太陽 32巻10号=No.400(1994年10月) <特集 : 作家の食卓>
太陽 19巻8号=No.221(1981年7月) <特集 : パズル200集>
作業標準の生かし方 〈現場QC読本〉
西鶴一代男物語
軍需工業動員ニ関スル常識的説明
春渓綾部半五郎
大田錦城伝考 上下
常微分方程式ノ数値解法 <解析数学叢書>
建築史図集 日本編
安楽庵策伝 : 咄の系譜
捕物の話 <江戸叢書 ; 第4>
浮世絵派画集 第49図 男女遊樂圖卷(其二段)
浮世絵派画集 第157図 美人寳船圖 栄之筆
浮世絵派画集 第79図 掻髮美人圖
浮世絵派画集 第156図 美人寳船圖 細田榮之筆
浮世絵派画集 第81図 美人圖
古典派恐慌論 : マルサスとリカアドウとの論争史 <関西学院大学論文叢書 ; 第1>
蘭学の家桂川の人々 続編
SD スペースデザイン No.358 1994年7月 <特集 : ピーター・ウォーカーの世界 ミニマリズムとランドスケープ・アーキテクチュア>
買占物語
マックス・ヴェーバー研究 : 生誕百年記念シンポジウム
為政三部書 : 原名「三事(廟堂・風憲・牧民)忠告」
判断力批判 <カント著作集 4> 初版
物語支那史大系 第1巻 通俗十二朝軍談 通俗列国志 前編
言語学原論 改訳新版
現代詩の基礎学習 <学燈文庫>
浮世絵派画集 清長筆
浮世絵派画集 第21図 士女遊戲圖
浮世絵派画集 第23図 士女遊戲圖
浮世絵派画集 第68図 樵婦圖
群像1972年8月号 27(8)
浮世絵派画集 第107図 美人戱猫圖
朝倉義景
第四性病 第2版
浮世絵派画集 第83図 美人圖
浮世絵派画集 第22図 士女遊戲圖
浮世絵派画集 第163図 落雷圖
浮世絵派画集 第50、51図 男女遊樂圖卷(其二段) 初版
浮世絵派画集 第53図 美人弄骨牌圖
浮世絵派画集 第64図 美人釣魚圖
浮世絵派画集 第48図 男女遊樂圖卷(其二段)
日本で一番もてる男の話 : 艶譚ヌードの王様 <カッパ・ブックス>
洋燈 深沢幸雄 [限定版]藤川清撮影 ; 加藤孝次,由水常雄著 出版社 冬樹社 刊行年 昭和52年 ページ数 129頁 サイズ 21×30×3㎝ 灯火用ガラス、とりわけランプの油壷とホヤの製造は明治のガラス工業をささえる主要分野であった。石油ランプは明治前期に急速に普及し生活の必需品となっていった。 中でも座敷ランプは、行灯や燭台のスタイルを取り入れ和洋折衷の魅力に富んでいる。また材質も鋳鉄製、朱塗り、安価なブリキ製など多様である。舶来品に匹敵するランプの制作は、明治中期以降で畳や障子に似合う日本的たおやかさを身につけた作例が生まれた。 座敷ランプは、渋みとガラスの優雅さが不思議な調和をたもつ小世界を作り出す和ガラスの代表といえます。笠や油壷にガラスの加飾の粋が凝らされた卓上に置くランプ卓上に置く石油ランプ(灯油ランプ)を総称して「台ランプ」と呼びます。その中でも平芯で笠をかけない四つ爪で丸ホヤを支えたランプを「置きランブ」とし二分四つ手・五分四つ手とも呼び、巻芯のアルガン燈で円筒形の竹ホヤを冠せて笠のかかったものを「台ランプ」と区分します。笠や油壷にガラス加飾の粋が凝らされた華麗な作例が多い。座敷生活が一般的だった明治期には、紫檀や花凛、それを模した材質のランプ台が用意されることもあった。 豆ランプ。小型のランプは、仏壇、神棚、台所、風呂場、便所などに運ばれて手元を照らす明かりにされました。豆ランプ、手ランプ、吊りランプは巻き芯を用いる。大正4年の佐々木硝子店のカタログには同様の豆ランプは「豆押台」と掲載されている。
戦後の歴史学と歴史意識 <日本歴史叢書>
SP盤 ヒコーキレコード 筑前琵琶 北白川宮殿下(台湾入)上 北白川宮殿下(台湾入)詩吟入 久国菊子北白川宮永久王(1910年(明治43年)2月19日 - 1940年(昭和15年)9月4日)は、日本の皇族。陸軍軍人、貴族院議員。北白川宮成久王の第1王子。北白川宮第4代当主。最終階級は陸軍砲兵少佐(薨後特進)、勲等は大勲位菊花大綬章。母は明治天皇の第7皇女房子内親王。妃は男爵徳川義恕の次女祥子。参謀たる陸軍砲兵大尉として蒙疆方面(モンゴル及び中国北部)へ出征していたが、演習中に航空事故に巻き込まれ殉職した。 尊き御身をもって大陸の第一線に御奮戦中、9月4日、蒙疆方面において御戦死あそばされた陸軍砲兵少佐、故北白川宮永久王殿下には、9月6日午後5時45分、雨雲はらむ初秋の夕空をついて、空路、立川飛行場に哀しき御凱旋をあそばされました。捧げつつの号令一下、吹きなす笛、悲壮に奏せられるうちに、尊き御遺骸は御学友の奉仕により、御霊車に御移し申し上げられました。厳粛の気は一瞬、広き場内に満ちて寂として声なく、秋草揺する夕風にはらはらと小雨さえ混じる中を6時5分、御霊車は暮色せまる立川より、半旗悲しく垂れる甲州街道を一路、高輪の御殿に向かわせられました。近衛師団長指揮の一個師団が粛然と堵列。各官衙、学生生徒、一般市民、幾重にも沿道を埋め、謹んでお迎え申し上げるうち、御霊車は8時15分、御殿正門に御到着。故殿下の御慈しみ深き御歳4才の若宮・道久王殿下には、日の丸の小旗を御手に、故北白川宮殿下、無言の御凱旋を御出迎えあそばされ、御いじらしき御姿を拝しては、感動にむせばぬ者なく、奉迎の人々は等しく頭を垂れ、故殿下の御冥福を深く深く祈り奉りました。
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