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美術手帖 1962年10月号 No.210
俳人真蹟全集 第10巻 一茶
ユリイカ 1973年9月 第5巻 第10号 <特集 吉岡実>
芸術新潮 1996 3月号 特集:日本の神々 47(3)(555)
スイングジャーナル 別冊附録 ZAZZ RECORDS 1979
藝術新潮 1978年11月号 第29巻 第11号 <特集 : ソヴィエト反体制の画家>
建築技術 1996-11 特集 集成材建築のコストダウン設計手法 (560)
長等の桜 難からの散くら 滋賀県
銀座101人 : 11歳から90歳まで銀座人インタビュー <101シリーズ 1>
電気鉄道 = Electric railways 35巻12冊揃
版画芸術 81 濱田弘明オリジナル版画添付(Untitied 1)
重要刀剣等図譜 第3回
美術手帖 1967年12月号 No.291 <特集 : マクルーハン理論と現代芸術>
名城と合戦の日本史 <新潮選書>
新建築 1979年3月 第54巻 第3号
ひょうごの美術家たち―戦後半世紀の出逢い
民族芸術 (13)
日本仏教学会年報 佛教における三昧思想 第四十一号 (41)
芭蕉庵桃青伝
崋山全集 3版
SD スペース・デザイン 1992年4月号 (92)
大和の古墳
現代商学事典
全国農業試験場研究業績集 : 農業改良事業施行十周年記念
河村俊平追想録
季刊 銀花 第77号 特集/尾張の狂言装束/かくれ菓子心菓子/最上川雛紀行
東京人 1993年7月号 8(7)(70)
季刊銀花 第77号
シュンポシオン 第2号
A+U : architecture and urbanism : 建築と都市 147号 (1982年12月) <特集 : 現代ドイツ建築②>
アトリエ・アトリエ臨時増刊・別冊アトリエ 20冊セット ①アトリエ No.324 美しいポーズ=昭和32年9月15日発行・第5刷、110頁 / ②アトリエ No.331 ラフとモチーフ 続・美しいポーズ 猪熊弦一郎=昭和29年9月1日発行、97頁 / ③アトリエ No.333 モデルと構成・続々美しいポーズ 猪熊弦一郎=昭和29年11月1日発行、110頁 / ④アトリエ No.339 芸術家のモデル 猪熊弦一郎=昭和30年5月1日発行、120頁 / ⑤アトリエ臨時増刊1956 続・芸術家のモデル 五人の画家に描かれたポーズ 林武、鳥海青児、三岸節子、山口薫、木内克=昭和31年4月1日発行、84頁 / ⑥アトリエ臨時増刊1956 絵になるポーズ 小磯良平=昭和31年7月1日発行、116頁⑦別冊アトリエ No.29 画家とモデル 東郷青児 撮影・中村立行=昭和31年12月25日発行、87頁 / ⑧別冊アトリエ No.30 カメラの目がとらえた新しいヌード 中村立行=昭和32年1月25日発行、92頁 / ⑨別冊アトリエ No.33 ヌードの幻想と美 建畠覚造、中村立行 / ⑩別冊アトリエ No.36 モデルと名画 名画とモデルによるポーズの研究 野口弥太郎 / ⑪別冊アトリエ No.37 三人のヴィナス 東郷青児 / ⑫別冊アトリエ No.41 動くヌード 写真構成・杉村恒=昭和33年3月1日発行、127頁 / ⑬別冊アトリエ No.42 風景の中のヌード 東郷青児=昭和33年4月10日発行、88頁 / ⑭別冊アトリエ No.44 アルプスと高原 杉村恒ヌード作品集=昭和33年7月1日発行、96頁 / ⑮別冊アトリエ No.45 海と砂丘 杉村恒ヌード作品集=昭和33年8月1日発行、ノンブルなし / ⑯別冊アトリエ No.46 東郷青児 イメージのヌード=昭和34年1月15日発行、104頁 / ⑰別冊アトリエ No.47 続・動くヌード 杉村恒=昭和34年4月15日発行、112頁 / ⑱別冊アトリエ No.49 東郷青児 若いモデル=昭和34年7月30日発行、ノンブルなし、訂正表1枚付き / ⑲別冊アトリエ No.52 東郷青児 十一人のモデル=昭和34年12月15日発行、90頁 / ⑳別冊アトリエ No.54 美しいフォルム 伊藤廉=昭和35年2月15日発行、104頁
世界のグレートデザイン : その偉大なる創造と実践の世界を求めて <別冊太陽>
芸術生活 20巻10号 = 219号 (昭和42年10月号) <特集 : 単純化>
朝倉物理学講座 第11
血盟団事件公判速記録 下巻
民俗信仰の玩具
東の国・西の国 : 新日本風土記
航空情報 = Aireview JAL DC-8の20年 No.428 1981年5月号
別冊潮 日本の将来 春季号 現代文明は何を問われているか 昭和44年 通巻13号
私の幸福
拈評三百則不能語 上中下合1冊
週刊ベースボール 1999-12/6 選ばれし者たち ‘99ドラフト総決算号 54(54)(2379)
樺戸集治監獄話著者 寺本界雄 出版社 樺戸行刑資料刊行会 刊行年 平成2 月形に樺戸集治監が誕生したのは、開拓使が一定の使命を果たし、全国では憲法制定や議会の設置への気運が高まっていた、こうした大きな変革の時代でした。そもそも集治監とはどんな施設なのでしょう。集治監は、今でいえば重罪犯を収容する特別な刑務所。徳川時代、重罪人は各地の藩ごとの監獄が扱い、罪によって伊豆七島や隠岐などに流されていました。藩の制度を廃止した明治の廃藩置県(1871 年)によって、受刑者は府県の監獄が収容するようになります。しかしまもなく、明治政府を主導した旧薩摩藩や長州藩のリーダーたちが進める政治への不満が募り、各地で旧士族の反乱が勃発しました。1874(明治7)年の「佐賀の乱」、76 (明治9)年の熊本の「神風連の乱」、福岡の「秋月の乱」、山口の「萩の乱」などです。そして1877(明治10)年には維新の立役者であった西郷隆盛を担ぐ、大規模な西南戦争が勃発します。立ち上がった旧士族たちはいずれもやがて政府に鎮圧されて敗北を喫し、首謀者たちは重罪人のレッテルを貼られることになりました。こうした旧士族の重罪人たちは、騒乱が起こった各県の監獄に収監される手はずになります。しかしその数があまりに多かったために、内務省が一元的に直轄する専用施設が必要になりました。これが集治監です。集治監は1878(明治11)年、まず東京(小菅集治監)と仙台(宮城集治監)に建てられ、3カ所めとして北海道が選ばれます。なにしろ当時の北海道の内陸の多くは未開の原野が広がり、本州から見ればまさに最果ての流刑地ともいえる土地でした。立地調査の段階から初代の典獄(監獄長)となるまで、北海道の集治監立ち上げに深く関わったのは、福岡藩出身で内務官僚だった月形潔(1847~1894)でした。樺戸集治監の開設には、さらに北海道の開拓という重要な目的がありました。1879(明治12)年、内務卿伊藤博文が太政大臣三条実美に建議書をあげます。社会を乱した凶悪犯や政治犯たちは、ただ徒食させることは許されない。ロシアへの備えの意味からも開拓が急務である北海道に送り込んで、開墾や道路建設などにつかせるのが良い、とするものです。
宝篋印塔の起原 続五輪塔の起原
Inter communication = インターコミュニケーション 2(1)(4)
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