伊丹市立美術館、1990、サイズ:24.5×25.5cm
目次
ごあいさつ
今村輝久展に寄せて
大河内菊雄
図版 カラー 7点
モノクロ 13点 (別刷)
モノクロ 61点
参考図版―
出品作品リスト
年譜
文献
ごあいさつ
伊丹市立美術館では,毎年,関西で活躍する作家を取り上げ,その活動を紹介しており
ますが,一昨年の小牧源太郎の油彩, 昨年の前田藤四郎の版画に続き, 今回は,今村輝久
の彫刻をご紹介します。
1918年8月14日, 大阪市に生まれた彫刻家今村輝久は,京都市立美術工芸学校彫刻科で
彫刻を学んだ後, 東京美術学校彫刻科塑造部を卒業しましたが, 1942年入隊, 中支部隊に属され,終戦後,湖南省で一年間の抑留生活を送りました。
復員後,今村輝久は, 大阪で彫刻制作を再開。 1950年, 行動美術協会彫刻部の創設に参
加、会員となり, 行動展を主な作品発表の場とします。
このころまでは,人物をモチーフとする具象彫刻をつくっていましたが, 1956年ごろ,
半具象的な形態から非形象的なものへと移行し, モチーフの人間も “変貌” しはじめます。1968年, 大阪彫刻家会議を結成。 有機的なフォルムにまじって無機的な形態が作品の場を占めていきます。
1972年行動美術協会退会。 不在, 無といった否定的な意志をテーマにした作品を発表。最近の「封じられた時限」 シリーズでは,ほぼ人間“不在” に達したといえます。
今村の生家は,江戸時代から続いた大阪を代表する鋳物師であり,ごく初期をのぞけば,
いずれも, 真鍮, 亜鉛, アルミといった金属の鋳造による作品で, 鋳出したものをみがいて仕上げるという方法も一貫しています。
また,今村輝久は,早くから野外彫刻の必要性を唱え, 大阪南港ポートタウン彫刻基本
計画などに参加, 作品も各地に設置されています。
本展では,抽象彫刻に転じてすぐの 「変貌せしもの」から最新作まで約60点を展示し,70才をこえた現在も, 宝塚造形芸術大学で教壇に立つかたわら、インドに研修旅行をするなど, 精力的な活動を続ける今村輝久の全貌を紹介いたします。
伊丹市立美術館
別刷シート(カラー7枚、モノクロ13枚)+図録(48頁)、紙ケース付